突然ですが、みなさん。今からあることわざの意味を言います。

なんのことわざか、分かりますか?

「もともと強いものに、さらに強い力や有利な条件が加わること」

答えは「鬼に金棒」ですが、今、考える時に、もしかして、顔触りませんでした?

顔を触る行為が、記憶から情報を引き出す活動と結びついてる!?

今日は、その、顔を触ることと言葉を思い出すことの関係についての実験が行われた、というお話です。どんな実験なのか?早稲田大学人間科学学術院准教授の関根和生先生に伺いました。

早稲田大学人間科学学術院准教授 関根和生先生

「例えば何か思い出したいときに顔の一部を触るというような経験をしたり、あるいは、そうした人を見てきたので、じゃ実際にそれが効果があるのか、ということを検証したんです。

そのためにいくつか群を作りまして、一つが顔の頬に手をずっと触りながら、この課題に解答してもらう、そういう条件です。二つ目が、顔にタッチさせないように棒を持って、棒を持ちながら課題に取り組んでもらうと。で、三番目が特に何も教示せずに、触りたいときに触っていいということで、特に触る触らないに関しての特別な説明を与えませんでした。

その三つの群で、ことわざの定義が与えられて、ことわざを上手く答えられるかという課題に取り組んだんですけども、結果として、顔を触っていた人たちのグループの成績が一番高かったんですね。逆に、棒を持ってくださいと言われて、顔を触ることを禁じられた人たちの成績が一番低かったんです。

そうした結果から、顔を触るという行為が、記憶から情報を引き出すとか、思い出すという活動と結びついている、ということが示唆されたと、そういう結果を得ることができました。」

冒頭で私が聞いたような、ことわざや四字熟語などの意味を見せて、何のことわざなのかを答えてもらうという課題に取り組んでもらいました。

①顔(頬)をずっと触りながら答えるグループ

②棒を持って顔を触れないで答えるグループ

③特になんの指示もしないグループ 

顔を触れば、言葉を思い出す?!の画像はこちら >>
<3つのグループに分けて、実験しました。 画像提供:関根先生の論文より>

20人ずつ3つのグループに分けて比較しました。結果、顔をずっと触っていたグループが30問中13.1問の正答率でトップ。棒のグループが8.5問、指示なしグループが10.7問の正答率でした。

関根先生は、顔は色んな刺激を受け取るための細胞があるので、その刺激を手で遮断して刺激を減らすことで、目の前の課題に集中する、そんな切替スイッチの役割があるのではないかと思う、とおっしゃっていました。

街の方は、言葉を探すとき、顔を触るのか?

それにしても、そんなにうまくいくかしら?と思い、私も街で実験してみました。5つの【ことわざ、四字熟語】の説明を見せて、みなさんに考えてもらいました。

▼「鬼に金棒かな。うーんとね、あるよね、ちょっと待って。えーと、ちょっと一回パスしていいですか?笑う門には福来る?じゃ2番、なんかねあるんですよね~。あ~そうなんだ。(2番が出なくて出なくての時は、ずっとほっぺた触ってたんですよ。思い出そうと思うと、顔触ってました。)なるほど、なんかあるんだ、そういうことが。」

▼「遠回し過ぎて効果がない??(手を顔に当てて考えると)え?全然、効果が届かないけど(笑)」

▼「なんだろう?こう書かれると分からないな~。(いくつか当たってましたよね。全部あご触ってたんですよ。)あ、そうなんすか?全然知らんかった。

(で、1番さっきからやってるんですけど、1番の時はずっと顔から手が離れてたんです。)あ~なるほど~全然意識してない。」

▼「隔靴掻痒。文章になってるやつね。え?なんだ?え??? あ!!分かった!【二階から目薬】!!今、顔触るまで出なかったか?まさにそうだったね、こうしてたもんね。こうしないと見えてこなかった。さっき隔靴搔痒しかなくて、それ以外の言葉が何にも出て来なくて、こうしたとたんに、あ!二階から目薬!(笑)」

顔を触ったら、二階から目薬!ってすぐ出てきたんです!!実験をした先生にお話を聞いたのに、ウソみたいな話ですね、と思ってしまいました。

正解する時に、顔を触っている割合は高かったですし、思い出そう思い出そうとするときは、かなりしっかりと顔を触る動作が見られました。

心理学では、こうした体の一部に触る行動を「自己接触行動」と言いますが、これは、例えば、恥ずかしいから「頭をかく」、照れ隠しで「顔を触る」など、感情に負荷がかかった時に現れるとされ、そうした自己接触の行動と、感情との関係についての研究は多くされています。

しかし、今回のような言葉の選び方や認知機能にどう関わるかは知られていなかったんです。

道具も特別な装置も必要ない、記憶や言葉探しの助けになる!かもしれない!

関根先生は、進んでいない研究な分、さらに掘り下げていけば、こんな応用ができるかも、とおっしゃいます。

早稲田大学人間科学学術院准教授 関根和生先生

「例えば、子ども達の教育場面、子ども達定期的にテストをしていますので、そのテストの時に雑音が少しあった時に集中したいと、そういう時にもこうした活動は役に立つかもしれませんし、またお年寄りになっていって少し物忘れが多くなってきたとか、思い出したいものがあった時にも、こうした自己接触というか、身体の一部を触るという行動が役に立つかもしれないということで、少し年齢の裾野を広げて調査をしたいと思っています。

たぶん個人差はあると思うんですね。

それまでの経験の中で、こういう活動をしたら、あるいは、ここを触ったら私は集中ができるんだということがあると思うんですけども、もしかしたら、このまま調査を進めていったら、そうした個人差を超えて、誰しもが、例えばですけども、少し顔を触るだけで注意が切り替わるとか、注意のスイッチが入るみたいなことがより分かれば、これから高齢化社会がより加速していくと思いますので、道具とか特別な装置を必要なく、私たちの記憶とか日常のコミュニケーションを助けられるような身体活動っていうのが見いだせれば、より多くの人の助けになるのかなとは思います。」

研究はまだ始まったばかり。顔のどこを、どういう風に、どのくらい触るといいか?など、まだまだ調査することは多いです。

しかし、関根先生は、実はなかなか古今東西、普遍的な現象なのかも、とも思っているそうで、というのも、ロダンの考える人もあごを触ってますし、弥勒菩薩も手で顔を触っていますよね、と。たしかに、広くみんなに通じる何か、の可能性も感じます。

身近な動作なのに、研究されていなかった行動。その新しい扉が開いたのかも、しれません。期待したいですね!

(TBSラジオ『森本毅郎スタンバイ』より抜粋)

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