世界最高峰の舞台WTT USスマッシュ2026で、大きな異変が起きた。男子シングルスにおいて中国勢がベスト16を前に全員敗退。
(文=本島修司、写真=VCG/アフロ)
中国にとって最初の脅威、日本人男子の成長
中国男子にとって、最初の脅威は日本だった。
4月5日、ITTFワールドカップ・マカオで、松島が世界王者といえる中国の王楚欽を追い詰めた試合は記憶に新しい。松島が王楚欽と演じたあの「まるで殴り合いのようなドライブで勝ち切った試合」には、卓球大国の中国を力でねじ伏せてしまう迫力が満ち溢れていた。
この試合は、水谷隼から張本智和に渡った日本卓球のバトンが、次の世代の松島につながったこと、そしていよいよ中国のレギュラークラスの選手を倒し始めたことを意味する。
ただし、最強中国の牙城が、張本美和、早田ひなを擁する女子ではなく男子から崩れ始めている要因は日本の躍進だけではない。むしろ、欧州勢の男子の成長が難敵になってきたのだ。WTTUSスマッシュ2026は、もう「一強」とは言い切れない状況にあることを、あの無敵の中国に突きつけることになった。
WTT USスマッシュ2026でも、まずは3回戦で現在も世界ランキング1位を誇る中国の王楚欽が世界ランキング15位のアンダース・リンド(デンマーク)に負けた。世界王者のあまりに早い敗戦に衝撃が走った。
それだけではない。同じく3回戦で、世界ランキング11位の22歳アレクシス・ルブラン(フランス)が、世界ランク5位の21歳の林詩棟(中国)に3-0で圧勝。
ルブランが示した“もう一つの勝ち方”
ここでルブランは、今後の男子卓球において明らかにエポックメイキングとなりそうなパフォーマンスを見せた。
USスマッシュ2026・3回戦。ルブランVS林詩棟、第1ゲーム。序盤は、捻りを入れたバックハンドを使ったルブラン。このあたりのルブランは前陣に張りついてプレーしている。
しかし、8-8からは中陣に下がった。そして両ハンドの切り返しの展開に持ち込む。この中陣・後陣での戦いぶりが、「ルブラン劇場」の幕開けだった。
9-8では完全に追い込まれた場面だが、後方からバックハンドを振り続け、何度も何度も返球。会場が湧いた。ここは取られて9-9となるが、試合内容は明らかにルブランのペース。10―9からは台上のストップ合戦を制し、中国の得意な立ち位置でも勝負強さを見せて11-9で取り切った。
第2ゲーム。林詩棟も自分の立ち位置に切り替えて前陣で反撃。しかし、好調さが際立つルブランはストレートを打ち抜き4-2。次は得意の長いラリーを打ち合い5-2。差を広げていく。立ち位置が中陣~後陣と「あまり前にいない」のが特徴だ。
8-5からは、また中陣から両ハンドの切り返しが冴え渡る。ミスが出ない。林詩棟は前陣でグッと堪えているのだが、ルブランの「中陣の卓球」は、ボールが来るまでに、時間的に余裕がある。そのぶんミスが出ない状況が続く。9-5とする。
10-9からはまた得意の中陣かと見せかけて、カットを入れたような台上ストップ。
第3ゲーム。3-0と、ルブランリードで開始。バックハンドを大きく振り、バックからバックへとストレートで打ち抜き4-0。ルブランの勢いが止まらない感じだ。
5-3からは、この試合最大の見せ場がおとずれる。長いラリーになって下がってしまったルブラン。ロビングの体勢で防戦一方かと思われたラリーだが、バックハンドを振りながら、長い打ち合いを徐々に巻き返していき、最後はフォアドライブで逆襲。これが決まった。
11-8。会場は“ルブラン劇場”に大喝采だ。
ワルドナーから続く欧州卓球のDNA
フランスのルブランは卓球界に現れた「欧州勢逆襲の兆し」の象徴かもしれない。
同世代の中国のトップ選手を真正面から倒す欧州の選手が現れていることは、世界の男子卓球が群雄割拠の時代に入ったことを意味する。
2010年代、男子卓球は中国が一強を極めていた。馬龍と樊振棟。中でもこの2人が圧倒的な強さと存在感を誇示する時代が続いた。ドイツがティモ・ボルとドミトリ・オフチャロフというレジェンドプレーヤーを輩出しながら食い下がったが、やはりこの時代の男子卓球は「中国一強」という見方が強いだろう。
しかし、遡ること1990年代には、中国の男子卓球を日本人ではなく欧州勢が食い止めていた歴史がある。
スウェーデンが誇るヤンオベ・ワルドナーとヨルゲン・パーソンの存在だ。今でも男子卓球の世界ではこの2人が過去最高の選手だと言う声は根強い。
この2人の他にも、“ベルギーの虎”と呼ばれた男、ジャンミッシェル・セイブ。そしてもう1人、フランスの左利きジャンフィリップ・ガシアンがいた。
中でもやはり、ワルドナーとパーソンは群を抜いた存在だった。そしてこの2人のプレースタイルは必ずしも「前陣」ではなかった。
ワルドナーは前~中陣ですべてを“捌く”ような卓球。静かにゾーンに入った時の手がつけられない強さは“ワルドナータイム”と呼ばれた。前陣で猛攻撃を続ける中国のトップ選手は、静かに捌かれて、負けていたのだ。
パーソンは、中陣~後陣といった立ち位置でのプレーも目立った。中陣から両ハンドで反撃をしてみたり、下がった時に前にポトリとボールを落とされたところに飛び込んでいって、手首だけのバックミート一発で逆襲する姿は、まさに“魅せるファンタジスタ”という言葉が合っていた。
この領域になると、本来追い詰められている体勢の「ロビング」になっていても、必ずしもロビングを打って攻めているほうが得点するわけではない緊張感がある。
今、ルブランが披露している卓球からもそれと同じ性質を感じる。
中陣~後陣での動きを鍛え上げ、その立ち位置にいることでボールが来るまでの「時間的余裕」を作り、まるで長いラリーを楽しむかのように逆襲する。
女子卓球の前陣速攻の「速さ」は、これらも加速するだろう。台から離れず、バックスイングも小さく、ピッチの速さを極めていくスタイルだ。
一方で、男子卓球では、前陣速攻だけではない「もう一つの答え」を欧州勢力が出し始めた。それは「近代中国卓球」に対する返答のようにも見える。
男子卓球は再び群雄割拠の時代へ
今、世界の男子卓球は群雄割拠の大混戦だ。
かつて、1990年代には欧州勢が世界をリードしてきた歴史があった。
最強中国の独走を見た2000年代、2010年代の卓球も凄味があり面白さがあった。
しかし、何十年もの眠りから目覚めたかのような「欧州の男たち」がリードする男子卓球の世界が、ここから再び幕を開ける可能性は十分にありそうだ。
最新の世界ランキングで2位となったスウェーデンのトルルス・モーレゴード、兄アレクシス・ルブランよりもランキング上位の5位に位置する19歳のフェリックス・ルブランも成長著しい。
USスマッシュ2026は松島輝空の優勝で幕を閉じた。当然この大混戦のど真ん中に、日本の松島輝空と張本智和もしっかり加わっているのだ。
さらには、日本人選手からもルブランのような中陣で強い新しいスタイルの選手の登場もあるかもしれない。
準優勝はウラジミール・シドレンコ(AIN)だった。AINとは中立な立場の個人資格の選手となる。ロシア出身でドイツのブデスリーガやフランスのリーグでプレーした経歴がある選手だ。この選手もまた「欧州の卓球環境」で育っている。
前陣速攻。中陣でのプレー。後陣からの大きなラリー。多様な戦型が覇を競えるように変化し、激しさを増す世界の男子卓球。
中国が弱くなったわけではない。中国を倒すための戦い方が世界中で洗練され始めた――。USスマッシュ2026は、その転換点として記憶される大会になるのかもしれない。
<了>
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