―[すこしドラマになってくれ~いつだってアウェイな東京の歩き方]―

ただ東京で生まれたというだけで何かを期待されるか、どこかを軽蔑されてきた気がする――。そんな小説家カツセマサヒコが“アウェイな東京”に馴染むべくさまざまな店を訪ねては狼狽える冒険エッセイ。
今回の舞台は、大久保のケバブ店「エフェリフ ケバブ」。人生初のデートの記憶と分かちがたく結びついた、あの味を求めて。願いは今日も「すこしドラマになってくれ」

ケバブ・ロマンス【大久保駅・エフェリフ ケバブ】vol.40

 少し前に連載小説のタイトルに悩んでいると書いたが、あれは結果的に『春に踊れば』という題名に落ち着いた(悩んだ末とは思えない無難なタイトルだ)。高2デビューを企む男子高校生が無意味で愛おしい時間を過ごす物語である。

 どうして高校生の青春譚を書こうと思ったかというと、華やかな思い出がほとんどない自分の高校時代の記憶を改竄したかったからである。

 男子校に通う人間は、異性との交友がゼロのまま、中学・高校の6年間を過ごすことも珍しくない。しかし、当時の私は恋愛というものがしたくて仕方がなかった。恋愛小説を読み漁り、こんなロマンチックな出会いが起きないものかと、一人で街をフラフラ歩いたりしていた。

 そんな折、たまたま友人が紹介してくれた女性と、幸運にも2人で遊ぶ機会を得た。

 食べログもSNSもない時代。頼れるものはオズマガジンと東京ウォーカーくらいで、私たちはそれらの記事広告に踊らされ、できたばかりの六本木ヒルズを歩いていた。大混雑の展望台から、東京タワーを眺めたりしていた。


 問題は、食事だった。

 六本木に土地勘があるわけもなく、残りの小遣いも少ない私たちは、空腹のまま街を彷徨った。疲れ果てて足を止めたとき、ふと、あまりに美味しそうな匂いが鼻を掠めた。

 路面店の、ケバブ屋だった。

「いい匂い」

 彼女が言った。そのひと言で、性欲よりも食欲が抑えられなくなった。

 私たちは初デートの六本木の路上で、ケバブという当時の自分たちには得体の知れない食べ物を買うに至った。

 デート中は緊張して、何を食べても味がしない。そういう話をよく聞く。しかし、この日の私は違った。ケバブは強烈な味の濃さでこの舌を震わせ、私はデートということも忘れて一心不乱にこれにかぶりついた。野犬だった。


 あのときデートした女性とはもちろん(もちろんってなんだよ)付き合うことなく疎遠になり、今では顔もよく思い出せない。しかし、あのとき食べたケバブの味だけはハッキリと覚えていて、今でもキッチンカーなどでケバブを見かけるたび、私はわずかにテンションを上げている。

 そんなケバブの有名店が、JR大久保駅からすぐのところにあると、風の噂で聞いた。

 私は久々にケバブを拝みたくなり、朝食を抜いて、これを食べに行くことにした。

 ケバブ店「エフェリフ ケバブ」。チェーン店から独立して人気店となったその店には、チキンとビーフを分厚く巻き付けた柱が誇らしげに立っていた。メニューは一目で把握しきれないくらい豊富で、ソースやトッピングなどの種類も多い。どれを頼むかじっくり迷いたかったが、早くも後ろに列ができつつあったので、定番と思われる「ケバブサンドイッチ」を頼んだ。

 3分ほど路上で待ってから、目当ての料理を受け取る。

 大きい。バレーボールの半分くらいのサイズがある。これまで食べたケバブの中でも最大級の大きさだ。


 私は朝食を抜いた自分を褒めながらケバブにかぶりついた。甘辛ソースと絡み合う肉。シャキシャキした食感の野菜たち。それらを優しく包む生地。最高。これはもう最高としか言いようがない。

 感動しながら、あっという間に完食した。口の周りがデロデロに汚れていることに気付き、ティッシュで拭った。

 ふと、例のデートを思い出した。彼女は、デロデロに汚れた私の口元を見て、幻滅していただろうか?

 小説家は、勝手な生き物だ。今度の小説で、男女が口元をデロデロに汚しながらケバブを食べるシーンを書こうと思った。

小説家が初デートで食べたケバブが忘れられない…緊張も忘れて一...の画像はこちら >>
<文/カツセマサヒコ 挿絵/小指>

※週刊SPA!2026年4月21日号より

―[すこしドラマになってくれ~いつだってアウェイな東京の歩き方]―

【カツセマサヒコ】
1986年、東京都生まれ。
小説家。『明け方の若者たち』(幻冬舎)でデビュー。そのほか著書に『夜行秘密』(双葉社)、『ブルーマリッジ』(新潮社)、『わたしたちは、海』(光文社)などがある。好きなチェーン店は「味の民芸」「てんや」「珈琲館」
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