画面の前でソファに横たわりながら自身を映し、視聴者たちにそう語りかけるのは、お笑いコンビ・スーパーマラドーナの武智(47歳)だ。
彼は現在、禁酒しており、YouTubeチャンネル「スーパーマラドーナ武智の禁酒断酒チャンネル」では毎日のように「今日も酒を飲まなかった」ことを報告。
毎日ジョッキ10杯以上飲む生活を20年
最近はM-1グランプリについてYouTubeなどで熱心に分析していることから、「Mおじ(M-1おじさん)」と呼ばれている。ネットメディアでは各大会の優勝予想者として取り上げられ、その的中率の高さでも話題だ。それだけでなく、TikTokのライブ配信でも人気を集めている。
そんな武智はおよそ20年にわたり、毎日ジョッキ10杯以上を飲むほどの大酒飲みだった。
「一杯目はビールですね。350ml缶を家にあるジョッキに入れると、ちょうどいっぱいになるんです。まずはそれを飲んで、あとはひたすらアルコール度数25%の麦焼酎のソーダ割りです」
もともと、武智は決して酒が強いほうではなかった。20代前半の頃は生ビール2杯で限界だったという。そんな中、baseよしもとという劇場でかわいがってくれたのが、西の大酒飲みたちだった。
「笑い飯さんには、2人合わせたら1000万円以上おごってもらっていると思います。
当然、その間もずっと飲み続ける。気持ち悪くなったら吐いて、また飲む。それでも武智は、酒そのものよりも先輩との時間に価値を感じていた。飲み会には芸人として生きるための知識も人脈も転がっている。そこから取り残されたくなかった。必死についていくうちに、気づけば酒に強くなっていた。
不安をかき消すための晩酌が常習化
家で飲む習慣はなかったが、35歳を過ぎた頃から、変わった。「2011年、NHK上方漫才コンテストで最優秀賞を受賞し、MBS新世代漫才アワードでも優勝を果たして、やっとご飯が食べられるようになりました。関西のテレビにも少しずつ出させてもらえるようになって、調子も上向きやったんです。でも、だんだん結果が出なくなり、仕事も減っていきます。そうすると、不安やうまくいかないことへのイライラから、夜にひとりでお酒を買ってきて飲むようになって、気がつくと、それが常習化していました」
翌年には『THE MANZAI』の決勝に進出し、まさに絶好調にも見えるが、本人にとっては売れるか売れないかの瀬戸際でもあった。
「結婚したときは月収7000円、子どもが生まれたときは月収2万円でした。芸人だったら、そんな不安定な状況の中で勝負していかなあかんじゃないですか。
炎上騒動の最中は「夜が来るのが怖かった」
そんな中、2015年に転機が訪れる。『M-1グランプリ』が復活したのだ。
「妻にも笑い飯の西田さんにも『決勝に出られなかったら、もう芸人を辞めます』と宣言しました。それくらい、崖っぷちだったんです」
大学生だった筆者は『THE MANZAI』も『M-1グランプリ』もリアルタイムで見ていたが、スーパーマラドーナの漫才は数年の間に気迫が大きく変わったように感じた。まさに「鬼気迫る」仕上がりだった。
しかし、結果は実らず、ラストイヤーの2018年は7位に終わる。さらに、番組スポンサー主催の飲み会で、とろサーモン・久保田かずのぶとともに、審査員を務めた上沼恵美子を批判する動画をインスタグラムで公開。炎上騒動となった。
「当然ながら、日本中から大バッシングを受けました。約2万件もの誹謗中傷が寄せられて、それを一つひとつ見ているうちに、夜が来るのが怖くなりました。昼間は平気でも、日が暮れて夜になると、とても不安になります。当時は、心身ともに少しおかしくなっていたのだと思います。とにかく、眠れませんでした」
気絶するまで痛飲するように
もともと睡眠障害があった武智は、精神的に不安定になった30代半ばから、デエビゴやミルタザピン、メイラックスなどの睡眠導入剤や抗うつ薬を処方されていた。そして、それらを酒と一緒に飲んでいた。
一般的に、睡眠薬や抗不安薬をアルコールと一緒に服用することは危険だとされる。薬の作用が強く出すぎ、意識障害やふらつきなどの副作用を引き起こすおそれがあるからだ。それでも武智は眠ることができなかった。
「夜11時から飲み始めて、翌朝4時まで麦焼酎のソーダ割りをジョッキ20杯は飲んでいました。映画を2本観たりしながら、気絶するように眠るのを待っていました」
当然、そんな量の酒を飲んでいて、日中を健康に過ごせるはずがない。2021年、テレビのネタ番組へ出演した際に異変が起きた。
「二日酔いでスタジオに入ったのですが、久々の全国放送だったので緊張し出したんです。すると、体中が震えだして過呼吸になったんです。それまで、そんなことなかったのですが、その日は過呼吸になりながら漫才をする羽目になりました。それがトラウマになってしまい、普段の漫才の出番でもその症状がたびたび出るようになったんです」
心療内科へ行くと、「不安症」と診断された。「自律神経が言うことを聞かなくなっている状態」と言われた。そして医師から「酒をやめるように」と忠告される。
「依存症」であることを認めたくなかった
だが、武智は酒をやめることはなかった。通院している限り、3カ月に1回は血液検査を受ける。そのたびに、医師からは「飲んでますよね?」と聞かれた。
「素直に『飲んでます。すみません。次からはやめます』と言うんです。でも、約束を破って酒を飲んだので、3カ月後にまた『飲んでますよね』と聞かれるんですよ。そこで、また『飲んでます。すみません。次からはやめます』と言う。そのやり取りを3~4年繰り返していました」
当然、医師からはアルコール専門外来への受診を勧められた。にもかかわらず武智は、それを断固として拒否していた。
「自分が依存症であることを認めたくなかったんです。
γ-GTPは600、中性脂肪は1200。不安症もあり、さまざまな心的ストレスも抱えていた。アルコール依存症になった理由は明らかだったが、それでも専門外来を受診する気にはなれなかった。
「『病棟に入ったほうがいい』とまで言われました。それでも、『仕事ができなくなる』とか『収入がなくなる』とかいろいろと理由をつけて断っていました。でも一番は、自分がそんな末期の状態まで来ていることを認めたくなかったんです。それを認めてしまうと、『お酒をやめなあかんのじゃないか』と思ったんです」
映画館で訪れた、猛烈な身体の異変
そんな状態では日常生活を続けるのも難しい。ある日、武智は一人で『鬼滅の刃』を観るため、いつものように二日酔いの状態で映画館を訪れていた。
およそ10年ぶりの映画館。チケットを買い、飲み物を手に席へ向かった直後、異変が起きた。心臓が締め付けられるように痛み、呼吸が苦しくなった。
「ここにおられへん」
そう思い、慌てて劇場の外へ飛び出した。大量の汗が流れ、呼吸は荒い。
「その時、『もう映画すら見られへん体になったんやな』と思ったんですよ。そして、映画館を出た瞬間に『今日からお酒をやめる』と決めました」
これまで健康診断の通知も、家族の声もあった。それでも、やはり体に異変が起きないと、心は折れないのだ。
こうして「眠れなくてもいい」という覚悟のもと、禁酒生活がスタートした。
薬に頼らず断酒に挑戦することに
ただ、断酒は意思の力だけでどうにかなるものではない。一般的には、飲酒欲求を軽減する断酒補助薬や再飲酒を防ぐ薬、手の震えや不安、イライラ、不眠などの離脱症状を緩和する薬が、医師の管理下で使用されることもある。だが、武智はそれらに頼らず、自力で乗り切ろうとした。
「酒を飲まなくなると、手足や体が震えるだけではなく、ずっとイライラして不安になります。それに、3日3晩ほとんど眠れなかったので、血流が悪くなっていたのか、顔がパンパンにむくんで、真っ赤に腫れ上がったような状態になっていましたね」
「大袈裟では?」と思われるかもしれない。しかし、アルコールは、急に体内から抜くと脳や体がその変化に適応できず、さまざまな離脱症状を引き起こすことがある。
そして、多くのアルコール依存症患者は、その離脱症状に耐えられず再飲酒してしまう。それを気力だけで乗り切ろうとしたのだから、その精神力は人並み外れている。
「ひたすら我慢でしたね。ようやく、4時間寝られたときも、寝汗なのか何なのか分かりませんが、起きたら『シャワーを浴びて体を拭かずに出てきたんか』というぐらい汗びっしょりでした」
YouTubeで自身の状況を包み隠さず公開
その精神力を支えていたのは、心のどこかにあった「酒をやめたい」という思いだった。
「上沼さんの一件があって飲酒量が増えた時も、ネタ番組で過呼吸になりながら漫才した時も、頓服で症状を抑えながら劇場で漫才していた時も、『この生活が一生続くんか』と、ずっと思っていたんです。過呼吸への恐怖を抱えながら、漫才を楽しめなくなっていることが嫌だった。それでも酒はやめられなかった。でも、ようやく『ここでやめなかったら、もう廃人になるまで飲むんやろうな』と思えたんです」
断酒開始と同時に始めたのがYouTubeだった。毎日の禁酒記録では、離脱症状や睡眠時間、不安、飲酒欲求をすべて公開した。
「昔から酒を飲んで傍若無人に振る舞っていたので、アンチがめちゃくちゃいるんですよ。だから、個人のYouTubeチャンネルを始めた時は、ボロカスに書かれることも覚悟していました。でも、いざ始めてみたら圧倒的に応援の声のほうが多くて、びっくりしましたね。『こんなに応援されることをしているんや』ということを痛感しました。みんなのコメントを見ていると、『もう裏切るわけにはいかない』と思うようになるんです」
薬に頼らない武智の禁酒生活は見ていて不安になる。筆者は飲酒欲求を軽減するレグテクトやベンゾジアゼピン系抗不安薬であるロラゼパム、そしてデエビゴなど大量の薬を服用したため、長期間飲酒欲求はなかった。おそらく、それらがなかったら禁酒は失敗しただろう。というのも、飲酒欲求は突然襲ってくるからだ。
「やっぱり、アップダウンが激しい時が一番危ないですね。この間、『アメトーーク!』の収録に行かせてもらったのですが、全然活躍できなかったんですよ。帰りに後輩とご飯に行った時も、『もっと前に出ないとダメですよ!』と怒られてしまいました。そして、夜中の3時くらいにホテルへ戻り、一人で椅子に座った時に『俺、何しに東京まで来たんやろう……』と思ってしまったんです。その時、強烈な飲酒欲求が湧き上がってきました」
断酒から7カ月も「克服はしていない」
「例えば家族や恋人に『酒をやめてくれ』と言われても、きっとやめられないんです。まさに、僕がそうでした。健康診断の数値も、酒をやめる決定的な理由にはなりませんでした。それでも、酒をやめるか、やめないかを決めるのは自分自身です。僕のように酒で苦しんでいる人も、最後は自分が今のままで生きたいのか、それとも変わりたいのか、本気で考えてみてほしいと思います」
20年以上、自分を苦しめるように酒を飲み続けた男は、今も毎日、自らの依存と向き合っている。酒をやめたことで人生が劇的に好転したわけではない。不安もある。眠れない夜もある。飲みたくなる日もある。
それでも武智は今日も酒のない夜を乗り越えようとしている。
<取材・文/千駄木雄大>
―[今日もなにかに依存中]―
【千駄木雄大】
編集者/ライター。1993年、福岡県生まれ。出版社に勤務する傍ら、「ARBAN」や「ギター・マガジン」(リットーミュージック)などで執筆活動中。著書に『奨学金、借りたら人生こうなった』(扶桑社新書)がある
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