サム・スミス(Sam Smith)が通算5作目のニューアルバム『Hazel Eyes』を発表した。「MUSIC AWARD JAPAN 2026」出演でも話題を集めた現代最高峰のシンガーソングライターが、新作で描いたのはパートナーとの愛、自己受容、そしてクィアとして生きること。
前作『Gloria』での解放を経て、より親密でオーガニックなサウンドへと向かった新境地とは? 制作背景からニューヨークでの新生活、愛を歌うことの意味まで語ったオフィシャルインタビューを掲載する。

『Hazel Eyes』はロマンティックなアルバム

―日本を訪れるのはもう6回目くらいになるのでしょうか?

サム:たぶん今回が5回目だと思います。

―特に印象に残っている日本での体験はありますか?

サム:初めて日本に来たのは22歳の時でしたが、4冠を達成して一夜にして人生が変わってしまった第57回グラミー賞授賞式の3日後に到着したんです。あの時はすごく不安な状態にあって、すごく疲れていて、少々辛くもありました。東京の町をじっくり体験できなかったし、とにかく仕事ばかりで出かけられず、食事をしたり色んなことを試したりできなかった。でもその数年後にツアーで日本に帰ってきた時には、ナイトライフを楽しみ、美味しい食事に舌鼓を打ったりして、それ以来、世界で一番好きな場所のひとつになりました。母だったりほかの家族だったり、色んな人にそう話しています。特に数年前の京都への旅は思い出深いですね。でも今回の旅も劣らずで、最高の5日間を過ごしました。これまでに東京で食べた中で一番美味しい食事を頂いて、思い切り楽しみましたし、感謝の気持ちで一杯です。

「MUSIC AWARD JAPAN 2026」でのパフォーマンス、『Hazel Eyes』のリードシングル「My Guy」を披露

―新作『Hazel Eyes』の話をする前に、これまでのキャリアを振り返りたいと思います。あなたは2年前にデビュー・アルバム『In the Lonely Hour』の発売10周年記念盤をリリースし、当時を振り返る機会を得ましたが、どんな想いを抱きましたか? あの時から自分がどれだけ成長したか確認する機会になったのでしょうか?

サム:そうですね。
あのアルバムのおかけで人生が一変したわけですから、ファースト・アルバムとしては本当にぶっとんだ結果をもたらしました(笑)。あの時期の記憶は、信じられないほどハッピーな思い出と辛い思い出のミクスチュアだと言えます。でも自分の作品を振り返るのは好きで、セカンド・アルバム『The Thrill of It All』の10周年記念盤を作るのも楽しみにしているんです。なぜって私は自分自身と自分が作った音楽にすごく誇りを抱いていますし、時には過去の作品を振り返って「ああ、ここはほかにもやりようがあったかも」とか「ここはあまりうまくできていないな」と感じることもあるんですが、それも含めて制作をエンジョイできたので、振り返りは好きですね。

―これまでの体験を通じて、アーティストとして活動していく上で乗り越えるべき一番大きなチャレンジは何だと感じましたか?

サム:それは、「名声」だと思います。人によって状況は異なりますが、幸運にも私が体験した名声は、音楽作りをストップさせるには至っていません。それは素晴らしいことで、今はむしろこれまでになくインスピレーションが湧いています。でも、若い頃は疎外感を抱くことがあったと思います。年齢を重ねることで対処できるようになりましたが、21歳で有名人になった当初は、まだ人生経験も足りなかった。ただ、「名声」って退屈な回答ですよね。なのでそれ以外で言うなら、音楽活動に伴う最大のチャレンジは、とにかく”続ける”ということなんだと思います。日々の移動やツアーは体に負担をかけますし、声にも悪影響を与える。
こんなにもツアーをしていなかったら、今頃私の声は全く違っていたと思います。あまりにも毎日酷使してきたので。本当に移動にしろ歌にしろ、全てが体に負担をかける。だから活動を続行することが一番難しい。「私に関して最もスキャンダラスなことはここに居座ったこと」とマドンナがいつも言っていますよね。「Unholy」へのリアクションや、その他の批判に直面した時には、そんな彼女の発言の意味が初めてストンの胸に落ちました。本当にそうだなと。だから私が持っているありったけの勇気を、ここに居座るために注いでいます(笑)。

―またあなたは、これまでにアルバムごとに様々なサウンドを取り入れて自分の様々な面を見せ、変化し続けて来ましたが、逆にずっと変わっていないと感じるのはどんなところでしょう?

サム:私にとって揺るがない核心は、「ラヴ」(愛)だと思っています。私は非常にロマンティックな人間ですし、常にラヴにまつわる曲を綴ってきました。だから第一に「ラヴ」。もうひとつは誠実さですね。
自分自身に対して誠実でオーセンティックであるということ。この業界には色んなタイプの音楽がありますが、私が学んだのは、その中のひとつのセクションが、別のセクションの品定めをするということ。例えばオルタナティヴなアーティストも品定めをされているように感じるでしょうし、ポップ・アーティストであっても他のセクションの人たちに品定めされているように感じる。そして特に過去3~4年ほどの間、私は自分が聞いて育った音楽や自分を夢中にさせた音楽が何だったのか思い出して、それを恥じる必要はないのだと自分に言い聞かせなければならないことがありました。私はポップ・ミュージックを愛していて、ポップ・ミュージックのソングライティングのシンプリシティを愛しています。それはほかのジャンルにも関わってくるわけですが、自分が心から愛しているものであり、ポップ・ミュージックにこだわり続けてきたことをうれしく思っています。と同時に、アーティストとして自分を深め、より多くを学んでいきたいですね。

―前作『Gloria』でのあなたは完全に解放され、エンパワーされた自分の姿を提示しましたね。『Hazel Eyes』の前哨として、あのアルバムはどんな意味を持っていますか?

サム:私にとって『Gloria』は、アーティスト人生におけるクレッシェンドみたいなアルバムです。20代の頃は特定のタイプのポップソングを作ることに専念してきましたが、『Love Goes』から『Gloria』にかけての私は、「Unholy」のような曲を目指して探求の旅をしていたんだと思います。それが主なゴールでした。「Unholy」のために私は本当に懸命に闘ったので、リリースされて人々があの曲を受け止めてくれた時、何かから自分を解き放ったみたいに感じたんです。
アーティストとして登りたいと思っていた山の頂を極めたという手応えを得ました。だから新作では新たな山を登っているんです。自分の魂を無傷の状態に保って。

―『Gloria』に伴うツアーでは、フェスティバルのために特別に用意したショウや、レジデンシー公演に挑戦したり、ライヴ・パフォーマーとして様々な実験をしましたよね。『Hazel Eyes』に何らかの影響はありましたか?

サム:少しはあるのかもしれませんが、飾りをはぎ取っていくようにして作り上げた『Hazel Eyes』に対し、『In the Lonely Hour』と『The Thrill of It All』に伴う初期のツアーを振り返ってみると、非常にシアトリカル(演劇的な)なショウを行なっていました。私は本質的にはそういうパフォーマーなんです。従って『Gloria』に伴うツアーでは、すでに確立していたそういうフォーマットにコスチュームやダンサーをプラスしたんですが、今後もシアトリカルな要素は私のパフォーマンスに反映されるでしょう。それは自分の一部なので。私はドラマ・クイーンですからね(笑)。でもアルバムごとに異なる温度感が必要とされますし、『Gloria』はまさに大がかりでホットできらびやかな混沌の中に飛び込むような感じでしたが、『Hazel Eyes』はよりロマンティックなアルバムです。同時にこのアルバムは私に多くの安らぎを与えてくれました。AIやテクノロジーを取り巻く荒野のただ中で、友人たちと部屋に集まって楽器を叩き、一旦録音したヴォーカルに手を加えず、ポップな法則に則って曲作りを続けてきた末にすごくリアルに感じられることについて歌うというのは、素晴らしい体験でしたね。


―では『Hazel Eyes』に着手した時にはどんな心境にあったんでしょう? 先程新しい山を登るとおっしゃっていましたが、新しい章をスタートするような気分でしたか?

サム:ええ。本作で私はアーティストとして途方もなく大きな変化を経ています。これまでのアルバムでは毎回大勢の共作者と曲を綴ってきました。様々なソングライターやプロデューサーと組んで、様々な場所で作って、アルバムに収めてきました。でも今回は、『In the Lonely Hour』で共作した素晴らしい友人であるサイモン・アルドレッドとふたりだけで曲作りを始めたんです。そして徐々にほかのコラボレーターを巻き込んでいきましたが、そこにいたのは多くても5~6人。すごく親密な体験をして、私は初めて曲の世界に終始留まることができました。本当に素晴らしい時間を過ごして、美しい思い出が生まれましたし、これらの曲を聞いているとピースフルな場所に逃避できるんです。遠く離れた田舎にある川みたいなものになりましたね。私は川岸に座っていて。ヘッドホンで聞いているとそういう世界に連れて行ってくれるんです。

『Hazel Eyes』収録「When He's Gone」

愛がもたらした新たなラヴソング

―言い忘れましたが、本当に素晴らしいアルバムが誕生しましたね。
あなたのこれまでのキャリアは、本作を作るための準備期間だったような気がします。

サム:確かにそうですね。と言うか、どのアルバムにもそこに至るまでの準備期間がありました。私はレビューなどを読まないので、人々の反応を把握していないんですが、『Gloria』を聞いた時の反応は想像できました。人は、コマーシャルな音楽はよりシンプルで、お金のために作られていると考えることがあります。でも私はそうは思わなかった。チープなポップ・ミュージックを愛して育ちましたから、ああいうアルバムを作ることを目標にして長い間準備をしていたような気がするんです。それは、『In the Lonely Hour』でスタートを切った私にとって、デビュー当初はああいうアーティストだった私にとって、『Gloria』のようなポップな形で自分を表現するのはひとつのチャレンジでした。『Hazel Eyes』についても同じように感じるんです。私はかねてから整合性のあるアルバムを作りたいと思っていました。田舎町の出身ですし、小さな村で育ち、自然の中で音楽を聞くことが多く、こんな風にナチュラルに感じられるアルバムを作りたかった。私のお気に入り映画の1本は『プラクティカル・マジック』なんですが、サントラが素晴らしいのでぜひ聞いて欲しいですね。『Hazel Eyes』にも大いに影響を与えています。

―『プラクティカル・マジック』ですか?

サム:ええ。ニコール・キッドマンが出演していて、すごくロマンティックな映画なんです。魔女絡みのロマンティック・コメディで、『Hazel Eyes』にはそのサントラと同じような起伏があると思います。

―本作はあなたとパートナーとの関係を、順を追って描いています。当初からそういうアルバムを目指していたんですか? それとも心の赴くままに曲を書いていったんでしょうか?

サム:心の赴くままに書いたんです。実際は難しかったと言うか、恋愛関係は非常にプライベートなものですから、プライベートにしておきたかった。でもアーティストとしての私は、彼と、彼の愛と、彼と過ごした時間にすごくインスパイアされて、どこまで曲にして聞かせるのかという線引きをする必要がありました。私は、自分の最もダークな瞬間も、最もハッピーな瞬間も聞き手と分かち合いたいタイプのアーティストなので。音楽は私の友人であり同伴者ですからね。従って本作はパートナーへのラヴレターであると共に、音楽そのものへのラヴレターでもあるんです。

―1曲目の「Everlasting Love」に出てくる”sad night walker”は、パートナーと出会う前のあなたですか?

サム:そうなんです。これは本当に素晴らしい曲で、アルバムのために一番最初に書き始めた曲でもあります。前半はパートナーと出会う前に書いたんですが、インストゥルメンタルのパートに続く後半は、パートナーとの出会いから3年が経過してから書きました。だから私の声も、後半では時間を経ていることが分かるはず。ここでは誰かとの出会いの前夜を描いていて、出会いを経て美しい音楽が湧き起こって、ホーンの音がハッピーな未来へと連れていってくれて、そこでは、一夜限りの関係が永遠の愛へと変化を遂げているんです。

―長年ハートブレイクの苦しみを歌ってきた末に、こうしたラヴソングの数々を歌うのはどんな気分ですか?

サム:このアルバムを作り、これらのラヴソングを書く過程で、私は全人生で最も多くの涙を流した気がします。それはリアルだという証明ですよね。20代前半の時にラヴソングを書こうと試みたことがありますが、私には書けなかった。イノセント過ぎたんです。でも今の私がパートナーに抱く愛は信じがたいほどリアルですし、ハッピーな愛であってもそこにはメランコリーが含まれていると思うんですよね。愛を手に入れるまでに辛いことを克服しなければならなかったかもしれないし、その愛が脆くて、いつの日か失われてしまうのではないかと恐れているのかもしれないし。従って「My Guy」みたいに”彼は自分のもの”と歌うハッピーな曲であっても、聞いていると哀しい気持ちになるんです。このあまりにも美しいものが、もしかしたらなくなってしまのかもしれないと思うと怖くて仕方なくて。だからこそ、今までこのアルバムを作るのを待って良かったなと思っています。今なら愛について深みのある曲が書けますからね。

―ハピネスはソングライティングには役立たないと言う人もいますよね。いい曲を書くには試練や痛みが必要だと。あなたの場合はいかがでしたか?

サム:その説には一理あると思いますが、私はすごくエモーショナルな人間で、ハピネスの極みにあってもどこかに微かな哀しみや疑いや怖れや恥の意識を抱いているので、そういう問題はありません。むしろ推奨するくらいで、目下完璧主義からの更生に取り組んでいるようなところがあります。愚かな完璧さの追求こそ、私のメンタル面の問題全ての根源にありますからね。今では全てを鮮やかな色彩に塗り替えようとしています。でも以前は恋に落ちることを怖れていました。何しろ『In the Lonely Hour』と題されたファースト・アルバムが大ヒットしたわけですから(笑)、恋をすることが、ハッピーになることが怖かった。ハッピーになっても曲が書けるのだろうかと心配していたんです。でもありがたいことに、私はその怖れと向き合って克服しましたし、今なら悲しい曲にもより深みを与えられると思っています。

―コラボレーターについては、サイモン以外に誰が参加したのですか?

サム:ファイストとも共作しました。彼女の大々ファンなんですが、本作でコラボが実現して、2曲を一緒に書きました。それからルース・オマホニー・ブレイディ及びデヴィッド・オドラムも参加しています。ふたりはアルバムの制作に本当に大きく貢献してくれました。素晴らしいソングライター兼プロデューサー兼プレイヤーなんです。あとはニューヨークを拠点にしている偉大なミュージシャン兼ソングライター、シャザード・イズマイリーも起用しました。そんなところでしょうか。

―ジミー・ネイプスは関わっていないんですか?

サム:そうですね。今回は参加していません。

―今ニューヨークという地名が出ましたが、昨年あなたはニューヨークに移り住みましたよね。環境の変化は何か影響を与えましたか?

サム:もちろん!ニューヨークに移り住む前は2~3年間英国の田舎で暮らしていて、愛のために引っ越したわけですが、世界最大の都会に住むことになるとは考えてもみませんでした。実際引っ越した当初は荒波に揉まれるような感じでしたね。あんなに賑やかな場所に慣れていなくて、それまでの全人生を英国で過ごしてきたので、家族から離れるのも辛かった。でも、親愛なる友人であり、英国でアルバム制作に着手した時から参加していたサイモンとデヴィッドとルースはニューヨークにも来てくれて、そのまま一緒に曲作り続けました。彼らは私を元気付けてくれて、この新しい世界で、新しい町で曲作り行なうにあたって、親しい人たちがいてくれたおかげですごく安心できました。今ではニューヨークが好きでたまりません。あの町で生活していて本当にハッピーですし、町の活気に安らぎを見出しているくらいです。

―今アメリカに移り住むというのも奇妙なことではありますよね。

サム:確かにそうですね。でも、クィア・コミュニティとトランスジェンダー・コミュニティが今感じている痛みと苦しみを踏まえて私が辿り着いた回答というのが、ラヴソングを綴ることだったんだと思います。今の時代、”私の男(my guy)”について、私たちの愛について声の限りに歌うことは、かなりラディカルな行為ですし、幸運にも私はニューヨーク・シティに住んでいます。世界中でゲイの人間にとって最も安全な場所ですよね。少なくとも最も安全な町のひとつです。だから私自身は安心しています。

サム・スミスが語る「今の時代、愛について歌うことはラディカルな行為」


―少人数で作ったことに加えてもうひとつ従来と違う点は、クワイアを除いてゲストがいないことです。

サム:クワイアのほかにファイストも歌声を提供してくれています。「Moondance」にフィーチャーされているのがファイストで、「Oh Mother」ではクワイアが歌っています。

―なるほど。このアルバムは自分の声だけで作りたかったのではないかと思ったんですが……。

サム:まさにそうです。実際、ゲストは迎えないというのが今回の目標でした。でも彼女たちとコラボレーションを行なった以上、自分のエゴのために使わないのは申し訳ないと思ったんです(笑)。

―ヴォーカルにはあまり手を加えなかったという話が出ましたが、ライヴで、1~2回のテイクでレコーディングしたんでしょうか?

サム:8割はワンテイクでレコーディングしました。ごく限定的に修正しただけで、デモに近いものです。私たちは曲作りに夢中になって、時には何日も没頭して、もはや肉体の一部分になったかのようした。そしてその場で歌って、携帯電話で録音していたんです。書きながら歌いたくて、曲が仕上がるまでの間に何度も歌いました。私はいつもそうやって書いてきたんです。書いたその日か数日後に歌った時と、半年後に歌った時では、歌い方が全く違う。メロディが自分の体に組み込まれていくような感覚で、時間を置くことで向上する時もありますが、たいていは曲を思い出そうとするテンションみたいなものを感じるんです。私はその時々に起きたことについて曲を書いているわけで、すぐに現場で録音したヴォーカル音源にはより強く想いが出ているはず。だからその音源を手を加えずに使うことにしたんです。

―サウンド面ではどんなことを考えていたんでしょう? 今回はゴスペルやブルースに加えて、アメリカーナやケルト音楽、インディ・ロックなどなどこれまでになかったサウンドを消化していますが、制作中にどんな音楽を聞いていたんですか?

サム:このアルバムを作っていた時は、ジョニー・キャッシュをかなり聞いていました。サイモンはジョニーの大ファンで、私に詳しく教えてくれたので。それからタミー・ウィネットも。アメリカに移り住んだことに興奮してしまって、カントリー・ミュージックを掘り下げていたんです。ほかにも私自身が若い頃に聞いていた音楽からも大いに影響されました。『プラクティカル・マジック』のサントラには先程触れましたが、スティーヴィー・ニックスも然り。ラーズの「There She Goes」を始め90年代のロマンティック・コメディ映画に使われていた曲の数々から得たインスピレーションも大きいですね。それから、ローラ・マーリングからレジーナ・スペクターまでやはり若い頃に親しんだフォーク・ミュージック、コリーヌ・ベイリー・レイのようなソウル・ミュージックの影響もたくさん受けていますから、多様な音楽に刺激を受けました。中でも特に、今までになくたくさんブルースを聞きましたね。

川から海へ、愛と自己受容の先へ

―繰り返し登場する川のイメージについて教えて下さい。

サム:アルバムの中で最初に完成した曲は「To Be Free」で、次に「Everlasting Love」を書き上げたんですが、これら2曲での私は、ミュージシャンとしての自分が知っていた全てのものを手放して逃げ出したかのような気分でした。そして心の中で、友人であるサイモンと一緒にとある川に辿り着いたんです。2曲に共通するそんなフィーリングを維持するために、スタジオに行く度に私は同じ場所に戻りました。それがプロダクションにおける道標になったんです。今回は私自身がプロデューサーを務めたんですが、プロデューサーとしての私のメソードというのは、まずイメージとサウンドを集めて、終始その世界の中に留まることでした。関わっている人たちやアルバムを構成する要素が、この川のほとりから離れないように気を配ったんです。と同時に私は川の流れを追いかけて、最終的には海岸に辿り着きました。「Moondance」や「Hold On」はあとになって生まれたんですが、そこにはまさに、愛する人とどこかに辿り着く情景が描かれていて、これら2曲に取り入れたエレクトロニックなサウンドにも青い大海原のイメージを反映させているんです。それは私が次のアルバムで掘り下げたい方向性を示唆していて、陳腐に聞こえるかもしれませんが、ここまで長い道のりでしたね(笑)。

―『Hazel Eyes』をアルバム・タイトルに選んだ理由を教えて下さい。

サム:当初は川にまつわるタイトルにしたかったんです。もしくは、自分の頭の中に広がっていた茶色いセピアがかった世界に関連付けたかった。でもレコーディングを終えてミックスする段階になって……ミックスは私にとって困難な作業でした。こういうアルバムのミキシングは、サウンドを大きく左右しますから、長い時間を要したんですよね。おかげで、一歩引いてアルバムを捉える余裕が生まれました。それができて本当に良かったと思っていて、次もそうしたいと考えてるんですが、私はテーマに没入し過ぎていて、アルバムに相応しいタイトルを考えられなかったんだと思うんです。で、少し距離を置くことによって見えてきたのは、世界一ロマンティックなアルバムでした。とにかく、彼のこと、私のこと、そして愛が私にもたらしたことに終始していて。そんなわけで『Hazel Eyes』を選んだんです。なぜって彼の瞳の色はヘーゼルで……と言うか、本当はブラウンなのに私はヘーゼルだと思い込んでいたんですよね。ヘーゼルは違う色だということを最近になって知りました(笑)。でも構わない。私にとってヘーゼルはヘーゼルナッツの色であって、彼の瞳の色はヘーゼルナッツの色だから、そこは譲りません。それに「Hazel Eyes」という曲は私のお気に入りの曲でもあるので、アルバム・タイトルにしたんです。タイムレスで、ラヴレターぽい感じがするので、正しい判断だと思いました。

―あなたのパートナーはアルバムにどう反応していましたか?

サム:すごく気に入ってくれていますし、アルバムの制作過程を通じて大きな支えになってくれました。彼はヘヴィメタル・ハイパーポップが好きなんです。

―ポピーみたいなタイプの音楽ですか?

サム:ええ。キム・ペトラスが彼の最愛のアーティストで、ほかにもSlayyyterとか素晴らしい人たちなんですが、そういうわけで私と彼は音楽の趣味が異なるんです。それが逆にいいんですよね。彼に何か音楽を聞かせるとそれを気に入ってくれて、いい感じで反応してくれますから。自分が好んで聞くタイプの音楽ではなかったとしても。

―パートナーとの関係は、アーティストとしてのあなたにどんなインパクトを与えましたか?

サム:まずはニューヨークに移り住むというハッピーな体験をもたらしてくれたわけですが、とにかく私を成長させてくれました。いいタイミングで彼と出会えたと思っています。

サム・スミスが語る「今の時代、愛について歌うことはラディカルな行為」


―「Oh Mother」ではあなたのお母さんについても歌っています。あなたはインタヴューでしばしば、お母さんやお姉さんから得たフェミニンな影響に触れてきましたよね。

サム:この曲は、自分の子どもが傷つけられた時に母親が抱く憤怒について歌っています。彼女たちは子どもを助けにやってくるんです。私自身の母だけでなく、同時にクィア・コミュニティのことも頭にありました。クィア・コミュニティには母を持たない人がいるんですよね。家から追い出されてしまったりして。それゆえにコミュニティの中に母親的な存在を見出すんですよね。だから私の母に限らず、フェミニンで神聖なパワーについて歌っていて、私は自分が試練に直面した時、人生で最も辛い体験をした時には、そこから力をもらっているんです。私の祖母は私の人生おいて最も重要な存在で、私が19歳の時に亡くなったんですが、彼女のパワーとマジックは今も常に私と共にあって、いつもアクセスしています。だから「Oh Mother」を作るのは本当に素晴らしい体験でした。そういう炎のようなエネルギーと接点を持つことができたので。

―「My Guy」のミュージック・ビデオはどんな感じなりそうですか?

サム:今回は全てを可能な限りパーソナルかつリアルに表現することにこだわったんです。撮影は自宅で行なったほか、ニューヨークにある私が通っている美しいジャズ・バーでもロケをして、非常にシンプルで、かつ美しいビデオが仕上がりました。監督はニューヨークを拠点にしている素晴らしい若手の女性映像作家のハヤ・ワシーム(Haya Waseem)。「Love is a Stillness」のMVも彼女が監督したもので、本当に気に入っていました。従って今回の撮影は美しく、いたって健全な体験でしたね。ピンクのクラゲみたいな衣装をまとってゴールドに塗ったヘリコプターで吊り上げられた時(「Im Not Here To Make Friends」のMV)とは全く異なる体験でした(笑)。でも今回は、ファースト・アルバムで共作した素晴らしい友人サイモン・アルドレッドと会って、ふたりだけで曲を書き始めたんです。その後ゆっくりと時間をかけてほかの人たちを巻き込んでいきました。

―究極的に、本作から聞き手にどんなことを感じて欲しいですか?

サム:私自身が逃避していた世界に、聞き手のみなさんも逃避してもらえたらと願っています。そしてそれを実感してもらいたい。またここに収められた音楽を通じて、シンプリシティに身を任せて欲しいですね。このアルバムは永久不変で、私は心の底から信じていて、タイムレスでもあり、大切に取り扱ってもらえたらうれしいですし、アルバムのスピードに馴染んでもらえたらと思います。スローで、落ち着いていて、洗練されていて、私が思うに、今の世界で鳴っている音楽とは異なるスピードで流れていますから。あとは、私自身がこれらの曲を書きながら抱いた気持ちをほんの僅かでも感じてもらえたら、それ以上に望むことはありません。幸運にもその全てを感じることができた私の経験から言えば、最高の気分だったので!

―あなたはアルバムを”May your heart be open, let no one change your mind”(心を開いたまま、自分の信念を誰にも曲げさせないで)という言葉で締め括っていますね。

サム:ええ。『Gloria』はセルフ・ラヴと自分を受け入れることに関するアルバムだったと思うんですが、ここにきて他者を愛することを通じて、そのセルフ・ラヴをようやく完全に受容できたように感じているんです。かつてないほどに。そしてその前の曲「Hold On」は若い頃の私のクィアの自己に向かって歌っています。自分は恋に落ちることはできないのだと思っていた、と。なぜって若い頃の私は、自分みたいな人間が恋をしているところを見たことがなかった。19歳くらいになるまでゲイの人は誰も知らなかった。だから、愛や恋愛関係とは縁がないのかもしれないと感じて、当時は落ち込んでいました。「Hold On」はそんな少年に宛てた曲なんです。他方の「To Be Free」は、自分以外の人たちに宛てた声明ですね。愛と誠実さをもって生きて、自分を率直に表現し、自分が恐れているものと向き合えば、いい人生が送れるのだ、という。

―最後に、日本のファンにメッセージをお願いします。

サム:まずは「ありがとう」と言いたいですね。私のファンであることにはアップとダウンが伴うと思うんです(笑)。中には途中で脱落してしまった人もいるでしょう。或いは、途中で加わったという人もいるはず。それでも私は構わないと、みんなに伝えたいんです。それが誰だろうと聞いてくれる人のために歌い、音楽を作っていますから。最初から聞いてくれている人たちには感謝しています。こんなにもうれしいことはほかにありませんし、みなさんを愛しています。そして離れていってしまった人たちも、準備が整ったらぜひパーティーに戻ってきて下さい。これまでと同じように楽しくやっていますので。

Photo by Daisuke Takeda

サム・スミスが語る「今の時代、愛について歌うことはラディカルな行為」

サム・スミス
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