デビュー当初は“40歳・子持ち主婦”という虚構の設定だったが、ファンを裏切らないため、プロとして完璧に演じ切ろうとした葛藤の日々。そして今、画面越しの虚構の設定を脱ぎ捨て、一人の人間として想いを語る、渾身のロングインタビュー。
デビュー時の名前への想い
牧村彩香(以下、牧村): はい。「牧村彩香」という名前は、私が最初にデビューした時に、メーカーさんにつけていただいた大切な名前なんです。とても綺麗で、どこか上品な雰囲気があって。面接をした時の私のキャラクターや空気感をしっかり受け取ってくださった上での名前だったので、私自身とても愛着がありました。
ですから、活動を再開するにあたって、また改めてこの原点である名前を使わせていただくことになりました。ただ、改めてはっきり言っておきたいのは、セクシー女優としての再始動ではないことです。
――ファンにとっても非常に嬉しい帰還だと思います。まずは2018年のデビューから引退に至るまでの歩みを教えてください。
牧村: 私のデビューは2018年の2月になります。
――なるほど。牧村さんといえば、やはり「40歳過ぎの子持ちの主婦が、セクシー女優として鮮烈デビュー」という衝撃的な売り出し方が印象的でした。世間のファンも、それが彼女のリアルなんだと信じ込んでいたわけですが、実際のところはどうだったのでしょうか?
牧村:ふふふ、そんなわけは全くなかったんですよ。これはもう、私自身も撮影当日に現場に行って「開けてびっくり」というような状態だったんです。撮影には必ず台本というものがあるのですが、私はその撮影初日に渡された台本を見て、初めて自分のプロフィールを知ったんです。
――自分のプロフィールを現場の台本で初めて知る、ですか?
牧村:そうなんです。台本を開いたら、当時の私の実年齢とは違い、かなり年上の設定になっていて。「牧村彩香・40歳」って書かれていたんですよ。それを見た瞬間は、正直なところ「えっ……!?」とショックを受けたというのが本音でした。
突然課せられた「熟女」という虚構の設定
牧村:それはもちろん自分の意思です。当時、深夜番組で『恵比寿マスカッツ』がすごく盛り上がっていた時代だったんですね。番組にはたくさんのセクシー女優さんたちが出演されていて、バラエティ番組としてテレビで大活躍されていたんです。普段はセクシーな作品に出ていらっしゃる方が、バラエティに出るとここまでキャラクターが変わって、こんなに面白くて歌も上手いんだ!というギャップがすごく新鮮で。セクシー女優さんがちょっとアイドル化したような時代だったんです。
――確かに、当時は彼女たちをアイドルと同じような目線で応援するファンが急増した時期でした。
牧村:はい。それに当時、私の普段の雰囲気が、著名なセクシー女優さんに似ていると周囲から言われることがよくありまして。『恵比寿マスカッツ』を見ながら、「私もこういう世界でちょっとやってみたいな」と、あの華やかなアイドル的な雰囲気に憧れて、自分から事務所の門を叩いたんです。
――つまり、最初はアイドル的な、華やかで可愛らしいイメージでの活動を想像されていたわけですね。
牧村:そうなんです。自分の中でもコスプレが元々好きだったり、ちょっとアイドルチックなことがしたいという気持ちが根底にあったので、そういう活動ができる場所なんだろうなと思い込んでいたんです。もう知識がなさすぎて、今思うと恥ずかしいくらいなんですけど(笑)。まず、業界に「熟女枠」というカテゴリーが存在することすら、当時の私は全く知りませんでした。まだ世間的にも、今ほど「熟女ブーム」が一般化して全面に出ていた時期ではなかったですし、自分の年齢的な感覚から言っても、熟女って、50歳くらいからのご婦人のイメージがあったので。下手すれば孫がいるみたいな感覚でして。自分が熟女枠ということに違和感はありました。
――自分の声のトーンやキャラクター的にも、当然アイドル枠のような売り出し方になるだろうと。
牧村:私の声って元々ちょっと高めですし、体も小柄ですし。「よし、アイドル枠で頑張るぞ!」と思ってメーカーの面接、いざ撮影初日、蓋を開けてみたら「40歳の熟女」になっていたわけですから(笑)。私は元々の性格がものすごく細かいというか、何でもストレートに受け取ってしまうところがあるので、「えっ、私ってそんなに老けて見えるのかな……」と、自分の容姿のことにまで結びつけてしまって、しばらくは本当に悲しくなってしまいました。
――当時は「熟女ブーム」のまさに黎明期でした。本来なら若々しくて可愛らしい小柄な女性が、実は「子持ちの熟女」であるというギャップこそが、当時の市場に強烈に刺さるというメーカー側の高度な戦略だったのだと思います。
牧村:メーカーさんとしては、きっとそういう狙いを持った売り出し方だったんでしょうね。でも当時の本人としては、「ロリ熟女って一体何なんだろう…」って、頭の中にハテナがいっぱい浮かんでしまって。結果として作品がバーンと世間に売れたのはありがたいことだったんですけど、私の精神面としては、かなりショックの大きい撮影でした。男優さんとの絡み自体には何の問題もなかったんですけど、とにかく「牧村彩香」という虚構のプロフィールそのものが最初の衝撃として大きすぎましたね。
――撮影初日に渡された台本のプロフィールには、具体的にどんな内容が書かれていたか覚えていますか?
牧村:覚えている限りでは、本当にシンプルな箇条書きのようなものでした。私の生年月日(作られたもの)、家族構成、どこの出身か、あとはこれまでの経験人数……本当にそれくらいです。あとは「旦那さんは普段何をしている仕事の人か」といった設定くらいですね。いわゆる「初撮り」というドキュメンタリータッチの演出がメーカーさんの基本なので、最初から最後までセリフがキチッと決められているわけではないんです。そのプロフィールを頭に入れたら、「あとはインタビューから本番まで、全体の流れでいきましょう」という感じの撮影でした。
設定を演じ切った理由は、「牧村彩香」の看板に対する責任
牧村:不思議と辞めようとはならなかったですね。「もうこの世界で女優として生きていこう」と心に決めて、いろんなものを捨てて飛び込んできたわけですし、「今からは普段の自分とは全く違う、牧村彩香という名前になっていくんだ」という強い覚悟を持って始めていましたから。
――なるほど。業界に入ることは、本来の自分から一度脱却するということでもあったんですね。
牧村: 実は最初のうちは「こういう熟女の設定なのは最初の1作目だけなのかな」なんて淡い期待を抱いていたんです(笑)。「最初はこういうインパクトのある設定でデビューして、次の作品からはまた全然違う、本来の年齢に近い設定で出してもらえるんじゃないか」って。まあ、冷静に考えたらそんなわけないんですけどね(笑)。
――専属契約である以上、一度作られたキャラクターを維持したまま活動をしなければいけなかったんですね。
牧村:そうなんです。当時はとにかく業界のシステムというものが全然分かっていなかったので、最初に「40歳熟女」という設定で大きな精神的ダメージを食らいつつも、「次のメーカーに行ったら違う年齢になれるかもしれない」という期待をどこかで抱き続けていました。でも、当然ながら私は「牧村彩香・40歳」として契約を結んでいるので、その契約が継続している限りは、ずっとずっとその設定のまま進んでいくんです。その現実を突きつけられて、改めてびっくりしてしまって。
――ユーザー側からすれば、デビュー作で魅了された「熟女・牧村彩香」の姿を次も求めているわけですが、本人の内面では「いつか本当の自分に近い姿になれるかもしれない」という葛藤があったと。
牧村:葛藤はありましたけど、「でも、自分で選んで進んだ道なんだから、とにかく頑張ろう」という気持ちでいました。それに、立ち止まって悩む暇もないくらい、事務所から「はい、次はこの作品を撮るよ」って、ものすごいペースでスケジュールが送られてきたんです(笑)。
――確かに、当時の牧村さんのリリーススピードと作品本数は凄まじいものがありました。
牧村:そうなんです。あとになって「専属契約」という言葉の本当の意味を理解していったのですが、それはつまり「そのメーカーにおけるブランドやイメージを何よりも大事にする」ということなんですよね。だからこそ、私は一度ついた「牧村彩香」というイメージを、絶対に汚さずに守り通したいと強く思うようになったんです。
よく例え話で考えるんですけど、「きぐるみの中に人が入っている」皆わかっているんだけど、言わないじゃないですか。それと同じで、「牧村彩香は、どこまでも牧村彩香でなければいけない」というプロ意識が、自分の中で人一倍強く芽生えていきました。「私の名前は牧村彩香なんだ。生まれた時から牧村彩香なんだ」というくらいに、ある種の思考の切り替えがバチッと行われましたね。
――本来の自分とは異なる年齢設定であっても、それを完璧に演じきることが、メーカーや事務所に対する責任であると。
牧村:はい。年齢設定を変えてもらいたいという初期の期待よりも、「牧村彩香」という看板をメーカーさん、事務所と一緒に背負っている以上は、自分に100%の責任があるという意識の方が変に強くなっていきました。だから、本当に必死に演じていましたね。過去に受けたインタビューでも「本当に真面目なんですね!」ってよく驚かれるんですけど(笑)、台本に書かれているプロフィールなんて、業界的には全部嘘じゃないですか。でも、私はその嘘の設定だったとしても、ファンを裏切らないために、本気で必死に守り通そうとしていたんです。……だからこそ、途中で心が疲れちゃったというのも正直なところありました。
5年半に渡るセクシー女優としての活動「現場では1分1秒の無駄な時間も一切ありませんでした」
牧村:2018年にデビューして、2023年までですね。2022年末頃には新しい事務所に移籍したので、新しい芸名含め、セクシー女優としての濃密な活動期間は大体5年半ほどになります。
――リリースされた本数があまりにも多かったので、世間的には「10年近くやっている大ベテランの女優さん」というイメージを持ってしまいがちですが、撮影が大変だった時期のスケジュールは、どのようなものだったのでしょうか?
牧村:私の場合、ありがたいことに専属契約を多くいただいていたので、基本的には月に1回、ガツンと撮影日が入るスタイルでした。ただ、その撮影日がとにかく過酷で、いわゆる「1日2本録り」が当たり前だったんです。
――1日に2本録り。作品の一般的なパッケージといえば、1本あたり120分前後のボリュームがありますが、それを1日で2本分撮影するということですか?
牧村:そうなんです。だから、ユーザーの皆さんは「セクシー女優なんて、楽しくお金がもらえていいよな」なんて簡単に思われがちなんですけど、実際の現場はとんでもない重労働なんです。朝早くに現場入りして、スタッフさんも含めて全員で撮影を始めて、終わる頃には日付を平気で超えています。ひどい時には翌朝5時まで撮影が続くこともあって、これがこの業界というか、ごく当たり前のスケジュールの流れなんですよね。
しかも2本録りとなると、同時に2つの異なる台本が渡されます。ドラマパートがあれば、その場で全く異なる2つの設定のセリフを完璧に覚えなければいけません。作品の方向性だって、例えば1本目は「優しくて包容力のあるお母さん」の熟女モノを撮ったかと思えば、2本目は「ちょっとSっぽい女社長」という風に、真逆のキャラクターを求められたりするんです。それを1日の間で瞬時に脳内を切り替えて演じなくてはいけない。とにかく拘束時間がものすごく長くて、現場では1分1秒の無駄な時間も一切ありませんでした。
――なぜそこまで1日にスケジュールを凝縮させる必要があったのでしょうか?
牧村:私の場合は、東京の都心から離れた「遠方」から毎回撮影現場に通っていたから、という理由もありました。事務所やメーカーさん側も、「遠くからわざわざ来てもらっているんだから、1回でまとめて一気に録っちゃおう」という配慮というか計算があったんだと思います。私としても、ダラダラと何日も拘束されるよりは、1日でバシッと2本分の仕事をやりきってしまった方が気持ち的にも楽だったので、そのスタイルを受け入れていました。専属が終わった後も、企画モノに出演するようになっても、この「1日2本録り」の過酷さは基本的に変わりませんでしたね。ですから、5年半という短い期間のわりには、作品総数としては業界内でもかなり多い部類に入っていたと思います。
――世間的にはトップ女優の牧村さんなら、都内の高級マンションに住んで現場に通っているんだろうというイメージがありました。東京に住もうとは思わなかったのですか?
牧村:それは全く考えなかったですね。私は東京には住めないタイプなんです。とにかく人が多すぎるのが苦手で、個人的にどうしても住みたくないという気持ちが強くて。
ただ、作品の撮影というのは、撮影スタジオも、スタッフさんも、メーカーさんも、すべてが東京に一極集中しています。何か作品を撮ろうとなった時に、東京にいればすぐに移動ができて、すべての準備がスムーズに整うわけです。例えば、業界でよくある「電車内での痴漢モノ」の作品を撮るとなったら、東京の専用スタジオには最初から「電車のセット」が常設されているんですね。
――なるほど、あの電車のシーンはそういったセットで撮影されているのですね。
牧村:そうなんです。セットが東京に揃っているから、パッと行ってすぐに撮影ができる。これをもし「地方で撮影しよう」となったら、東京にある膨大なセットや機材、大人数のスタッフさんたちを地方へわざわざ大移動させなければならなくなって、とんでもない時間とコストがかかってしまいますよね。それなら、地方に住んでいるいろんな女の子たちが、個々に東京の現場へ集まった方が圧倒的に早いですし、スムーズに撮影が行われます。そういった業界の合理的な仕組みを理解していたので、私は「遠方組」として、撮影がある毎に東京へ通うという生活を続けていました。
ファンとの距離を大切に。そんな想いから始めた独自イベント
牧村:うーん、そうですね……(苦笑)。お金(ギャラ)のシステムに関しては、本当に女優さん一人ひとりによって全く金額が違う世界なんですよ。誰もが名前を知っているような、完全にタレント化・アイドル化している超有名トップ女優さんたちであれば、それはもう一般人が驚くようなギャラが支払われていると思いますし、私とは全く話が違ってきます。
私個人のリアルな感覚としては、「まあ、私の知名度やポジションなら、これくらいの金額なのかな」というラインでした。本当に人によって金額の桁が違いますから、「なるほど、これがこの業界の現実か」と冷静に受け止めていましたね。それを「1日でこれだけ貰える」と換算するか、「作品2本分の膨大な労働の対価としてこれだけ」と換算するかで捉え方は変わりますけど、少なくとも「普通に贅沢せず生きていける金額」ではありました。ただ、私は他の女優さんたちのリアルなギャラ事情も小耳に挟む機会があったので、それと比較してしまうと「私はトップクラスなんてとんでもない、まだまだ全然下のほうだな」と思っていました。周りが想像しているような派手な稼ぎ方では決してなかったですよ(笑)。
――当時、人気女優でありながら「少人数のファンと直接アットホームに会食(食事会)をする」という企画を頻繁に開催されていました。これは事務所が主導してセッティングしてくれたイベントだったのですか?
牧村:いえ、とんでもない! あれは全部、私が完全に「個人」で企画して、立ち上げたものなんです。もちろん、事務所の社長には「こういう趣旨のイベントを自分でやりたいです」と事前にきちんと説明して、承諾を得た上での開催でしたけど、実際は最初から最後まで私が1人で進行していました。
ファンの皆さんは、もしかしたら「表向きは牧村が1人でやってるように見せて、会場の物陰には事務所の黒服(スタッフ)が何人も待機して監視してるんだろう」って思っていたかもしれませんけど(笑)、本当に受付のセッティングから、イベントの準備、調理、おもてなし、最後の撤収作業にいたるまで、正真正銘、私1人きりで回していたんです。
――なぜそこまで大変な労力を払ってまで、1人きりでのイベント開催にこだわったのでしょうか? 効率を考えれば、事務所に丸投げしてトークショーをやったほうが遥かに楽だったはずですが。
牧村:ただ単に「お金を稼ぐため」だけで考えていたら、絶対にこんな非効率でしんどいことはやらないですよね(笑)。
当時の状況を振り返ると、ある時期から私の仕事が、専属メインから徐々に単発の企画物がポツポツと入るようなペースに落ち着いてきた時期があったんです。そうすると、次の撮影までの間にスケジュールに空き時間が生まれるようになりました。その空いた時間を使って、「今まで自分がやってみたかったこと」に挑戦してみようと思ったのがきっかけです。他の女優さんたちも、ファン向けのトークイベントなどをよく開催されていましたけど、私が「牧村彩香」としてファンの皆さんの前に直接姿を現すような機会は、ほとんどありませんでした。
それに加えて、私自身の元々の性格として、「一人対多くのファン」として接するのではなく、目の前にいる「1人ひとりの人間」に対して、真正面から丁寧に向き合いたいという強い想いがあったんです。だからこそ、大人数のホールイベントではなく、あえて参加人数をごくわずかに限定した「少人数の食事会」というスタイルにこだわりました。
改めて“ファンとの距離感”の難しさに気がついた
牧村:もうね、一言で言うなら「とにかく冷やかしがものすごく多かった!」ということにつきます(苦笑)。応募の段階で、最初から来る気のないような嫌がらせや冷やかしの連絡ばかりが入ってきて。当然のように、当日になって連絡なしでバックれて来ない「無断キャンセル(ドタキャン)」なんていうのも、ごく当たり前の日常茶飯事でした。まあ、そういう悪質な人たちのことは途中で完全に割り切って、無視するようにしていましたけどね。
あと、イベントでは私が手料理を振る舞う形にしていたので、「食品」を扱う上で、衛生管理者の資格も取得したりで、とにかく大変でした。イベント当日の朝は、誰の手も借りずに早朝から1人でスーパーへ食材の買い出しに走り、会場に入ったら1人で調理を、店内の掃除をし……普通のイベント会社が組織でやるようなタスクを、全部1人の頭と体で行っていました。
――それはもう、人気セクシー女優のタレントイベントというよりは、完全に「小料理屋の若女将が1人で店を切り盛りしている」という状態に近いですね。
牧村:本当にその通りです(笑)。私個人としては、ファンの皆さんに本当に喜んでもらえる素晴らしいイベントを提供できているという自負がありましたし、やって良かったなと思っていました。ただ、他の女優さんでここまで頑なに1人きりで手作りの食事会をやってる人なんて、業界内に誰一人としていませんでしたから、周囲からは珍しがられましたね。
しかも、私がこの食事会イベントを本格的に始めた時期というのが、ちょうど「新型コロナウイルス」の感染拡大のタイミングと重なってしまったんです。世間がピリピリしている中で少人数の対面イベントをやるわけですから、開催の是非も含めて、心理的な負担も相当なものがありました。
そして何より、ファンの皆さんの気持ちと向き合う難しさに、激しく直面した時期でもありました。食事会に来てくださるファンの本音としては、やっぱり「牧村彩香と1対1で深く会話がしたい」「彼女を独占したい」という強い独占欲や承認欲求を持って参加されるわけです。低価格のイベントではない分、熱量も凄まじい。でも、イベントである以上、そこには他のファンの参加者さんも同じ空間に座っているわけじゃないですか。
――なるほど。自分だけのものにしたいけれど、横を見れば別のライバル(ファン)がいるという構図ですね。
牧村:はい。そうなると、中には自分の感情や独占欲を抑えきれなくなって、周囲の空気を読まない「変な行動」に走ってしまう熱狂的なファンの方が、どうしても一定数集まってしまうんです。歪んだ愛情というか、ご自身の勝手な「正義感」やマイルールを現場で私や周囲に押し付けてきたりして。他の参加者さんもいる中で、その人一人の我が儘や迷惑行為をするせいで、せっかくの食事会の進行がピタッと滞ってしまうようなトラブルが何度も起こりました。「本当に他のお客さんの迷惑になるから、そういう行動はやめてほしいな……」と、裏ではかなり頭を悩ませていましたね。
「牧村彩香」は男の願望が煮詰まった存在
牧村:そうですね、当時はまだ「推し」なんて言葉はそこまで使われていなかったと思います。今はSNSの発達もあって、ファンと演者の距離が物理的にも心理的にも近くなれる機会が圧倒的に増えましたよね。その弊害として、一部のファンの方が「自分、自分、自分!」という風に、自分の個人的な意見や強い感情ばかりを現場で過剰に主張しすぎてしまう傾向が強くなっている気がします。
大前提として、そのイベントは「牧村彩香のイベント」であり、主役は私、参加してくれた全員が平等に楽しむための空間なんです。私はプロとして、来てくれた皆さん全員を等しくおもてなしして、立てるように接しています。なのに、そこを勘違いして「自分がメインだ」と言わんばかりの態度で来られてしまうと、空間そのものが壊れてしまいます。
牧村:もちろん、目の前に私が現れて興奮してしまう、舞い上がってしまうという気持ち自体は、私も人間ですから十分理解できるんです。でも、「そこはいったん落ち着いて、大人の男として冷静になりなさいよ」と言いたかった。
先ほどもお話しした通り、私は実際には「40歳の熟女」でもなければ「子持ちの主婦」でもありません。でも、食事会に来るファンの年齢層というのは、牧村彩香という設定である40歳よりもさらに年上の、私から見たら「お父さん」くらいの年齢の男性たちが非常に多かったんです。それくらい年配の、社会経験も豊富であるはずの大人の男性たちに対して、年下の私が現場で「ちょっと、静かにしてください!」「ルールを守ってください!」って、まるで学校の先生みたいにお説教をしたり、注意を与えたりしなければいけない場面が本当にたくさんありました。
――自分の父親世代の大人たちに向かって、現場で説教をしなければならなかった。そういう困ったファンの方は、やはり多かったのですか?
牧村:本当に多かったです(笑)。私の言う「お説教」というのは、別に意地悪で怒鳴っているわけではなくて、ごく基本的な「人としてのあり方や礼儀」を説いていたんです。普通に常識を持って、静かに大人しく席に座っていてくれれば、私もいくらでも楽しくお喋りできるんですよ。なのに、一部の人は会場に入るやいなや、「俺が! 俺が! 俺が! 俺が一番あなたを応援してるんです!」「ファンの誰よりも俺が一番あんたを愛してるんだ!」という凄まじいスタンスと熱量でグイグイ迫ってくるんです。
でもね、そんなの食事会に来てくれているファンの皆さん全員が心の中で思っていることですし、それぞれが内に秘めている大切な気持ちなんです。それなのに、自分だけが特別目立とうとして「俺が一番だ!」という子供みたいな態度で来られると、周囲のファンにとってもものすごく大迷惑ですし、何よりイベントのスムーズな進行を妨げられる私に対して、一番の迷惑がかかっているわけです。
それこそ小学校の遠足や教室の中だって、1人は必ず勝手な行動をして全体のルールを乱す困った子がいたじゃないですか(笑)。あんな感じで、限られた時間とお金を支払って参加してくれている他のファンの権利を奪うような行動をする人には、「もう二度と私のイベントには来てもらいたくない」と、はっきり思っていました。
――食事会の現場が、さながら「牧村先生の道徳の授業」のようになっていたわけですね。「牧村彩香を、自分の『初恋の人』の幻影を完全に重ね合わせて見ている男性が異常に多かった」という話を聞いたことがあります。
牧村:あぁ……(深くため息をつく)。それも本当に多かったです。ただ、私からすれば「そんなあなたの過去の恋愛も、初恋の人の思い出も、私は1ミリも知りませんし!」という話でしかなくて(笑)。
やっぱり、人間って男女を問わず、自分の都合の良いように物事を解釈してしまう生き物だと思うんです。自分の人生の中でずっと心残りになっている理想の人物や、「自分の理想を裏切らずにすべて受け止めてくれる聖母のような存在」を、常に外の世界に追い求めているんですよね。
食事会に来たある男性ファンの方が、大真面目な顔で私にこう言ったんです。「僕は若い頃、初恋の人にどうしても自分の思いを告げることができなかった。そのことが人生の大きなトゲとして残っていて、このままでは死んでも死にきれないと思って生きてきた。そんな時に、画面の中に牧村彩香が出現した。君は、僕のあの初恋の人に信じられないくらい顔も雰囲気もそっくりなんだ。だから、今度こそ僕は君に告白をして、自分の人生のストーリーを完結させたいんだ」って。
――困ったファンの頭の中では、完璧に美しい一本のドラマの伏線回収ストーリーが出来上がってしまっているわけですね。
牧村:そうなんです。彼らの中で、勝手に強固なストーリーが出来上がっちゃっているんです。そして、そのご自身の身勝手な人生のドラマや重たい感情を、目の前にいる初対面の私に向かって、全力でドスンと押し付けてくるわけですよ。
外から見れば「ただのファンイベント」かもしれない場所で、そんな映画のような重たい告白をされても、私からすれば「そんなの私の知ったこっちゃない!」という話じゃないですか(笑)。私はあなたの初恋の人の身代わりになるためにセクシー女優になったわけではありませんし、あなたの人生のトゲを抜くための道具でもありません。それなのに、そういう歪んだストーリーを持って食事会に乗り込んでくる濃いメンツが、1人や2人ではなく、次から次へと現れるんです。もちろん、中にはきちんと常識を持った品の良いファンの常連さんもたくさんいらっしゃいましたけど、体感としては「参加者の10人中5人」くらいは、そういう強烈な幻影を抱えた人たちで占められていたような感じでした。
牧村:当時は思いもよりませんでしたが、今こうして振り返ってみると、そうだったのかもしれませんね。私としては、自分がそんな高度な意味で「アイドル化されている」なんて客観的に考える余裕は1ミリもありませんでした。単に「ファンの皆さんと直接触れ合える楽しい食事会を開きたい!」と思ってピュアな気持ちで企画しただけなのに、いざ開催してみたら、自分の手に負えないような常識外れの重たいファンばかりが大量に押し寄せてきて、その対応と精神的なプレッシャーの連続に、ただただ心と体が疲れ果ててしまっていた…というのが、当時の私の偽らざるリアルな心境でした。
もちろん、世の中の女性だって男性と同じように、白馬の王子様みたいな「自分の理想の異性」をいつまでも追い求め続ける心理があるのは分かります。でも、男性の心理を見ていて本当に驚くのは、彼らはいくつになって体がおじいちゃんになっても、心の中では「自分の誕生日を特別にお祝いしてほしい」「女性の前ではいつでも自分が世界の1番でありたい」という、甘えん坊な子供のような心理をずーっと持ち続けているんですよね。
――何歳になっても、女性に対して無条件の「母性」を求め続けてしまうのが、男という生き物の悲しいサガなのかもしれません。
牧村:そう、常に母性を求めてくるんです(苦笑)。私の本音としては、「お願いだから、いい加減『乳離れ』して自立してくれ!」っていう感じでしたよ、本当に(笑)。
私の本来の素の性格としては、プライベートの領域までファンの方に過剰に踏み込まれたり、依存されたりするのはあまり好きではないタイプなんです。ですから、画面越しに作品を観て純粋に応遠してくださることに関しては、本当に心から嬉しいですし、感謝しかありません。だけど、ひとたびイベントの現場などで「人と人」としてリアルに対面する以上は、そこには最低限の社会的なマナーや礼儀を持って接していただかないと絶対にダメですよ、ということは声を大にして言いたいです。「あなたは画面の中で牧村彩香のことをよく知っているかもしれないけれど、私は今日のこの瞬間、あなたのことを初めて認識したんですよ。私たちは今、初対面なんです」という厳然たる事実を、ちゃんと頭に入れておいてほしかった。
ネットの世界であれば、どんな偽名を使ってどんな過激な書き込みをしようが自由かもしれません。だけど、そんなネットのノリや、画面の中の妄想の勢いのままリアルに突撃してきて、初対面の私に向かって「君は僕の初恋の人だ! 愛してるんだ!」なんて大声で狂乱されたら、普通の人間関係として考えてもシンプルに恐怖でしかないじゃないですか。「それ、一歩間違えたら普通に警察に通報されちゃう案件だよ?」っていうくらいの危うい勢いで来られることが何度もあったので、今振り返っても、「当時の私、よくあの過酷な環境の中で精神を病まずに耐え抜いたな……」って、我ながら自分の我慢強さに感心してしまうくらいです(笑)。
X:@yurinoxxxx
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<取材・文/髙坂雄貴(超次元電視いと、まほろば)、撮影/宇佐美亮>
―[牧村彩香]―
【髙坂雄貴】
合同会社いと・まほろば代表。ニコニコチャンネルおよびYouTube『超次元電視いと、まほろば』の運営、各種イベント・コンテンツの企画制作を手がける傍ら、サブカルチャー・エンタメ専門ライターとしても精力的に活動。演劇や映像制作などの現場で長年培ってきたキャリアを背景に、エンタメ業界への深い造詣とリスペクトを込めた執筆を展開。ファンとしての熱い視線と、プロの作り手としての冷静な制作視点の双方を織り交ぜた、温度感のあるテキストが多くの支持を集めている。X:@itotakasaka
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