日本人選手はなぜ欧州で成功できる? PSV佐野航大が語った“...の画像はこちら >>

今季からPSVでプレイする佐野航大 Photo/Getty Images

「夢のためにサッカーをする」

オランダ1部のPSVアイントホーフェンでプレイする佐野航大が、元ファジアーノ岡山のチームメイトであるステファン・ムークのポッドキャストにゲスト出演した。インタビューでは自身のキャリアを振り返ったほか、なぜ現在、多くの日本人選手が欧州でプレイしているのかについても語っている。



佐野は3歳頃にサッカーを始めた。兄がすでにプレイしていたことがきっかけで、東京や大阪のような大都市ではない地元でボールを蹴っていたという。施設が充実していたわけではなく、学校が終わると兄と路上でサッカーをし、地元クラブでの練習とは別に、毎晩のように兄とボールを蹴った。

その後、高校へ進学すると環境は一変。サッカー部では毎日練習し、休みは月に1日ほど。午後3時か4時頃から始まる練習は午後7時半頃まで続き、走り込みも行ったという。

「高校時代は本当にきつかった。僕にとって一番きつい時期だったと思う」

冬には雪が多く、夏は非常に暑い環境。それでも練習を続けた。さらに全国から選手が集まり、チーム内の競争も激しかったという。高校時代にはファジアーノ岡山のユースやサンフレッチェ広島ユースなどとも対戦していた。

こうした経験を経てファジアーノ岡山と契約。
プロ入り直後は、高校選手権を終えてほとんど休みなくチームに合流したため、コンディション面では自信を持っていたという。しかし、プロの高い強度に毎日さらされると苦戦。「半年くらいして、夏を過ぎたあたりから」徐々にプロのレベルでもプレイできる感覚をつかんだと振り返った。

また、複数のポジションを経験したことも現在の自身につながっていると説明。高校時代には中盤だけでなく、左ウイング、右ウイング、ストライカーなどでもプレイしていた。

当時はなぜ複数のポジションを任されるのか分からなかったというが、卒業後に監督から理由を聞かされたという。

「プロではまず試合に出ないといけない。試合に出られなければ、本当の意味でプロとしてやっていけない」

中盤だけに限定せず、複数のポジションをこなせる選手になることが、プロとしてプレイするために必要だと考えられていたようだ。

その後、U-20日本代表としてフランスやスペインを訪れた経験が欧州への意識を強めるきっかけになった。当初は欧州移籍を考えていなかったものの、現地で同世代の選手たちとプレイし、「自分もここに来ないといけない」と感じたという。

NECナイメヘンでは3シーズンを過ごし、今季からPSVへ移籍。チャンピオンズリーグにもデビューし、PSVでの初ゴールも記録している。


その佐野に対してムークが「なぜ日本人選手はこれほど欧州でプレイできるようになったのか」と質問。佐野は、日本の選手一人ひとりの質が上がっていることに加え、日本人のメンタリティーにも理由があると語った。

「日本人って、満足しないんだと思う。すごく謙虚で、もっと良くなりたい、もっと成長したいって思ってる」

欧州で生活し、異なる文化や言語のなかでサッカーをすることは簡単ではない。それでも日本人選手は「夢のためにサッカーをする」と考え、そのために努力できると説明。「技術とか能力以上に、メンタルの部分が大きいと思う」と自身の考えを明かした。

さらにムークから、日本では毎日の練習で選手が「100%」取り組むように見える理由を問われると、佐野は日本独自の文化にも触れながら「もっと良くなりたい」という姿勢を挙げた。

PSVへの移籍を決めた理由については、チャンピオンズリーグでプレイしたかったことに加え、タイトル争いをするクラブでプレイすることで「違う種類のプレッシャー」を経験できると考えたことを説明。将来的にはプレミアリーグやブンデスリーガといったトップリーグでのプレイも目標に掲げている。

日本の高校サッカーで厳しい練習を重ね、岡山でプロとしての土台を築き、オランダで3シーズンを過ごしてPSVまでたどり着いた佐野。かつてファジアーノ岡山でともにプレイしたムークとの対談では、その成長の背景にある経験と、欧州でさらなる高みを目指す現在の思いが語られた。

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