それは、日本がアメリカの意向にはまったく逆らうことができないという現実だ。そして、米系テック企業のサービスに依存する日本社会は、もはや植民地をも越えた宗主国に逆らうことのできない醜態をさらすに到っている。
主権とは、規制する権利のことではない
なぜ、ここまで日本はアメリカに支配されてしまったのか。それを説明するために日本という国を、一軒の家に例えてみよう。家の登記簿には、確かに日本の名前が書いてある。誰の持ち物かは疑いようがない。だが、玄関の鍵は外国企業製だ。配電盤も外国企業製。金庫も、地図も、電話も、みな外国企業製だ。そして「気に入らないから交換します」と言おうとすると、鍵一本を替える話では済まない。家中の配線と設備まで入れ替えるほどの時間と金がかかる。
登記簿上は自分の家なのに、自分では鍵を交換できない。
「グーグルにNOと言った翌日、行政や企業活動は今まで通り続けられるのか」
「AWSにNOと言った翌日、行政システムは動くのか」
この問いに即答できないなら、規制権限がどれだけあっても、それは本物の主権とは呼べない。
少なくともデジタル主権について言えば、相手を失っても生きていける能力がなければ意味がない。NOと言った翌日も、社会がふつうに動く能力のことだ。命令はできるが逃げ場がない、という状態は、支配されているとイコールだ。
これは、仮定の話ではない
2025年4月15日、AWSの東京リージョンで大規模な障害が発生した。特定のアベイラビリティゾーンでEC2インスタンスの接続障害が起き、約1時間にわたって影響が続いた。デジタル庁は取材に対し、「ガバメントクラウドにも一定の影響はあった」と認めている。制裁でなくてもいい。一民間企業の設備トラブルひとつが、この国の行政機能にまで波及しうる。日本人が意識していないだけで、この国はすでに一度、その淵を覗いている。
逃げ道を作った国、代償を払った国
欧州の場合はもっとねじれている。NATOは6月22日、米パランティア社の戦闘用AI「メイヴン・スマート・システム」が「完全な技術的運用能力」に到達したと8月に発表した。一方、フランス陸軍はミストラルAI、サフラン、タレス、エアバスといった自国企業と共同開発した代替システム「アルカディア」を、6月のNATO演習で実証させている。フランス軍幹部は、他の欧州各国から「選択肢がないからメイヴンを選んでいる。
軍事だけの話ではない。英国では、NHS(国民保健サービス)の医療データ基盤を担う最大3億3000万ポンド規模の事業を、パランティア主導の企業連合が受注している。契約は当初3年間の確約に、2年、さらに1年ずつという延長オプションが重なる段階設計だ。その先も同社に委ね続けるのかは、まだ決着していない。
戦場の作戦データでも、国民の医療データでも、問題は同じだ。「明日、別の会社へ移れるのか」である。欧州が本当に恐れているのは、アメリカではない。「アメリカ以外を選べない自分たち」だ。
日本は、すでに負けている
問題は、規模だ。デジタル庁の糸将之参事官によれば、2026年3月末時点で、国が使う情報システムの約85%が、依然として米アマゾンのAWS上で稼働している。地方自治体でも約80%に達する。クラウドサービス別の利用団体数を見ると、AWSが1564団体であるのに対し、Oracleは461団体、Googleはわずか8団体、Microsoft Azureはゼロだ。
現在は5社の選択肢が用意されている。しかし、これまで積み上がった利用実績は圧倒的にAWSへ集中している。85%を外国企業のクラウドが占めた後で、ようやく国産の選択肢がスタートラインに立った。これを「デジタル主権の確立」と呼ぶのは、あまりに遠い。
制空権も制海権も失った1945年の日本人は、少なくとも自分たちが負けたことは知っていた。いまの日本は、自分の家の鍵を他人に預けたまま、それを敗北だとすら思っていない。
拙著『「デジタル主権」戦争』(扶桑社新書)では、この「登記簿上は自分の家なのに、鍵は交換できない」という構造がどう築かれてきたか、そして日本国内でも同種の「規約一枚での締め出し」がすでに起きている実例まで踏み込んで書いた。
主権とは、鍵を持っていることではない。
鍵を交換できることである。
文/昼間たかし
【昼間たかし】
ルポライター。1975年岡山県に生まれる。県立金川高等学校を卒業後、上京。立正大学文学部史学科卒業。東京大学情報学環教育部修了。ルポライターとして様々な媒体に寄稿。著書に『コミックばかり読まないで』『これでいいのか岡山』
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