リード
福岡・中洲。九州随一の歓楽街として知られるこの街に、週末だけ開くバーがある。「つながるBAR 福岡中洲」。つながるBARは、飲食店の定休日を間借りし、本業を持つ人が副業として週1回開くバーである。東京・恵比寿を1号店に、大阪・北新地、神戸・三宮と全国に広がり、掲げるのは「明日の仲間と、つながる場」という一言。カウンターに立つのは、専業のバーテンダーではない。中洲店の店長豊島寛也さん(以降トヨさん)も、平日はIT企業を自ら営み週末は中州で働く二足のわらじだ。恵比寿に続く2号店にして地方初の店を、なぜ中洲で開いたのか。そして、3年もたないと言われる飲食の世界で、なぜ続けられているのか。本人の言葉から紐解いていく。
すべては、中洲という交差点の街から始まった
トヨさんと中洲との出会いは、九州大学2年生のときに始めたアルバイトだった。「中洲で働きたいというより、たまたま応募した居酒屋が中洲の川端商店街にあったんです。当時キャンパスがあった箱崎とも近く、個人経営で雰囲気も良さそうだな」と。
それまで経験した飲食のアルバイトはチェーンの焼肉屋で、客と交わることはほとんどなかった。中洲の個人店はまるで違ったという。
「いろんな層が一点に集まる。交差点みたいな街だなと思ったんです。あの面白さが、学生の自分に刷り込まれた」
大学4年の11月からは、その居酒屋の常連だったスナックのママが独立するのを機に、新しい店のボーイとして働いた。この店との縁が、のちに人生を変えることになる。
オンライン飲み会のプロジェクトが、バーになった
つながるBARの原点は、コロナ禍のオンライン飲み会にある。トヨさんが立ち上げに加わったのは、前職の大手広告会社に勤めていた頃だ。社内の有志が集まる、企業横断の若手コミュニティがあった。「リモートワークで時間ができたのと、お酒が好きだったのもあって、『つながり』をテーマにしたチームに入りました。当初はバーを作る話なんて全くなくて、オンライン飲み会をどう盛り上げるかを考えるプロジェクトだったんです」
その活動の最後に「バーを作ろう」という話が持ち上がった。面白そうだと、物件探しから視察まで、立ち上げメンバー3人で東京・恵比寿の1号店を作った。2022年2月のことだ。
「この店、土日はお休みですよね。貸してください」
トヨさんには、いずれ独立して事業をやりたいという思いが、新卒の頃からあった。それも、大好きな福岡で。手元には「つながるBAR」という手札があり、福岡には学生時代に世話になったあのスナックがあった。「お客として飲みに行ったときに、ママに直談判したんです。福岡に帰ってきたいんです、この店は土日お休みですよね、土日だけ貸してください、って。その場で『いいよ』と言ってもらえました」
会社を辞める半年前には間借り先が決まり、年末に試運転で営業しながら移住の地ならしを進めた。そして東京から福岡へ引っ越した翌日には、もうバーを開けていた。これは、間借りという形だからできたことだ。
「東京に比べて福岡は固定費が安いし、営業中の店を借りるので内装もお酒もある。
頑張ることを、やめたから続いた
飲食店は3年もたない、とよく言われる。中洲店は、その壁を越えて3年を数える。秘訣を尋ねると、意外な答えが返ってきた。「頑張ることをやめたんです」
始めた頃は、まるで客が来なかった。月の売上が3万円いかない月もあった。それでも、やめなかったことが一つだけある。毎週土曜、店を開けることだ。
「無理に集客を頑張るんじゃなくて、極端に言えば寝ていてもいいくらいまでハードルを下げて、とにかく立ち続ける。すると『あの店は毎週土曜に開いている』と知られていって、人が人を連れてきてくれるようになる。3年間で土曜日に店を開けなかった日は、片手で数えられるくらいです」
無理をしない。この設計が、副業のバーを長く続けさせている。
家賃は、毎月手渡しで
間借り先のママには、売上の一部を家賃として納めている。普通なら振り込みで済ませるところを、トヨさんは毎月、現金で手渡しすると決めている。月に一度、必ず顔を合わせて話すためだ。「掃除が甘くて、週明けに叱られたこともあります。それでも貸し続けてくれる理由をママに聞いたら、『頑張っているのを応援したいから』と言ってくれた」
あの店の卒業生が、あの箱を使って自分の場を持ち、成長していく。それを喜んでくれている。だから儲けたいというより、大きくなった姿を見せることが恩返しだと、トヨさんは考えている。お金ではない価値で結ばれた関係が、この店の土台にある。
愚痴を言う場ではなく、明日の話をする場
つながるBARが掲げる「明日の仲間と、つながる場」という言葉は、もともとトヨさんが考えたものだ。「飲み会って、放っておくと愚痴や過去の話になりがちじゃないですか。自分はそれが嫌で。どうせ飲むなら、未来の話、明日の話をしたい。ここで出会った人と仲間になって、明日の行動が少し変わる。そういう場でありたいんです」
実際、店はいろいろなコミュニティの交差点になってきた。
「『このバーは面白い人が多い』と言われるのが、一番うれしいですね」
半径5メートルを、豊かにできればいい
飲食店の休業時間を活かし、副業で店に立つ。この仕組みには、人手不足の解消や副業人材の活躍といった社会的な意義が語られることも多い。ただ、トヨさん自身はもっと控えめに、この店の役割をとらえている。「普通のバーとの一番の違いは、夜の街の横のつながりに入っていないことです。夜の世界には店同士の付き合いがあって、義理で顔を出す文化がある。うちは間借りで、副業で、週末だけの店だから、そのしがらみの外にいられる。良くも悪くも浮いた存在で、軽くいられるんです」
社会を変えるなんて、偉そうなことを言うつもりはない、とトヨさんは言う。
「できるのは、スタッフとお客さんの半径5メートル、10メートルのつながりを豊かにすることくらい。でも、その狭さだからこそ深く関われる。
最後に。現状を変えたい人にこそ、来てほしい
これからも今の延長で楽しくやっていきたい、とトヨさんは語る。そのうえで、ゆくゆくはこの店をスタッフの慶太さんに任せたいという。慶太さんは中洲に骨を埋める覚悟で、いつか自分の店を持ちたいと話している。この店が、次の誰かのきっかけになるなら最高だ、と。来てほしいのは、何かに挑戦したい人、いまの現状に納得がいっていない人だ。
「ここには、普段の生活では出会わない、違う分野で頑張っている人がいます。話してみると、自分の悩みがちっぽけに思えたり、場所が変われば悩みですらないと気づけたりする。自分自身、カウンターに立ちながら何度もそれを経験してきました」
会社員のまま、もう一つの顔を持つ。バーを持つことは、かつては一部の人の夢だった。それが、間借りと副業という形で、趣味のように叶う時代になっている。「この記事を読んで少しでも面白そうだと思ったら、土曜の夜、中洲へ。カウンターの向こうで待っています」とトヨさんは笑った。
店舗概要
・店名: つながるBAR 福岡中洲・営業: 毎週土曜20時~
・場所: 福岡市博多区中洲第一ビル8階
・Instagram: https://www.instagram.com/tsunagarubar_nakasu/
ご連絡はお店インスタグラムのDMまで。