そんなボノボの約4年ぶりとなる新作『Distance In Static』は、ある意味でキャリアの集大成的な作品となった。「Fire on the Water」や「Equinoctial」のように初期を彷彿とさせるメランコリックなダウンテンポがある一方、彼が主催するパーティOUTLIERの熱気をそのまま閉じ込めたような「Drift」や「Uncasually」、そしてイランのシンガーの曲をサンプリングしたエキゾチックな「Shokoufeh」など、まさにボノボらしいサウンドが全編に渡って展開されている。
参加ゲストはアルージ・アフタブ、ジョイ・クルックス、ニルファー・ヤンヤ、青葉市子、Kanako Yamamotoなど多彩で、英語以外にウルドゥー語や日本語の歌声も飛び交う。アルバム制作自体もロンドン、カリフォルニア、日本と世界各地で行われた。こうした特定のルーツやアイデンティティに縛られない、越境的でグローバルな姿勢やサウンドも、彼の音楽を長年特徴づけてきたものだ。
すでに公言している通り、ボノボは伝統的な意味でのアルバム制作やフルバンドでのワールドツアーは今回で最後にするという。詳しくは以下のインタビューで語っているが、彼にとって今作がキャリアのひとつの区切りとなることは間違いない。『Distance In Static』は、次のフェーズへと進もうとする彼だからこそ作れた、これまでのすべてが詰め込まれた作品である。
これまでのすべてを映し出すアルバム
―『Distance In Static』は、メロウで美しい楽曲と、ダンスフロアが熱狂する姿が目に浮かぶようなバンガーが詰め込まれたアルバムですね。
ボノボ:自分のこれまでのアルバム全部に言えることだけど、その時々の自分がどこにいるのかを、より反映したものなんだと思う。だから、このアルバムは、ここ2~3年くらいの自分の人生を切り取ったスナップショットのようなものだね。でも、それだけにとどまらず、もっと広い意味もあるかもしれない。これまで自分がやってきたこと全体を表しているようにも思うんだ。初期の作品の多くを参照している部分もあるしね。だから、このアルバムは、僕がこれまでやってきたことすべてをある意味では象徴しているのかも。
―今の自分を表現すると同時に、ある意味で集大成的な作品になったと。そういった作品を意識的に作ろうと思ったのか、自然とそうなったのか、どちらが近いですか?
ボノボ:かなり自然に生まれてきたものだね。このアルバムを作り始めた時は、もしかしたらひとつの方向性に絞った作品になるのかな、と考えていた。完全にインストゥルメンタルのエレクトロニックアルバムになるかもしれないし、トリップホップのような作品になるのかもしれない、とね。でも、そこから、「もしかしたら、これは自分がやっていることすべてについてのアルバムになるのかもしれない」と考えるようになっていったんだ。というのも、これは多分あとで話すことになると思うんだけど、もしかしたら、この形式で作る最後のアルバムになるかもしれないからね。
―なるほど。前作『Fragments』はロックダウン中に作られたアルバムでしたが、今回はロンドン、カリフォルニア、日本と、再び世界各地を股にかけて制作されています。そうした環境の変化はアルバムに何かしらの影響を与えましたか?
ボノボ:うん、もちろん。普段から、それが自分の基本的なスタイルだと思う。ツアーで色々な場所を旅しているから、いつも同時進行でいろんな場所で作業するんだ。そういうところからインスピレーションが生まれるんだと思う。だから、『Fragments』の時……ロックダウン中は、インスピレーションを見つけるのが本当に難しかった。今回のように、実際の世界で色々な経験をしている時の方が、ずっと上手くアイデアを集めることができるんだよね。
で、ロンドンに関して言えば、自分のミュージシャン仲間やストリングス奏者たちがいるし、知っている人たちのネットワークもずっと広いから、またその世界に入り込むのは本当に簡単だった。アイデアのほとんどは、どこにいても、一人でいる時に思い付くんだけどね。とにかくラップトップさえあれば、どこでも。
―カリフォルニアではニール・ヤングのブロークン・アロー・ランチ・スタジオでレコーディングをおこなったそうですが、あの伝説的なスタジオやその環境自体から刺激を受けることはありましたか?
ボノボ:もちろんだよ。このスタジオを運営している人たちから、そこに滞在してみないかと声を掛けてもらったんだ。以前にもそこで少し時間を過ごしたことがあって、ただぶらぶらしたりしていただけなんだけど、よかったらスタジオを使いに来ない? という感じで誘ってもらって。自分にとってあの場所の素晴らしいところは、とても居心地が良くて、すごく隔離された環境にあることなんだ。森の中にあって、川のそばで湖もあるし、自然がたくさんある。そして数マイル以内には、誰もいない。だから、何の邪魔も入らないあの環境こそが、あの場所を本当に特別なものにしていたんだと思う。ただそこにいるだけでも美しい場所だしね。他に何かをしたいとは思わなかった。スタジオで仕事をして、休憩して、そしてまたこの美しい森の中にいる。
―実際、そのスタジオで録音したことが、具体的なサウンドのムードにも影響を与えたと思いますか?
ボノボ:そうだといいけどね。うん、もしかしたら間接的にかもしれないけど、あの空間にいることで感じる、ある種の穏やかさやメランコリックな感覚が、アルバムの中に入り込んでいったような気がするよ。あるいは、そういう精神状態そのものがね。その時の自分の精神状態が、このアルバムを作り上げたんだと思うから。
Photo by Shun Komiyama
―「Cycles」「Drift」「Me and You」「Uncasually」などは完全フロア志向のバンガーであり、すでにDJセットで使われている曲もありますよね。今回、こういったタイプの曲にインスピレーションを与えたものは何でしたか? やはりOUTLIERなどのパーティでのフィードバックが大きいのでしょうか。
ボノボ:うん、もちろん。DJは初期の頃からずっと自分がやっていることの一部だからね。ただ、もしかすると、自分の音楽の中ではそこが十分に表現されてこなかったのかもしれない。実際には、そういう曲も作ってきたんだけどね。
だから、ダンスフロア向けの楽曲はずっと自分のカタログの中にあったんだ。最近は特にそうだけど、僕自身がDJとしても活動しているし、DJをすることは自分がやっていることの大きな部分を占めている。だから、今回のアルバムは、クラブの側面やDJとしての自分を含めることで、より自分自身をそのまま表現しているんだ。自分という人間の全体像を、より正確に表しているというか。
「Me and You」DJパフォーマンス映像
―こういった楽曲に、具体的な影響を与えた作品はあるんですか?
ボノボ:たくさんあるよ。基本的には自分が聴いているものすべてだね。それに、UKの音楽には好きなものがたくさんあるし、自分がDJとしてプレイするもののすべてが影響を与えていると思う。言ってみれば、ダンスミュージックの歴史そのものというか。楽曲の多くは、メロディアスでエモーショナルな瞬間と、ダンスフロアで伝えられるエネルギーを持ったものとのバランスを見つけようとしている、と言えるんじゃないかな。
―ちなみに、UKのダンスミュージックで、最近特に気に入っているアーティストは?
ボノボ:最近はフォルド(Fold)が好きだね。ジョシ・デヴィル(Josi Devil)も気に入ってる。他は誰かな? ディートロン(Deetron)も好きだね。いや、ディートロンはUKじゃないと思うけど(*スイスのDJ/プロデューサー)。うん、何人かいるよ。
青葉市子との共鳴、日本での暮らし
―アルージ・アフタブ、ジョイ・クルックス、ニルファー・ヤンヤ、青葉市子など、多彩なゲストが参加していますが、特に印象深かったセッションを挙げるとすれば、どれでしょうか?
ボノボ:特にアルージとのセッションかな。僕たちはスタジオで2日間、一緒に作業をしたんだ。彼女がランチ(ブロークン・アロー・ランチ・スタジオ)まで来てくれてね。初日は、すでにある程度できていた曲に取り組んだんだ。事前にデモやアイデアを幾つか送っていたからね。で、2日目に、あることを試してみたんだけど、上手くいかなかった。それで、一度休憩を挟んで戻って来たんだよね。その時、ちょっとしたギターのループがあって。でも別に、それが何かになるとは思っていなかった。僕たちはただ、色々と演奏していただけだった。でも、その曲がすぐに形になって。彼女がそのループに合わせてボーカルを試してみたら、すごく自然に、有機的に曲が生まれていった。アルバムにとっての”大きな瞬間”になったよ。
―それが「Fire on the Water」というわけですね。
ボノボ:あの瞬間、自分にとってアルバムの中の本当に中心的な曲になったように感じた。僕自身の大好きな曲のひとつだし、すごく自発的に、本当に自然な形で生まれたんだ。だから、あれは大きな瞬間だったね。
ボノボとアルージ・アフタブ
―「Equinoctial」で青葉市子のどこに魅力を感じ、コラボすることにしたのでしょうか?
ボノボ:彼女の作品がとても好きなんだ。彼女は本当に、自分だけの宇宙の中に存在しているようなところがあって、そこが彼女の魅力的なところだと思う。自分自身の世界を創り上げて、そこで生きているんだよね。それに、この曲の歌詞は、彼女が作った言語なんだよ。シガー・ロスのヨンシーみたいにね。彼女自身のためだけに存在する言語なんだ。それで、僕たちは何層かのボーカルを録音して、2曲録った。もう1曲は後々出す予定で、そちらはかなりしっかり日本語で歌っていて、すごくはっきりした物語性のある楽曲になっているよ。でも、今回はもう少し……ある種の理論があるというか。だから、こちらはもう少し示唆的で、文字通りの意味を伝えるというより、何かを想起させるようなものなんだと思う。
―今作はアルージ・アフタブがウルドゥー語、青葉市子が独自の言葉で歌っていることで、より越境的でグローバルな印象が強まりました。あなたにとっては、特定の国や文化に根差さないということ自体が、ひとつのアイデンティティなのでしょうか?
ボノボ:うん、そうだと思う。自分がどこから来たのかというアイデンティティを強く打ち出す人はたくさんいると思う。でも、自分にとっては、アイデンティティというものはずっと変化し続けるものだったんだ。僕はUKのアーティストだけど、もう15年間UKには住んでいないからね。自分はまあ、色々な場所にいるというか。このアルバムも、そういうかなり流動的で、つねに変化していて、いつも複数の場所にいる自分の在り方をきちんと反映したものになっている必要があると思う。それ(流動的であること)が自分の好きな作品の作り方なんだと思うし、このアルバムにも自然とそうしたものが反映されているんだと思うよ。
―あなたの根無し草的な資質というのは、そもそも何に起因しているのだと感じていますか?
ボノボ:うーん、どうだろう。分からないけれど、ミュージシャンとして活動してツアーをするようになったことで、色々な場所を旅して、さまざまな文化を探求していいんだ、という自由を得たような気がする。それが本当に楽しいんだ。あまり居心地の良いところに留まっていたくない。色々な場所に身を置いて、世界に対してワクワクするような感覚を持っていたいんだ。それが、自分がずっとやってきたことなんだと思う。いつかはどこかを見つけて、そこに落ち着くのかもしれない。でも、今のところは、こうして国際的な友人やコミュニティ、色々な場所との繋がりを持っていることを楽しんでいるんだと思う。そういうのが、とにかく刺激的なんだ。
―いまあなたは日本に住んでいるんですよね? どんなところに魅力を感じて移住したのでしょうか?
ボノボ:日本にはずっと行っていて、1年くらい前に家を建てたんだよね。それまでにも日本でかなり長い時間を過ごしていたし、日本を初めて訪れた25年くらい前からずっと魅了されてきたんだ。東京を始め、当時からは日本も大きく変わったと思うけど、移住したこと自体はほとんど偶然みたいなものだったね。パンデミックの後は特に日本で過ごす時間がすごく増えて、友人たちから、いっそ日本に家を持ったらいいんじゃないかと勧められたんだ。それで、じゃあそうしてみようかな、と思って。
日本には、やっぱり穏やかさがあると思う。何と言うか、とても平穏で、相手を尊重する文化や清潔さがあって、そういうところがとても落ち着くんだ。それに、みんなが自分のやっていることにすごく気を配っているところも素晴らしいと思う。日本での暮らしの色々な面で、自分と通じるものを感じるんだよね。もちろん、完璧な場所なんてないよ。どこも同じで、どの国の文化にも良い面と悪い面があるとは思う。でも、全体として日本の生活の質が本当に好きなんだよね。うん、ここにいるととても心地好いんだ。
―青葉市子以外にも、興味を惹かれる日本のアーティストはいますか?
ボノボ:うん、もちろん。ミュージシャンもたくさんいるけど、僕自身がビジュアルアーティストでもあるから、YOSHIROTTENというビジュアルアーティストの友人と一緒に過ごしたりしているよ。それに、日本のすごく良いところは、複数の分野を横断した活動をしているアーティストがたくさんいることだと思う。ビジュアルアーティスト、ミュージシャン、建築家、写真家……日本には、本当に素晴らしいアーティストのコミュニティがあると思うよ。すごく刺激を受けているね。
―ちなみに、日本で一番お気に入りの場所は?
ボノボ:たくさんあるよ。僕はスノーボーダーでもあるから、山に行くのが好きなんだ。去年の冬には、新潟の妙高に行って、とても良かったよ。それから、北海道にもすごく良い場所があるよね。もちろん、東京も大好きだし。でも、山も好きだし自然も好きなんだ。数週間前には伊勢神宮にも行って、そこもすごく良かったね。
「最後のアルバム」と新しい生き方
―プレスリリースには、あなたがこれまで作ってきた音楽が若い世代から参照されている、というあなた自身の発言が引用されています。この点について、もう少し詳しく訊かせてもらえますか?
ボノボ:僕が言いたいのは、2000年代初頭の音楽、特にトリップホップを、今になって発見している若い人たちがいるということなんだよね。僕たちが過去に作っていた音楽が、今の若い世代が聴いているようなレトロサイクルに追いついたような感じに見て取れるのは、すごく良いことだと思うんだ。だから、若い人たちが昔の音楽を発見しているというのは、とても興味深いことだと思うし、素晴らしいことだと思っているよ。
―『Distance In Static』というアルバムタイトルは、電波の雑音の彼方に音楽が聴こえてくる、というイメージを喚起するものです。つまり、まさにいま若い人たちが2000年代初頭の音楽を発見しているのと同じように、時間や物理的な距離を超えて音楽は繋がっていく、もしくは受け継がれていくものだ、という意味合いだとも解釈できますよね。
ボノボ:うん、まさにその通りだよ。ここでいうdistanceは地理的な距離だけではなくて、時間的な距離も含んでいるんだ。ノスタルジーというものもあるし、static(雑音)というのは、何かを探しているという意味でもある。ノイズの中に何かを探したり、過去の痕跡を探したり……そういう、ある意味ではかなり曖昧なものを指しているんだと思う。ノイズの中に何かを探すという行為には、ある種のノスタルジックでロマンティックなものがあるんだよね。
Photo by Shun Komiyama
―このインタビューの最初でも少し触れていましたが、伝統的な意味でのアルバムやフルバンドでのワールドツアーは今回が最後になる、と公言していますよね。なぜそのような決断に至ったのか、教えてください。
ボノボ:この発言で本当に言いたかったことは、僕はもう25年間こういう活動を続けて来て、年齢も重ねたということなんだ。これまでずっとやってきたのは、サイクルのどこかにいることだった。アルバムを作って、アルバムのツアーをして、プロモーションをして、また次のアルバムを作る。いつもこのサイクルのどこかにいたんだよね。だから、これからしばらくはこの車輪から降りて、自分の進め方で色々なことをやってみる必要があるんじゃないかと思っている。
それが具体的にどんな形になるのかは、まだ分からない。でも、音楽を作りたい時に、自分が作りたい音楽を作る。ライブをしたり何かを作ったりする時も、その瞬間に自分にとって正しいと感じることをやっていく。「自分は何をするべきか」ではなく、「自分は何をしたいのか」という感覚を基にやっていきたいんだ。それがあの発言の真意だよ。だから、具体的にどんな形になるのかはまだ分からないけれど、もっと自由になるということなんだ。自分自身と向き合いながら、自分のやり方で仕事をしていけるということだね。
―あなたはダンスミュージックの世界では、間違いなくトップアーティストの一人です。これまでの活動で成し遂げたいことは全部成し遂げたと感じているからこそ、今回のような意識の変化が生まれたところもありますか?
ボノボ:そうだと思う。色々なことを本当にたくさんやってきたし、自分が達成したいと思っていたようなマイルストーン(指標)は、ほとんどすべてクリアしたんじゃないかな。だから今は、色々なことを探求していくこと、それにコミュニティを作っていくことに興味がある。これまで本当に色々なことをやってきたから、少なくともライブをするという意味では、もうそれほど探求する余地は残っていないんじゃないかと思うんだ。だから、これからは本当に、自分のやり方で良いものを作りながら、前に進んで行くことになると思うよ。
Bonobo
『Distance In Static』
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