海辺の造船所やドックの近くを通ると、船体を支える台のうえで底をさらした船を見かけることがあります。よく見ると、船底やプロペラ、舵(ラダー)のまわりに、銀色や白っぽい板状のかたまりがあちこちに貼り付けられているのに気づくのではないでしょうか。
大きな船なら手のひらサイズから子どもの胸ほどの大きさまで。小さなプレジャーボートでも、シャフトやプロペラの根元に小さな塊がくっついています。塗装もされず、ぽつぽつと地肌をさらすあのブロック。実は、これがあるとないとで、船の寿命がまるで変わってくるという、とても重要な装備なのです。
正体は「防食亜鉛」もしくは「防蝕亜鉛」、「ジンクアノード」などと呼ばれる犠牲陽極です。船舶では、亜鉛合金陽極やアルミニウム合金陽極などが、船体外板やバラストタンク、プロペラまわりなどの防食に使われています。
なぜ、わざわざこうした金属のブロックを船体にくっつけるのか。その答えは「船体の代わりに溶けてもらうため」です。
鉄でできた船は、海水という塩分たっぷりの水に長く浸かると、表面の鉄がイオンになって溶け出し、酸素や水と結びついて、いわゆる「錆」になっていきます。放っておけば、鋼板はどんどん薄くなり、最悪の場合には船に穴が開くことすらある、というのが船にとっての海水の怖さです。
ここで活躍するのが、亜鉛と鉄の「イオンになりやすさ(イオン化傾向)」の差です。亜鉛は鉄よりもイオンになりやすい性質を持っています。
犠牲陽極から防食電流が流れることで、船体側の金属が腐食しにくい状態に保たれるのです。
200年の歴史をもつ"犠牲防食" わざと腐らせるから塗装はしないこの仕組みは「犠牲防食(ぎせいぼうしょく)」と呼ばれ、電気防食と呼ばれる技術の代表的な方式のひとつです。電気防食の歴史は古く、19世紀には、イギリスの科学者ハンフリー・デービーが、船体の銅板を守るために亜鉛や鉄を使う実験を行ったことが知られています。現在の犠牲陽極方式は、船舶や港湾施設、配管など幅広い分野で使われる防食工法として発展してきました。
犠牲陽極は、海水と電気的につながって消耗することで働く装備なので、表面を塗装で覆ってしまうと本来の役割を果たせません。使用しているうちに表面が白っぽくなったり、少しずつ減ったりしますが、重要なのは残量や消耗の進み具合です。
船底塗装やドック入りのタイミングなどで点検し、消耗が進んでいれば交換します。小型船では1年ごとの点検・交換が目安とされる例もありますが、実際の交換時期は使用環境や船の状態によって変わります。
取り付ける場所も、ただ船底に並べているわけではありません。船体外板やバラストタンク、プロペラまわり、海水取水管、熱交換器、ポンプなど、海水と接する金属部分の防食に使われます。
近年は、亜鉛合金陽極に加え、アルミニウム合金を主原料にした流電陽極も使われています。日本防蝕工業の「アラノード」はその一例で、船体外板やバラストタンクなどの防食に用いられるアルミニウム合金陽極です。有害物質を含まないことや、軽量であることなどを特徴とする製品もあります。
普段は海面の下で目立たず、少しずつ消耗しながら船を守っている銀色のブロック。実は目に見えない電気化学反応で船体を守る「頼もしい身代わり」と言えるのかもしれません。

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