取材対象者が逮捕される事例が相次いでいるNHK
警視庁が6月17日、入管難民法違反の疑いで中国出身の実業家の男(39)を逮捕した。男は経済力を背景に母国を捨てて日本に移り住んだ「潤日(ルンリー)」と呼ばれる中国人を相手に商売するブローカーで、中国から呼び寄せたベビーシッターの女性の在留資格を得るために学歴などを虚偽申請した容疑に問われている。
「警視庁が6月17日、入管難民法違反の疑いで妻とともに逮捕したのは、藍沢鵬程容疑者(39)。彼は、目覚ましい発展を遂げた中国で富を築き、新たに日本に移住してきた『潤日』と呼ばれる中国人を相手に商売していたブローカーでした。
クライアントのベビーシッターに就かせるために、中国から呼び寄せた女性の学歴や就業先を虚偽申請し、不正に在留資格を得ていた疑いがあり、警視庁は複数の情報提供を受けて内偵捜査を進めていたようです」(全国紙社会部記者)
国のインテリジェンス機能強化の司令塔となる「国家情報局」の新設を進めるなど、中国との対立姿勢を鮮明にする高市早苗政権の方針との関連を問う声がある一方、事件で注目を集めたのは逮捕直前に容疑者がNHKの看板番組に出演していたことだった。
【"一流番組出演"というお墨付き】容疑者は、5月24日に放送された「NHKスペシャル」に主要な取材対象者として出演していた。「潤日の肖像」と題された放送回で、実名顔出しで出演した容疑者ら潤日の生態を紹介した番組は、X上で「すごいインパクトがあった」「必見」などと高評価を受けていたが、事件の一報が伝えられると状況は一変した。
「NHKスペシャルといえば、NHKの報道番組の中でも特に評価が高い番組として知られています。『Nスぺ』と呼ばれ、番組に携わるディレクターや記者は、報道関係者の間でも一目置かれる存在。その番組のメインキャストとして出演していた人物が逮捕されたことで、SNSでは『問題のある人物と知っていて放送したのではないか』などとNHKの取材手法に対する疑念が広がっているのです。公共の電波が宣伝ツールとして利用された形になってしまったことについても、『メディアの信頼を損なった』などと非難の声が上がっています」(前出の記者)
NHKスペシャルへの出演を報告する動画をSNSにアップしていた藍沢鵬程容疑者。NHKは利用されたという批判もある
言うまでもないが、NHKは国民から徴収する受信料を財源とする日本唯一の公共放送である。英通信社のロイターや英紙ガーディアンも、NHKを一貫して「public broadcaster」と位置づけていることからも、国際的にも民放にはない「公的な権威」を帯びていることは明らかだ。しかも、「NHKスペシャル」は前身の「NHK特集」以来続く看板級の長寿ドキュメンタリー枠であり、NHKの中でもとりわけ重い"お墨付き"として受け止められてきた。
その権威性ゆえに、番組は社会の暗部に踏み込むほど強い訴求力を持つ半面、取材対象者にとっては知名度、信用、物語性を一気に獲得できる踏み台にもなり得ることが、今回の一件によって図らずも明らかになったわけだ。
【Nスペ出演が逮捕のきっかけに?】とはいえ、Nスぺ出演者が放送後に逮捕される、という事態に陥るのは今回の一件に限った話ではない。過去にも、話題を呼んだ放送回で取り上げられた人物が警察の捜査対象になり、トラブルに発展したことがあった。
「問題となったのは、2019年7月に『半グレ 反社会勢力の実像』のタイトルがつけられた放送回です。顔出し実名で取材に応じた出演者が放送直後に大阪府警に恐喝未遂の容疑で逮捕されたのです。
この放送回は当時、警察庁がヤクザに次ぐ、新たな組織犯罪集団として捜査に注力していた『半グレ』を取り上げ、その当事者とされる人物が登場したことで大いに話題を呼びました。ただ、その報道内容が『公序良俗に反する』と警察幹部を刺激してしまう結果ともなりました。逮捕されたNスぺ出演者はその後、警察から『NHKに出たから逮捕した』とほのめかされたことなどを週刊誌の取材に明かしています」(前出の記者)
もちろん、NHKへの出演と事件による逮捕との因果関係について断定することはできない。だが、二つのケースを眺めると、少なくとも一つの共通点は見えてくる。反社会的、あるいはその周縁に身を置いた人物が、NHK、とりわけ「NHKスペシャル」という強いブランドの中に自らを置くことで、社会的な見え方を一時的に塗り替えていた、という構図である。
そもそもNHKの看板は軽くない。NHKは法に基づく日本の公共放送であり、国内外の主要報道機関もそう位置づけている。
問題は、その権威が公共的価値のためだけでなく、取材対象者側の自己演出にも使われ得ることだ。闇社会や地下経済の住人にとって、最大の資産は「自分は本物だ」という演出である。肩書も会社名も実績も曖昧な世界では、最後に効くのは"誰が取材したか"だ。
YouTubeや週刊誌では足りない。「Nスペに出た」という一点が、名刺代わりになる。周囲に対するハク付けにもなるし、勧誘や資金集めや人脈づくりにも効く。提示リンクの事例も細部は異なるが、この「権威の借用」という点で地続きに見える。
では、なぜその後に事件化するのか。ここで重要なのは、番組出演が"保護色"であると同時に、"公開捜査資料"にもなり得ることだ。
視聴者にとっては臨場感を感じられるが、捜査機関や周辺の関係者にとっては有力な手がかりにもなる。番組をきっかけに新証言が集まることもあれば、過去の不審情報が再照合されることもあるだろう。したがって、「NHKに出たら当局に目をつけられた」というより、「NHKに出たことで隠していた輪郭が一気に社会化された」と見るべきだろう。
制作者としては"本物"に接近したい。対象者は"本物として認定されたい"。その結果、公共放送の看板は、社会の暗部を暴くメスであると同時に、暗部の住人が自らを正当化する照明にもなってしまう。
【"演出"に陥る報道機関のジレンマ】この構図は、メディアが長年見て見ぬふりをしてきた問題に対し、あとから一斉に反省を迫られた近年の日本の放送界とも無縁ではない。
NHK自身も旧ジャニーズ問題をめぐって、自らが「報道機関としての役割を十分に果たせなかった」と総括する立場に追い込まれた。フジテレビをめぐる第三者調査でも、放送局の人権感覚と組織判断の甘さが厳しく問われた。メディアが「知っていたのにどう扱ったか」を後から問われる時代なのである。
「思い出されるのは、オウム真理教とTBSのビデオ問題です。NHKの案件ではありませんが、メディアが取材対象との距離を誤り、結果として深刻な被害を招いた日本報道史の古典的失敗です。取材対象に見せてはいけないものを見せ、放送局の権威を逆利用されてしまった。
この問題で突き付けられた教訓は今も古びていません。果たして取材相手は、社会を映し出す『証言者』なのか、社会的信用を盗みに来た『演者』なのか。そこを見誤った瞬間、報道は暴露ではなく演出になってしまうということです」(前出の記者)
今回の一件は、Nスぺの権威が大きすぎるがゆえに、そこに出ること自体が対象者の運命を変える、という現実を改めて浮き彫りにした。SNSの登場で媒体間の競争も熾烈化するなか、制作者側はより強い画、より強いストーリーを求めているようにも映る。
混沌とするメディア業界の中で公共放送に求められる役割は、"闇"に肉薄する取材力と同時に、"闇"に利用されない用心深さなのではないだろうか。
文/安藤海南男 写真/ぱくたそ、小紅書
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