名将たちの人心掌握術(3)
ジョゼ・モウリーニョ(後編)
【前編】『モウリーニョはなぜ通訳から一流監督になれたのか 目の前の人間の心を震わせる「言葉の力」』>>
「モウリーニョの練習はとても楽しくて、"自分はこのチームのなかで大切な存在"という気持ちにさせてくれた。そのおかげで、選手たちは役目を認識し、一丸になって戦うことができたんだ」
インテル時代、ジョゼ・モウリーニョの麾下(きか)でプレーしたアルゼンチン人FWエルナン・クレスポはそう述懐したが、だからこそ欧州制覇を実現できたのだろう(2010年、チャンピオンズリーグ優勝)。
ポルトガル人指揮官モウリーニョは、選手を"催眠状態"にするほどのカリスマ性を持っていた。その事実はモウリーニョ自身をも、いつのまにか高揚させていたのではないだろうか。
「私は特別な存在だ」彼は自らを「Special One」と公言し、物議をかもすこともあった。こうした発言をする監督は、たいてい信頼を失うものだ。「勝ち星やタイトルを重ねることで傲慢になった」と呆れられ、求心力が揺らいでも不思議ではない。
しかし、この時代のモウリーニョは「特別な存在」として突っ走っていた。記者会見場を役者の舞台のように捉えていた節があり、彼は主演で、ディレクターで、プロデューサーだった。相手監督を公然と罵(ののし)り、審判を追い込むような言葉も発した。レアル・マドリード時代、バルセロナとのクラシコでは、コーチだった故ティト・ビラノバ(フランセスク・ビラノバ)の目に指を入れる蛮行に及んだことまであった。
マネジメントを劇場化したリーダーが辿り着く先とは?
モウリーニョは選手の戦闘力を上げるため、モチベーションを最大限まで高めてきた。言葉の使い手である彼にとって、それは難しいことではなかったはずだ。反則ギリギリ、暴力性も帯びるほど、好戦的な選手に変身させたのである。
かつて世界に冠たるレアル・マドリードを率いていた頃、その最たる例がポルトガル代表センターバック、ペペだった。荒っぽいディフェンスが目に余るようになり、相手にケガをさせてもおかしくないスライディングタックルを連発した。
【「選手の気持ちとシンクロする能力」】
ペペはもともと温厚で知的な選手なのだが、癇癪(かんしゃく)持ちだっただけに、一度我を失うと手がつけられなくなるところがあり、モウリーニョという触媒により、感情の抑制を外されてしまったようだった。ペペは次第にカードをもらうことが増え、退場も珍しくなくなった。その攻撃性は完全に暴力へと変化していた。モウリーニョの"催眠"に深くかかってしまったのかもしれない。
モウリーニョの勝利への執念は、暴力をも正当化するようになっていた。その荒っぽさがペペだけでなく、多くの選手にも現れるようになった。ファビオ・コエントラン、アルバロ・アルベロアなど、ディフェンスには顕著だった。2011-12シーズンは、ラ・リーガで優勝を飾っているにもかかわらず、ラフプレーが増加したことで評判は最悪だった。
「マドリディスモ(マドリード主義)にふさわしくない!」
OBや古くからのソシオ(クラブの会員)も、下品な戦いを続けるモウリーニョを敬遠するようになっていた。やがて、フロレンティーノ・ペレス会長も距離を置くようになり、2012-13シーズン限りでの退任が決まった。
当時、レアル・マドリードの中盤を操っていたMFシャビ・アロンソ(現チェルシー監督)は、以下のように語っていた。
「モウリーニョは世間でいろいろ言われるが、選手の気持ちとシンクロする能力には驚かされた。彼が伝える言葉を選手は信頼することができたし、それはすばらしいことだった」
モウリーニョが優れたリーダーだったことは間違いない。しかし、いつからかリーダーを演じるようになっていたのではないか。自らが作り出した劇場の主役になって、自らが役を演じるように戦い続けた。モウリーニョという役を演じる自分を励まし、覇気を漲(みなぎ)らせて集団を率いていた。監督はひどいプレッシャーにさらされる職務だけに、あるいは演じることによって思いきった采配ができたのかもしれない。
その神通力は今も通用するのだろうか。価値観、道徳観、サッカー観......さまざまなものが日々、変化している。
2013年にレアル・マドリードを去ったあとのモウリーニョは、チェルシー(第2次政権)、マンチェスター・ユナイテッド、トッテナム、ローマ、フェネルバフチェ、ベンフィカと指揮を取ってきたが、結果は下降線をたどっている。2026年2月には、ベンフィカを率いてチャンピオンズリーグ(CL)ラウンド16をかけてノックアウトフェーズプレーオフを戦ったが、レアル・マドリードの前に轟沈した。そのベンフィカは、シーズン初めにフェネルバフチェを率いていたモウリーニョがCL出場をかけたプレーオフで負けた相手だった。
かつての威光は、いつのまにか消えている。「モウリーニョはモウリーニョという役を演じきって、ひとつのサイクルを終えた」とも言われる。高潔だったプレースタイルは勝利至上主義に陥り、退屈なアンチサッカーになってしまった。選手たちがそれに飽きて、士気のも低下した。
「つまらない」と、かつては神格化していたファンまで、そっぽを向くようになってしまった。
はたして、2度目のレアル・マドリードの監督として華々しい"再起の狼煙"を上げることはできるのだろうか?
ともあれ、モウリーニョは劇場化によって目覚ましい成功を手にしたと言える。それはアカデミー賞ものの演技だった。たとえ彼に失格の烙印が押されることになったとしても、2026年に再び世界に冠たるクラブの監督に就いたこと自体、モウリーニョが本当に「Special One」だったからかもしれない。
ジョゼ・モウリーニョ
1963年、ポルトガル・セトゥーバル生まれ。ポルトガル2部でプレーしたが、プロ経験はない。現役引退後、体育の教師やユースチームの指導者を経て、ボビー・ロブソンの通訳としてスポルティングのスタッフ入り。バルセロナでも通訳やアシスタントコーチを務め、2000年、ベンフィカの監督に就任。
小宮良之●文 text by Yoshiyuki Komiya

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