スーパーエルニーニョへの警戒感が高まっています。しかし、異常気象だけで世界の食料価格が決まるわけではありません。

人口動態、食文化の変化、技術革新、民主主義の後退や資源の武器利用など、複数のテーマが価格形成に関わっています。本レポートでは、食料市場を動かす「イベント」と「土台」を考えます。


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異常気象の「イベント」と「土台」

 図1は、エルニーニョ現象とラニーニャ現象が日本の気候に与える一般的な影響を示しています。エルニーニョ現象とは、南米沖のエルニーニョ監視海域の海面水温が平年より高くなる現象です。反対に平年より低くなる現象がラニーニャ現象です。


図1:エルニーニョ・ラニーニャ現象の傾向
スーパーエルニーニョが映す食料市場の大局観
出所:MapChartおよび各種資料を基に筆者作成

 何らかの要因で東風(貿易風)が弱くなると、西太平洋の温かい海水がエルニーニョ監視海域に流入してエルニーニョ現象が発生するといわれています。逆に強くなると、エルニーニョ監視海域の海面水温が低下してラニーニャ現象が発生するといわれています。


 エルニーニョ現象が発生すると、日本付近では、西太平洋熱帯域の海面水温が低下して冷夏になったり(積乱雲の活動が鈍る)、冬型の気圧配置が弱まって暖冬になったりしやすいといわれています。ラニーニャ現象が発生すると同帯域の海面水温が上昇して暑夏になったり(積乱雲の活動が活発)、冬型の気圧配置が強まって寒冬になったりしやすいといわれています。


 しかし、今年は従来の経験則が通じない可能性があります。現在、エルニーニョ監視海域では、平年比で3度前後高い「スーパーエルニーニョ」が予想されています。また、西太平洋熱帯域の海面水温が低下せず、太平洋高気圧が張り出しやすくなるため、暑夏となるとの予報も出ています。


 図2は、西太平洋熱帯域とエルニーニョ監視海域における6月時点の海面水温の長期推移を示しています。


図2:エルニーニョ監視海域および西太平洋熱帯域の海面水温値(各年6月) 単位:度
スーパーエルニーニョが映す食料市場の大局観
出所:気象庁のデータを基に筆者作成

 西太平洋熱帯域の海面水温に注目すると、長期的な上昇傾向を確認することができます。1950年代から1980年代にかけては29度を下回る年も珍しくありませんでしたが、近年は30度前後を維持しながら、緩やかに水準を切り上げています。


 エルニーニョ監視海域の海面水温も上昇傾向にあり、2026年の値は過去77年間で最高水準に達しています(速報値ベース)。今回のエルニーニョが極めて大きい影響力を持つ「スーパーエルニーニョ」に発展する可能性があることがわかります。


 ここで注目したいことは、エルニーニョ監視海域の海面水温が極端に高いことと、西太平洋の同水温が十分に低下しないことが同時に起きていることです。従来のエルニーニョでは、エルニーニョ監視海域が温まる一方で、西太平洋は相対的に冷やされる傾向がありました。


 近年は、海洋全体の温暖化が進んでいるためか、西太平洋の海面水温は上昇傾向にあります。その結果、エルニーニョ現象が発生しても、西太平洋側の積乱雲活動や太平洋高気圧の勢いが完全には失われなくなっていると考えられます。


 エルニーニョ監視海域の異常な高温は「イベント」、西太平洋の長期的な海面水温の上昇は「土台」と言ってもよいかもしれません。


 近年の日本の気候は、この二つの要因が重なり合うことで、従来の経験則だけでは説明しきれない局面を迎える可能性があります。一つの現象だけで判断するのではなく、複数のテーマを同時に見る視点が、これまで以上に重要になっているといえそうです。


スーパーエルニーニョ=食品急騰ではない

 図3は、エルニーニョ監視海域の海面水温と基準値との差(3カ月平均)の推移を示しています。エルニーニョ現象の規模を示す代表的な指標であり、一般的に海面水温が平年より0.5度以上高い状態が継続するとエルニーニョ現象と判定されます。


 過去を振り返ると、1982~83年、1997~98年、2015~16年に特に大規模なエルニーニョが発生しました。これらは「スーパーエルニーニョ」と呼ばれ、いずれも海面水温が平年を3度前後上回る、大変に大きな事象でした。


 そして足元では、2026年の値が再び同水準に接近しつつあります。今後さらに上昇し、過去のスーパーエルニーニョに匹敵する事態に発展する可能性があるといわれています。


図3:エルニーニョ監視海域の海面水温値の基準値との差(3カ月平均)
スーパーエルニーニョが映す食料市場の大局観
出所:気象庁のデータを基に筆者作成

 図4は、世界全体の食料価格の大局観を示す食料価格指数の推移と、スーパーエルニーニョが発生したタイミングを示した図です。


 1982~83年、1997~98年、2015~16年の三度のスーパーエルニーニョ発生時は、いずれも世界各地で異常気象が猛威を振るいました。東南アジアやオーストラリアでは干ばつ、南米では豪雨が発生し、農作物の生産や物流に影響を及ぼしたといわれています。


 しかし、図が示すとおり、スーパーエルニーニョの発生が世界全体の食料価格を急騰させたわけではありません。同指数は、1982~83年と2015~16年に小規模な反発にとどまり、1997~98年は下落しました。


図4:食料価格指数(世界全体)とスーパーエルニーニョ発生
スーパーエルニーニョが映す食料市場の大局観
出所:FAOのデータを基に筆者作成

 このことは、世界の食料価格が気象要因だけで決まるわけではないことを示しています。人口動態、原油や肥料の価格動向、新しい需要の動向、食文化の変化、生産国の民主主義の状態など、多くの要因が同時に作用し、その上で価格が決まっているのです。


 このように考えれば、スーパーエルニーニョは世界の食料価格を決定する「主役」ではなく、「一要因」だと言えます。


 足元では、2026年に再びスーパーエルニーニョが発生する可能性が指摘されています。しかし、それだけを理由に食料価格の急騰を予想することは適切ではありません。重要なことは、複数のテーマを同時に見る考え方です。


人口・文化・技術・思想も食料価格を左右

 図5は、世界全体の食料価格指数の長期推移と、その価格変動の主な要因を示しています。


図5:食料価格指数(世界全体)と変動要因
スーパーエルニーニョが映す食料市場の大局観
出所:FAOなどのデータを基に筆者作成

 世界の食料価格は、長期的に見れば上昇基調を維持しています。ただし、その上昇は一直線ではありません。1970年代前半、2000年代後半に、大きな価格上昇が確認できます。長期視点の大規模な均衡点の変化を意味する「パラダイムシフト」が起きたとも言えます。


 1970年代前半の上昇局面では、世界人口の増加が大きなテーマの一つになりました。人口が増えれば、食用需要だけでなく、畜産向けの飼料需要も増加します。同時に、原油価格の上昇も食料価格を押し上げる要因となりました。輸送や農業用機械を動かすための燃料だけでなく、化石燃料と関わりが深い肥料の価格を上昇させ、生産コストを押し上げました。


 また、異常気象が発生することへの懸念が価格形成に大きな影響を与えるようになりました。

干ばつや洪水が実際に発生する前から、市場は供給減少リスクを意識し始めます。今回のスーパーエルニーニョへの警戒感も、その一例と言えます。


 2000年代後半以降は、新たなテーマが加わりました。新興国を中心とした食文化の欧米化による一人あたり食料需要の増加(需要増観測)、脱炭素社会への移行に伴う農産物需要の多様化(需要増観測)、品種改良や機械化・デジタル化への依存度の高まり(供給減懸念)、資源の武器利用(供給減懸念)の高まりなどです。


 加えて、近年は投資マネーの流入も価格変動を大きくする要因となっています。世界的な金融緩和を背景に、農産物市場にも資金が流入しやすくなり、価格変動が増幅される場面が増えています。


 このように、食料価格は単一の要因ではなく、複数のテーマが重なり合って形成されています。その中でも最も長期的で、最も重要なテーマ(土台)は人口動態かもしれません。図6は、国連の推計を基に作成した世界人口の推移と見通しを示しています。


図6:世界の人口推移・見通し(国連のデータ) 単位:10億人
スーパーエルニーニョが映す食料市場の大局観
出所:国連のデータおよびIMFの資料を基に筆者作成

 先進国の人口は2041年ごろに11億人でピークを迎える見通しです。一方、新興国の人口は増加が続き、2085年ごろに91億人に達すると予測されています。つまり、世界の食料需要を支える「土台」は、今後数十年にわたって拡大し続ける可能性があるのです。


 世界の食料価格の動向を考える時には、異常気象などの短期的な「イベント」と、人口増加という長期的な「土台」の二つの視点を同時に持つことが、大変に重要です。


人口増加・食料需要増加を支えた「単収」

 図7は、世界三大穀物(トウモロコシ、米、小麦)の生産量と収穫面積の推移を示しています。1960年代以降、世界の穀物生産量は大幅に増加しました。図が示すとおり、世界全体の生産量は1975年と比較しておよそ2.9倍に増えています。


図7:世界三大穀物の生産量と収穫面積の推移(世界全体)
スーパーエルニーニョが映す食料市場の大局観
出所:USDA(米農務省)データを基に筆者作成

 一方で、収穫面積の増加は限定的であり、同期間でおよそ1.2倍にとどまっています。このことは、人類が単純に農地を増やして食料生産を拡大してきたわけではないことを意味しています。


 人口増加が続く中で、仮に食料増産を農地拡大だけで賄おうとすれば、実態をはるかに超えた大規模な森林伐採や環境破壊が起きていた可能性があります。しかし実際には、限られた農地を活用しながら、生産量を大幅に増やしてきました。その原動力となったのが「単収」の向上です。


 単収とは、単位面積あたりの収穫量を意味します。言い換えれば、「同じ面積の畑からどれだけ収穫できたか」を示す指標です。


 図8は、世界三大穀物の単収の推移を示しています。


図8:世界三大穀物の単収の推移(世界全体) 単位:トン/ヘクタール
スーパーエルニーニョが映す食料市場の大局観
出所:USDA(米農務省)データを基に筆者作成

 トウモロコシ、米、小麦のいずれについても単収は、長期的に増加しています。

特にトウモロコシの伸びは著しく、1960年代と比較しておよそ3倍に達しています。米や小麦についても、おおむね2倍から3倍程度に増加しています。


 背景に、農業技術の進歩が挙げられます。高単収品種の開発、灌漑設備の整備、農業機械の開発・普及、農薬や除草剤の活用、化学肥料の大量投入など、いわゆる「緑の革命」による技術革新が単収の増加を後押ししました。


 特に化学肥料の果たした役割は大きかったと言えます。窒素、リン、カリウムを中心とした肥料の利用拡大は、農産物全般の生育状況を大きく改善し、単収を大きく増加させました。


 一方で、この成功体験は新たな課題も生み出しました。農業は以前にも増してエネルギーや技術への依存度を高めました。肥料価格は原油や天然ガス価格の影響を受けやすく、機械化が進んだ農業は燃料価格の変動にも左右されます。


 また、異常気象やさまざまなリスクが勃発することで、肥料の供給網が混乱し、生産に甚大な影響を与える可能性が高まりました。


 言い換えれば、世界の食料供給は「農地」という物理的な制約を技術によって乗り越えてきた一方で、「技術」そのものへの依存を強めてきたとも言えます。


 人口増加という長期的な需要の拡大を支えてきたのは、単収の上昇という供給側の努力でした。そして今後も世界人口の増加が続く中で、この単収増加の流れを維持できるかどうかが、世界の食料市場を考える上で重要なテーマになると考えられます。


 世界の食料市場は、人口増加という「土台」とそれを支える技術革新という「支柱」のバランスの上に成り立っていると言えそうです。この構造への理解なくして、食料価格の大局観を考えることはできません。


スーパーエルニーニョは大局観を養う契機

 図9は、世界の主要な穀物生産国における自由民主主義指数の推移を示しています。同指数は、V-Dem研究所が試算・公表する、自由度・民主度の目安です。法の支配、選挙制度、言論の自由度など、関連するさまざまなデータを基に、計算されています。


図9:穀物主要生産国の自由民主主義指数の推移
スーパーエルニーニョが映す食料市場の大局観
出所:V-Dem研究所のデータを基に筆者作成

 穀物市場を考える際、多くの市場関係者は気象や需要の動向に注目します。しかし近年は、それだけでは十分ではなくなっています。食料供給そのものが、政治体制や国際情勢の影響を強く受ける時代に入りつつあるためです。


 図9が示すとおり、オーストラリア、カナダ、米国などの主要輸出国では高い水準の民主主義が維持されています。一方、中国やロシアでは低い水準が続いており、インドやウクライナ、アルゼンチンなどでも低下傾向が確認できます。そして世界平均も、2010年ごろを境に低下基調に転じています。


 2010年ごろは、世界の政治・社会構造が大きく変化し始めた時期でもありました。SNSの普及、AI技術の発展、経済格差の拡大などを背景に、世界各地で分断が深化しました。その結果、食料やエネルギーなどの資源を外交や安全保障の手段(武器)として利用する動きが強まりました。


 2022年のロシアによるウクライナ侵攻は、その象徴的な出来事でした。小麦輸出大国である両国の供給不安は、世界の穀物価格を急騰させました。近年では輸出規制や関税措置も目立っており、「必要な時に必要な量を購入できる」という民主的で自由な貿易の前提が揺らぎ始めています。


 図10は、消費者が購入する食品に関わる主要な国際商品(コモディティ)の価格推移を示しています。カカオ豆やコーヒー豆、砂糖、小麦、トウモロコシ、さらには原油まで、多くの商品価格は長期的に高い水準で推移しています。


 短期的な変動はありますが、自由民主主義指数の世界平均が低下し始めた2010年ごろ以降、長期視点で価格水準が切り上がっていることが分かります。


 背景には、世界人口増加(食用・畜産用需要増)、原油価格長期上昇(輸送・肥料コスト増)、異常気象頻発懸念(供給減少リスク増)だけでなく、食文化欧米化(一人あたり食料需要増)、農産物需要多様化(脱炭素向け需要増)、技術依存傾向強(供給減少リスク増)、資源武器利用増(供給減少リスク増)、投資マネー増(価格振幅増)などが同時進行していることが挙げられます。


図10:食品価格に関わる国際商品の価格推移
スーパーエルニーニョが映す食料市場の大局観
出所:世界銀行のデータを基に筆者作成

 食料価格の短期的な値動きは異常気象などの個別の「イベント」によって左右されます。しかし長期的な価格水準を決めているのは、こうした構造変化が関わる「土台」だと言えます。


 食料価格を考える際には、「今年の天候はどうか」という視点だけでなく、「世界はどの方向へ向かっているのか」という大局観を持つことが、これまで以上に重要になっているといえそうです。今回のスーパーエルニーニョの件をきっかけに、大局観への意識を強めることが、求められているのだと思います。


[参考]農産物関連の投資商品例

国内個別株・ETF

丸紅(8002)
WisdomTree 農産物上場投資信託(1687)
WisdomTree 穀物上場投資信託(1688)
WisdomTree 小麦上場投資信託(1695)
WisdomTree とうもろこし上場投資信託(1696)
WisdomTree 大豆上場投資信託(1697)


外国株・ETF

ディアー(DE)
コルテバ(CTVA)
ニュートリエン(NTR)
アーチャー・ダニエルズ・ミッドランド(ADM)
ブンゲ・グローバルSA(BG)
ヴァンエック・アグリビジネスETF(MOO)
インベスコDBアグリカルチャー・ファンド(DBA)


国内商品先物

とうもろこし、大豆、小豆


海外商品先物

とうもろこし、大豆、小麦、大豆粕、大豆油


商品CFD

トウモロコシ、大豆、小麦、コーヒー、粗糖、ココア、綿花、生牛


(吉田 哲)

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