建設業界における技能者不足は、長年指摘され続けている課題だ。熟練技能者の高齢化、そして「職人の世界は厳しい」というイメージによる若年層の減少―。
そんな中、住友林業には若手技能者を育てる場がある。千葉県四街道市にある「住友林業建築技術専門校(以下、専門校)」だ。1988年の開校以来、1,800人以上の職人を輩出してきたこの場所で、今もまた、新たな担い手たちが育っている。
2026年9月に中国・上海で開催される技能五輪国際大会。この舞台に、専門校出身の若手2人が日本代表として挑む。
大工職の稲垣孝介(いながき・こうすけ)、そして左官職の溝江橙生(みぞえ・とうい)。ふたりはなぜ職人の道を選び、いま何を目指しているのか。その歩みを辿った。
保育園の頃から「ものづくり」に惹かれていた
ふたりに共通していたのは、「気づいたら、ものづくりが好きだった」という感覚。稲垣は、幼い頃の記憶をこう語る。
「折り紙や図工が好きで、小学校や中学校でも工作や技術の時間が楽しみでした。小さな本棚を作ったことがあって、それがすごく印象に残っていて…」
さらに、大工になろうと決めた原点は、もっと早い。
「保育園の頃、友達の家に遊びに行って、一戸建てがかっこいいなと思ったんです。“自分で家を建てられたら最強だな”って」
その感覚は、成長しても揺らぐことはなかった。
住友林業ホームエンジニアリング 稲垣孝介
一方の溝江は、少し違う角度から“ものづくり”に惹かれていった。
「外で遊ぶよりも絵を描いたり工作したりするのが好きでした。画用紙や段ボールを使って何かを作るのが楽しくて。小学校に入るとサッカー、中高では吹奏楽と、スポーツや音楽にも打ち込みましたが、ずっと変わらずに惹かれるのは、ものづくりの世界でした」
高校時代、進路指導で出会ったのが「左官」という職業だった。動画で見た職人の手の動きに、強く心を惹かれたという。
「コテで壁を塗る動きがすごくきれいで、リズミカルで。“かっこいいな”と思いました。模様をつけたり、アートみたいな表現もあったり、自分に向いている気がしたんです」
住友林業ホームエンジニアリング 溝江橙生
「会社員として、学べる」。その安心感が、背中を押した
工業高校を卒業した2人が選んだのが、住友林業ホームエンジニアリングだった。住友林業グループの施工を担う同社では、技能職として入社した社員は住友林業建築技術専門校で学びながら技術を身につけることができる。「技術を基礎からしっかり学べる環境に魅力を感じました。会社員としての安心感もあり、学びに集中できる点が大きかったです」と稲垣は言う。
溝江もまた、その環境を心強く感じていた。
「左官の仕事って、現場で経験を積むケースが多いと聞いて不安がありました。でも住友林業ホームエンジニアリングなら専門校で1年間しっかり学べるし、一緒に学ぶ同期もいる。そこが決め手でした」
専門校の授業風景。未来の職人たちが集う
寮生活、実践的な授業、そして仲間との時間
1年間の学びは、技術だけでなく、人としての土台もつくっていく。専門校での1年を稲垣はこう振り返る。
「現場経験のある教官から実践的なことを学べるので、理解が深まりました。『できるかできないかではなく、やる』という教官の言葉は今でも心に残っています。
同期や同室の友人と切磋琢磨しながらスキルアップできたのもいい経験でした。」
溝江も充実した時間を過ごしたようだ。
「左官について、それまでは動画を見るくらいでしたが、実技と座学を通して体系的に学べるのがうれしくて。
同期の仲間たちと部屋に集まってゲームをしたり、将来の夢を語り合ったりしたのも楽しい思い出です」
溝江(左)と稲垣(右)は専門校の同期生
現場という“本番”で、初めて知るプレッシャー
専門校での1年間の学びを終え、職人として実際の現場に立った時、ふたりはそれまでとは違う感覚に直面する。「お客様の家なので、絶対にミスできない。そのプレッシャーはありました」と溝江は振り返る。
練習用の壁とは違い、そこには暮らしがある。責任の重さは想像以上だった。
稲垣も同じだ。
「一人前になるには5年、10年かかると言われますが、正直、一生勉強だと思っています」
それでも、現場には確かな手応えがある。
「お客様が現場を見に来てくれて、喜んでくれる。その瞬間はやっぱりうれしいです」
技術だけではない誰かのためにつくるという実感が、仕事の意味を深くしていく。
お客様の喜ぶ姿を励みに、「一生勉強」の気持ちで現場に向き合う稲垣
悔しさの先に見えた景色 ―― 技能五輪への挑戦
そんな2人が挑戦したのが、技能五輪全国大会だ。若き技能者たちが全国から集い、それぞれの技術を競い合う舞台。稲垣は大工職種、溝江は左官職種に挑み、磨き続けてきた腕前をぶつけることになる。専門校では、修了後に技能五輪へ挑戦する若手技能者に向けた訓練も行っている。出場者は現場を離れ、約3カ月にわたって練習に専念する――在校時、大会に向けて先輩たちが真剣に練習している光景を目の当たりにし、2人の中で何かが動いた。
「かっこいい、自分も挑戦してみたい、と思いました」
修了後、2人は迷わず技能五輪に挑戦する道を選ぶ。専門校に戻り、練習に励んだ。
2024年準備万端で臨んだ1度目の本番。しかし、大会は甘くない。
稲垣は敢闘賞を受賞した。全体順位では10位相当の成績だった。
「周囲の人が気になって、思うように力を発揮できませんでした。もっとできたんじゃないかと思うと悔しくて」
一方の溝江は銅賞(4位)だった。
「緊張して思うようにできませんでしたが、やり遂げられてよかったという安堵感が大きかったです」
先輩たちの真剣な姿に憧れ、技能五輪への挑戦を決意した溝江
結果に満足できなかった2人は、さらなる上位を目指し、再挑戦することに。同じ失敗はできない。
2025年、稲垣の結果は金賞。2026年9月に開催される国際大会への切符を手に入れた。
「1年目の反省から、自分の作業に集中することを徹底しました。併せて、道具の配置や作業動線も見直し、本番でも普段通りの作業ができるよう準備しました。
金賞は素直にうれしかったのですが、仲間全員が納得のいく結果を残せたわけではなかったので、手放しでは喜べない気持ちもありました。2年目に参加する者には後輩たちを支える役目もあり、もっと目をかけてあげればよかったと後悔しています」
一方の溝江は3位銅賞。
「1年目より2年目の方が後悔は大きいかもしれません。というのも、作業中に大きなミスをしてしまい、減点対象になるどころか作業手順が大きく狂ってしまいました」
それでも、前年より上位の成績を残した溝江。やはり国際大会への出場を決めた。
7カ月の準備期間。自分と向き合う日々
国際大会は、世界各国で開催される技能五輪の優秀者たちが集い、自らの技術を競うハイレベルな舞台。
国際大会の大工職種では課題図をもとに木造構造物を制作する(左)
左官職種では共通課題のほかに自由課題も課される(右)
専門校では専属教官の指導のもと、過去課題の制作や反復練習に打ち込む。だが、磨いているのは技術だけではない。全国大会を経験した2人は、自分の弱さも知っている。稲垣は1回目の全国大会で周囲を意識しすぎて自分の作業に集中できず、本来の力を発揮できなかった悔しさを、溝江は本番でのミスによってリズムを崩した苦い経験を抱えている。だからこそ、今回の準備期間は、技術の向上と同時に、自分自身と向き合う時間でもある。
「どうすればもっと上手になれるかを考えながら、練習を重ねています」と稲垣は話す。
溝江もこの準備期間を貴重な時間と捉えている。
「大会への準備であると同時に、職人として表現力や対応力を磨ける貴重な機会でもあると思っています」
大会への意気込みを尋ねると、稲垣は迷わず「金賞を狙います」と答えた。
全国大会では周囲を意識しすぎたことが反省点だっただけに、今回は自分の作業に集中することを何よりも重視している。
「国際大会では電動機械を使用するため作業用耳栓を着けることができます。周りの音を気にせず、自分のペースで作業できる環境をうまく活用したいです。楽しみながら金賞をとりに行きます」
練習で制作した過去の国際大会での課題「ガゼボ」
一方の溝江も戦略を練っている。
「本番に弱いことが分かっているので、想定外のことが起きても対応できるよう、余裕を持った時間配分を心がけています。出場するからには金賞を狙います」
時間配分をコントロールするために、手際よく正確な作業の訓練を重ねている。
「誰かに憧れてもらえる職人になりたい」。その夢の先に
実寸大の作図を行う稲垣
最後に、将来の目標を聞いた。
稲垣は迷わず答える。
「自分の家を、自分で建てたい。小さい頃からの夢であり、成し遂げたい目標です」
そのためには、棟梁になることが必要だ。
現場で学び続ける覚悟は、すでにできている。
溝江は、少し違う未来を描いている。
「左官は表現の幅が広い仕事だと思っています。コテだけで無限に表現方法があるので、さまざまな技術を身につけたいです」
そして、もう一つ。
「自分が憧れたように、誰かに憧れてもらえる職人になりたいです。そのためには技術だけでなく、精神面も磨かなければならないと思っています」
鮮やかなコテ返しを見せる溝江
職人としての道を、歩み始めたばかりのふたり。
その眼差しは、驚くほどまっすぐで、強い。
技術を受け継ぐということは、単に手仕事を覚えることではない。そこに込められた思いや姿勢まで、次につないでいくことだ。
上海での舞台は、その通過点にすぎない。
彼らの挑戦は、これからも続いていく。