アルゼンチン対カーボベルデ。ラウンド32のこの試合は、2026年のワールドカップを代表する一戦として、長く語り継がれることになるかもしれない。
アルゼンチンは19回目のワールドカップ出場で3度の優勝を誇る世界屈指の強豪だ。一方、アフリカ西沖の大西洋に浮かぶカーボベルデは、人口わずか約50万人。10の火山島からなる小さな国がワールドカップに出場した。
カーボベルデ代表の26人の市場価値をすべて合わせても約5450万ユーロ(約98億円)とされる。それは、リオネル・メッシがインテル・マイアミで受け取る年間報酬に届かない。ちなみにメッシの総資産はすでに10億ドル(約1600億円)を超えており、その規模はカーボベルデという国全体の1年間に生み出すGDPのおよそ3分の1に相当する。
ピッチの両端でこの日ゴールを守っていたGKを比べても現実は厳しい。アルゼンチンの守護神エミリアーノ・マルティネスは、プレミアリーグのアストン・ヴィラに所属し、年間約900万ユーロ(約17億円)を受け取る世界最高峰のGK。
世界王者を率いるリオネル・スカローニ監督の推定年俸は約260万ドル(約4億2000万円)。対するブビスタ監督は約12万ドル(約2000万円)と、何もかもが違う。まるで別の惑星から来たかのようなふたつの国だった。もしサッカーが、国の規模や経済力だけで勝敗が決まるスポーツなら、この試合にドラマなど存在しなかっただろう。
だがサッカーは、審判がキックオフの笛を吹いた瞬間から、こうした数字が意味を失うスポーツでもある。ピッチの上では金も歴史も人口も関係ない。そこにいるのは同じボールを追い、同じゴールを目指す22人だ。そのことを、この試合は私たちに思い出させてくれた。
【メッシの言葉にも相手への敬意が】
カーボベルデ代表の愛称は「青いサメ」。かつてサメ漁で生計を立て、海で巨大な獲物と向き合ってきた人々の歴史が、その名の由来である。
この快進撃は世界を驚かせた。だが、アフリカサッカーを知る者にとっては、決して偶然の出来事ではなかった。彼らは予選で同組のカメルーンを抑え、トップでこの舞台へたどり着いた。実力があったからここまで来たのである。ただ、その強さを知る者にとっても、アルゼンチン戦での彼らの戦いぶりはさすがに驚きだった。
試合前、ブビスタ監督は選手たちにこう伝えた。
「相手はモンスターではない。同じ人間だ。
選手たちは、その言葉を最後まで信じた。カーボベルデの2点目となる同点弾を決めたシドニー・ロペス・カブラルはこう語っている。
「目の前の試合に勝つことしか考えていなかった。この先、自分に何が起こるかなんて、一度も考えなかった」
それがカーボベルデの強さだ。名声でも未来でもない。ただ、試合後に勝っていることだけを目指して彼らは戦った。そしてその純粋さが世界王者を追い詰めた。
延長戦の末に3-2で試合を制したアルゼンチンは、勝者とは思えないほど疲弊していた。翌日になっても動ける選手はほとんどいなかったという。「もしPK戦になっていたら、まともにボールを蹴れる選手はひとりもいなかった」という選手の声も漏れ聞こえた。
「試合中はあれだけ削ってきたのに、終わったらみんな握手を求めてきて、ユニフォームまでほしがるんだ」
試合後のメッシの言葉である。苦笑いすると同時に、そこには敬意もこめられていた。
私はこの試合を見ながら何度も日本代表のことを考えた。カーボベルデも日本も、ベスト32で強豪に敗れたという意味では同じである。しかし、何かが違うように感じた。
カーボベルデは最後まで自分たちを疑わなかった。集中を切らさなかった。「勝てるかもしれない」ではなく、勝つために戦い、その姿勢を120分間、貫いた。相手の名前ではなく、目の前の試合だけを見つめていた。
ブビスタ監督はこうも言う。
「我々は相手の戦術と技術に左右されなかった。ただ自分たちの強みであるフィジカルを生かし、あとはメンタルを強く持つことだけを目指した」
ブラジルという名前に押され、自分たちの戦い方を捨てて守備に徹してしまった日本にとって、この考え方は今後の大きなヒントになるのではないかと私は感じた。
48チームが出場することになったワールドカップには多くの批判もある。
しかし、この試合は別の答えを与えてくれた。巨大な格差があるからこそ生まれる物語がある。世界王者と小さな島国。決して交わることのないふたつの世界が、同じ芝生の上で同じ夢を追いかける。サッカーという競技がなぜ世界中の人々を魅了し続けるのか、その答えを教えてくれた名勝負だった。

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