角田裕毅(レーシングブルズ)の全身から、F1マシンのコクピットに戻ることができる喜びがあふれていた。

 それはすなわち、この9カ月の間、彼がどれだけF1を渇望してきたか、ということの裏返しでもある。

「毎戦モニターでレースを見ていて、ストレスを感じるとかそういうわけじゃないですけど、『本当に戻りたい、また走りたい』という気持ちは強かったですからね」

【F1】角田裕毅、9カ月ぶりのレース復帰に感謝の言葉 「シー...の画像はこちら >>
 角田がイザック・アジャの負傷と、それにともなう代役出場の可能性を聞かされたのは、8月18日の火曜日。休暇を兼ねたトレーニングでギリシャに来たばかりだった角田は、すぐにイギリスへ取って返して、水曜日にミルトンキーンズのファクトリーでレーシングブルズのシミュレーターに乗り、代役出場の準備をした。

 この時点では、まだアジャの欠場が確定していないほど、急な話だった。

 だからこそ、角田は驚くほど落ち着いてもいた。

「まったくの予想外の展開だったので、できるだけ冷静でいようとはしていますし、実際にすごく落ち着いています。

(アジャの容態を)聞いたら意外と大丈夫で、(アジャがドライブできて自分は)乗れなくなる可能性もあるということだったので、その時点ではあんまり大喜びもしたくないなという気分でした。いつものサーキットに向かう時とは違う気分でオランダに行けるとは思いましたけど、特にものすごく楽しみというか、すごく特別な気分というほどではなかったんです」

 リザーブドライバーとしてほぼ全戦に帯同するかたわら、2月からレッドブルのシミュレーターをドライブして、チームのテストアイテムをトライし、2026年型マシンへの習熟を進めてきた。だが、実車のドライブ経験はまだない。そしてレーシングブルズのマシンも、シミュレーターですら試したのは、このオランダへ来る前日のセッションが初めてだった。

【新人リンドブラッドとの比較も注目】

 しかし、チーム自体は5シーズンにわたって在籍した勝手知ったる場所であり、レースエンジニアもずっとパフォーマンスエンジニアとして長く一緒に戦ってきた「友だちみたいな関係」の人物。マシンの基礎的なシステムもレッドブルと共通するところが多く、適応には問題なさそうだという。

「レーシングブルズのシミュレーターは、昨日(8月19日)初めてドライブしました。なので、マシンに対する理解度という点では、レッドブルのマシンのほうが深いのは事実です。

だけど、ステアリングのボタンなどは去年までとほとんど変化がないので、どれがどの機能なのかは把握できています。

 今のところは混乱したり、頭がパンクしたりといったことはなくて、ほぼ想定どおり。レッドブルからレーシングブルズへの移行は、スムーズにできると思います」

 オランダGPはスプリント週末であり、フリー走行は1回しかない。マシンも初めてなら、2026年の新レギュレーション下で実戦を走るのも初めての角田にとっては、決してラクな状況ではない。

 ここで実力を証明できれば大きなアピールになる反面、新人のアービッド・リンドブラッドに大差をつけられれば逆効果にもなり得る。

 しかし、角田自身はプレッシャーを感じることなく、そして変に興奮しすぎることもなく、落ち着いている。

 その背景にあるのは、この9カ月間で痛いほど味わってきた「もう一度乗りたい」というF1への渇望と、一度失ったからこそわかる「かつての自分がどれだけ恵まれていたのか」という気づきだ。

「今まで当たり前だった世界が当たり前じゃなくなった時に、どれだけ今まで楽しませてもらっていたんだということがわかったのと、今乗ったらもっと違う観点で楽しめるだろうなというのと。そのチャンスがもらえるのはかなり難しいだろうと思っていましたけど、もしチャンスがもらえたら、思う存分に楽しみたいなと思っていました」

【角田が即答したオランダGPの目標】

 レッドブルではなくレーシングブルズのシートがあてがわれたことについても、「どっちのマシンだろうと構わないし、理解もできます。そもそも、シートがあるということだけで十分幸せです」と、もう一度F1マシンをドライブできる喜びを純粋に噛み締めている。前日のシミュレーターでの準備作業ですら、1周1周が楽しくて仕方がなかったというほどだ。

「この白いチームウェアを着るとホームに帰ってきたという感じがしますし、たくさんの人たちがおかえりと歓迎してくれました。

本当にここに来た瞬間から文字どおりリラックスしていて、心地よさを感じています。

 それは僕にとって、とてもいいこと。心からずっと待ち望んでいたこのチャンスをもらえただけで、天にも昇るような心地です。今はレーシングブルズでレースをすることに、本当にワクワクしていますよ」

 プレッシャーがかかる状況だが、角田自身にその様子はない。与えられた環境に感謝し、ドライビングを心から楽しむ。

 今週末の目標を聞かれた角田は、一切の迷いなく即答した。

「楽しむことです。思いっきり楽しんで、自分の100%のパフォーマンスが出せればと思います」

 角田がこれほど純粋な気持ちでレースと向き合えたのは、いつ以来だろう。F1を目指してがむしゃらに走っていたFIA F2、いや、もしかするとFIA F3よりも前かもしれない。

 あの頃のように、心からレースを楽しんで、角田裕毅らしいレースを見せてもらいたい。

 きっとそれが、未来につながるはずだ。

米家峰起●取材・文 text by Mineoki Yoneya

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