22年ぶりとなる写真集『キケンなカオリ♡』(双葉社)では、50歳にして過去最大級の大胆な表現に挑み、大きな話題を呼んでいる。
“レジェンドグラドル”は、これまでの歩みをどう振り返り、これから何を目指すのか?
昔と今で大きく異なる撮影現場
――22年ぶりとなる写真集の発売、おめでとうございます。大原:久しぶりの写真集撮影でしたが、今はわずか2日間で一冊分を撮り終えられるので驚きました。
――かつての撮影とは、どのような点が違うのでしょうか。
大原:昔は基本的に3泊でした。当時はサイパンでの撮影が多く、私もよく訪れていました。フィルム撮影だったので、天候だけでなく雲の動きを待つこともあり、今のようにテンポよく撮影が進むことはなかったんです。
――デジタル撮影なら、明るさなどを撮影後にある程度調整できますよね。
大原:当時は景気が良かったので撮影とは別に予備日が1日設けられていたり、現地に到着してすぐ撮影を始めるのではなく、免税店に連れて行ってくれたり、現地のTシャツを買ってくれたりと、女の子のテンションをより一層上げてくれたりもしていました。
簡単に修正できないからこそ…
――今では考えにくい、ぜいたくな撮影ですね。大原:そうして翌日から撮影に臨むという流れでした。撮影が終わると、毎晩スタッフ全員で豪華な夕食を食べに行きましたし、とても楽しかったですね。
――モデル本人は体を絞っているため、自由に飲み食いするのは難しかったのではないでしょうか。
大原:スタッフの皆さんは大いに楽しんでいました(笑)。モデルはもちろんですが、スタッフさんも一日中気を抜けませんからね。
――今のように、後から簡単に修正することもできません。
大原:どれだけかわいくて若い子でも、笑えば目尻にシワができますよね。当時は、そうした部分を後から直すことはできませんでした。アザなども、そのまま写ってしまいます。だから、スタイリストさんやメイクさんも、撮影中はずっとモデルの状態を見ていなければなりませんでした。カメラマンさんも、写真全体の雰囲気だけではなく、腰にシワが寄っていないか、眉間に力が入っていないかまで細かく見ていました。
スカウトから始まった芸能界入り
大原:六本木に遊びに行った際に、スカウトマンの方に「君はおっぱいが大きいから芸能人になれるよ」と言われたんです。思わず、「おっぱいが大きいと芸能人になれるんですか?」と聞き返したら、「なれるよ」と言われました(笑)。
――本当になれましたね。それまでは、どのような生活を送っていたのでしょうか。
大原:高校を卒業し、八王子の高級ステーキ店でアルバイトをしていました。私は「部長」になるのが夢だったので、本気で部長を目指していたんです。
――社長ではなく、部長だったんですね。
大原:責任の重さが違いますからね。ちなみに、その店の制服はタイトな黒いスカートに白いシャツだったので、胸の大きい私は、もうパツパツでした。
――少し怪しいお店にも聞こえますが……。
大原:違います。普通のステーキ店です(笑)。ちょっと怖そうなお客さんから「あの子に全部持ってこさせて」と言われて、帰り際にチップのようなものをいただくこともありました。
――そこから、すぐにタレントデビューしたのでしょうか。
大原:いえ、最初の1~2カ月は事務所で事務員をしていました。電話番をしながら、マネージャーさんがどのように動いているのかを見て、礼儀も含めて学んでいった感じですね。
デビュー当時の過酷な番組撮影
――テレビデビューは『出動!ミニスカポリス』だったのでしょうか。大原:最初は『邦子にタッチ』(テレビ朝日)という、土曜日のお昼12時から生放送されていた番組でした。ぽっちゃりした女の子20人がオーディションで選ばれ、ダイエットに挑戦する企画だったんです。毎週、本番前に体重を測り、前の週より100gでも増えていたらイエローカード。それが3回続くとレッドカードでクビになってしまいます。みんな、本当に必死で1週間ダイエットし、太らないように頑張っていました。
――かなり厳しいルールですね。
大原:私は日野市から通っていたので、朝は電車に乗るギリギリまでお風呂に入って汗をかき、少しでも体重を減らしてから駅まで走っていました。そして、スタジオでは20人全員がサウナスーツを着ているのですが、「じゃあみんな、今日も脱ぎましょう」という流れで、生放送中に脱いで水着になっていました。
――えっ。
大原:しかも土曜日のお昼で、主婦の方がたくさん見ている時間帯でした。
――今では考えられませんが、そこから“巨乳ブーム”の流れに乗り、人気を博すわけですね。
大原:私は20歳でデビューしましたが、26歳の時には「もう歳だからグラビアは難しい」と言われました。
――今は30歳を過ぎても第一線で活躍している人がたくさんいます。2020年代にデビューしていたほうがよかったと思うことはありますか。
大原:「今のほうが楽なんだな」と思うことはあります。でも、今は人数が圧倒的に多いので、上に行くのは逆に大変じゃないですか。昔はグラビアをやっている子自体が少なかっただけではなく、「グラビアなんて」と言われることもありました。
――大原さんたちの世代が、グラビアアイドルの地位を高めてきた面もあるのではないでしょうか。
大原:私は巨乳ブームの波に、ちょうど乗れたんだと思います。巨乳アイドルの次は高校生ブーム、その後は芸人ブーム、さらにハーフタレントブームと、時代ごとに流行はめぐっていきました。そのタイミングに、たまたま自分がいただけなんです。パチンコでいうと、偶然Vに入って16連チャンしたようなものですね(笑)。
――例え方がおじさんですね(笑)。
大原:本当は32階くらいの大理石のマンションで、暑くも寒くもない部屋で犬と暮らしたかったんですけど、全然違う人生になりました(笑)。生まれ変わったら、港区女子みたいな生活をしてみたいですね。
謙虚な姿勢で挑む今後のタレント業
大原:今はコンプライアンスが厳しいので、どこまで話していいのか分からないんです。たまにいるじゃないですか。1年に1人くらい、ストンと足元をすくわれる芸能人。ああはなりたくないんですけど、私も調子に乗り始めたら、同じような立場になりかねないと思っています。
――生放送で不用意なことを言ってしまうと、SNSで拡散されてしまいますしね。
大原:私は父や事務所に厳しく育てられてきたのに、初心を忘れてしまうことがあるんです。怒られて「明日から気をつけよう」と思っても、1年くらいたつと、また調子に乗って余計なことを言ってしまう。だから、発言には気をつけながら、地に足をつけてやっていきたいですね。
<取材・文/千駄木雄大 写真/荒熊流星>
【大原かおり(おおはら・かおり)】
1976年2月17日生まれ、東京都出身。
【千駄木雄大】
編集者/ライター。1993年、福岡県生まれ。出版社に勤務する傍ら、「ARBAN」や「ギター・マガジン」(リットーミュージック)などで執筆活動中。著書に『奨学金、借りたら人生こうなった』(扶桑社新書)がある
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