ホンダ・レーシング(HRC)チーフエンジニア
湊谷圭祐インタビュー@後編
with白幡勝広(元ウイリアムズ・メカニック)

◆「湊谷圭祐×白幡勝広」前編>>2026年版パワーユニットで苦労している点は?

 超複雑なF1の2026年型パワーユニット(PU)を操るうえで、ドライバーの技量はどのような場面で表れるのか。ホンダのPUを支える湊谷圭祐チーフエンジニアが、マックス・フェルスタッペンやフェルナンド・アロンソ、ランス・ストロールの知られざる能力を明かす。

さらに、苦戦のなかで進める開発と、シーズン後半戦に投入される「スペック2」への期待を聞いた。

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【F1】湊谷圭祐HRCチーフエンジニアが感じたトップドライバ...の画像はこちら >>
── エネルギーマネジメント用のモードを使い分けるドライバーについて聞かせてください。レース中は無線でも頻繁にスイッチ変更の指示が飛びますよね。たとえばルイス・ハミルトン(フェラーリ)はレギュレーションやエネルギーの使い方をよく理解していて、状況に応じて素早くスイッチを切り替えている印象があります。

「速いドライバーは、スイッチ操作も速いです。こちらがお願いすると、すぐに対応してくれます。ドライバーは走行中、当然ドライビングに集中したいはずですが、トップドライバーほどコーナリング中でも迷わず操作できるんです。

 逆に言えば、それだけドライビング以外のことに意識を割く余裕があるということだと思います。これまで担当してきたドライバーたちを見ても、その傾向は共通していますね。

 なかには、こちらが指示する前に自分で設定を変更するドライバーもいます。その内容を見て、『その判断が正解だよね』と思うこともあります。特にマックス(・フェルスタッペン)はそうでしたね。

 フェルナンド(・アロンソ)はまだそこまでではありませんが、自分から提案してくることはあります。ホンダ製PUへの理解が深まれば、いずれそのレベルに達するのではないかと思います」

── ランス・ストロールはどうですか?

「ランスのいいところは、コメントが非常に率直なことですね。シーズン序盤はPUの性能不足ばかりに注目が集まっていましたし、開幕戦後のデブリーフィングでもフェルナンドはその話題が中心でした。実際、性能面で苦しんでいたのは事実なので、我々としても『そのとおりだな』と思っていました。

 ただ、その後にランスは『車体側も開幕前テストからほとんど速くなっていないし、高速コーナーでは負けている。ギアボックスにも課題があるよね』と率直に指摘したんです。何がよくて、何がよくないのかを、非常にフラットな視点で見ています。遠慮せず、ストレートに意見を言ってくれるタイプですね」

【全開率の上がり方がきれい】

── それは、僕もウイリアムズ時代に彼を見ていて感じました。ドライバーとしてだけでなく、お父さん譲りなのか、ビジネス的な視点でも物事を見ている印象があります。

 僕はエンジニアではないので技術的な議論を聞く立場ではありませんでしたが、シートやヒールレストを何度も作り直したり、複数の仕様を用意して決勝直前まで調整したりしていました。自分にできることはすべてやる、という姿勢が強いドライバーだと感じましたね。逆に、アロンソの優れている点はどこだと感じますか?

「とにかく頭がいいですね。特にエネルギーの使い方が非常に賢いと感じます。

 今年は決勝中にブルーフラッグを受ける場面が多いのですが、単純にストレートエンドでリフトオフ(アクセルペダルから完全に足を離す行為)して譲ると、エネルギー面で損をしてしまいます。そこでフェルナンドは、エネルギーをセーブするボタンを使いながらスロットルは全開のまま走り、タイムロスを最小限に抑えます。

 さらに、オーバーテイクモードのディテクションポイント(検知地点)を過ぎたところで抜かせるように調整し、自分はオーバーテイクモードの権利を確保する。そうすることで、抜かれた後の1周を速く走れるんです。こうしたことを、こちらから細かく指示しなくても、自分で考えて実行しています」

── それもドライビング中に余裕があるからこそできることなんでしょうね。

「それと、速いドライバーに共通しているのは、フリー走行や予選での全開率の上がり方がとてもきれいなことです。レーシングラインやスロットルの踏み方が正確だからこそ、段階的にパフォーマンスを引き上げていける。トップドライバーは、その精度が明らかに違うと思います。

 マックスがまさにそうでしたし、フェルナンドも同じ傾向があります。今年は予選で十分に走れていないので、その先まではまだ見えていませんが、フリー走行の段階から非常にきれいに積み上げていきます。

 アタックラップごとに薄皮を一枚ずつ削っていくような再現性がありますし、自分がどれだけマージンを持っていて、それをどこまで削れるのかを正確に把握しているのでしょう。そうした傾向は、これまで見てきたトップドライバーたちに共通していましたね」

【ストレート性能の向上に期待】

── 前半戦はPUのパフォーマンスがライバル勢に後れを取り、トラックサイドのエンジニアとしては、セッティングや運用面で工夫を重ねても現行ハードウェアでは限界があるというフラストレーションもあったと思います。そんななかで、開発拠点であるHRC Sakuraとはどのように連携を取っているのでしょうか?

「現場で最大限の努力をしても、アップデートが入るまでリザルトは大きく変わらないだろうという思いはあります。

ただ、それでモチベーションが左右されることはありません。

 レースでは、今あるものを最大限に生かし、少しでも速いラップタイムでゴールまで届けることが自分たちの使命です。その過程で得られる開発へのフィードバックも非常に多く、特に今はそこが一番の肝だと思っています。

 目の前のレースを速くすることも我々の仕事ですが、将来のクルマを速くすることも同じくらい重要な仕事です。だからこそ、勝っている時よりも苦しい状況にある時のほうが、自分たちの能力を発揮できる場面が多いと思います。そういう意味では腕の見せどころですね。

 楽しんでいると言うと語弊があるかもしれませんが、エンジニアリングのチャレンジとしては非常にやり甲斐があります。チーム全員がそういう姿勢で取り組んでいます」

── シーズン後半戦にいよいよ実戦投入されるスペック2に期待することと、後半戦に向けた思いを聞かせてください。

「これまでは特にストレート性能で苦戦していたので、まずはそのパフォーマンス向上に期待しています。

 ICEのパワー向上によるダイレクトな効果はもちろんありますが、全体の出力が底上げされれば、コーナリング中のパーシャル回生量も増やせますし、スーパークリップに頼る時間も減らせます。その結果、ストレート性能だけでなく、車体側のパフォーマンス向上にもつながるはずです」

【HRC Sakuraで重点的に開発】

── 新しいICEのセッティングを最適化する作業も、新たなチャレンジになると思います。そこに対する不安はありませんか?

「どのメーカーもピークパワーを重視して開発していますが、コーナリング中のICEは発電機としてフル稼働しています。

そうした領域でのトルクデリバリーは、ドライバビリティに直結しますし、重要なポイントになってくると考えています。

 今回のスペック2では、燃焼コンセプトもこれまでと少し変わります。各メーカーがパワー開発に注力してきたからこそ、そうした部分がより重要になってくると思います。その点はSK(HRC Sakura)も十分認識していて、重点的に開発を進めてくれています。

 もちろん、実際に走り始めれば、現場でのファインチューニングは必要になります。新しいパッケージを投入してすぐにラップタイムへ結びつけるためにも、その事前準備は重要です。

 SKでは事前にマッピングを行ないますし、我々も『ドライバーからこういうコメントが出たら、このように対応する』というシナリオをあらかじめ準備しています。そうした積み重ねが、新しいパッケージの力を最大限に引き出すことにつながると思っています」

── ありがとうございました。後半戦の飛躍に期待しています。

(了)


【profile】
湊谷圭祐(みなとや・けいすけ)
慶應義塾高、慶應義塾大学理工学部機械工学科を経て、2009年に慶應義塾大学大学院理工学研究科修士課程を修了し、本田技研工業に入社。量産ハイブリッド車のエンジン開発を経験したのち、2013年よりF1用パワーユニット(PU)の開発に携わる。2016年からマクラーレンとのレース活動に参加し、2018年にトロロッソ、2019年にレッドブルのトラックサイドPUエンジニアを担当。

2023年にHRCのチーフエンジニアに就任した。現在はアストンマーティン・ホンダでエンジニアリング全体を統括する一方、フェルナンド・アロンソ車のPUエンジニアも兼任している。

白幡勝広(しらはた・かつひろ)
1973年1月28日生まれ、東京都出身。東京工科専門学校の教師として学生を指導していたが、ヨーロッパのチームでメカニックになる夢を追いかけて2004年に渡英。ベルギーのF3チームを経て、2006年にウイリアムズのテストチームのメカニックとして採用される。2008年よりトップチームに昇格し、中嶋一貴、ニコ・ヒュルケンベルグ、ブルーノ・セナ、バルテリ・ボッタスなどの担当メカニックを歴任。現在はフジテレビNEXTのF1解説などで活躍中。

米家峰起●取材・文 text by Mineoki Yoneya

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