例外的に容認されるのは、公共交通機関が少ない地域での通勤や、障害者の通院など、やむを得ない事情がある場合です。しかし、法令等が定める要件を満たしていても、頑なにクルマの保有を認めない自治体もあり、地域格差が存在するのが実情です。
車の保有を認める「例外」へのハードルが異常なまでに高いケース、判断基準が不透明なケース、主治医の診断など切実な事情があっても考慮されないケースなどがみられます。
そんな中、裁判所は、生活保護法の趣旨に反する行政の取り扱いに対し、厳しい判断を下すようになっています。しかし、現場では今なお、法の趣旨を逸脱した違法・不当なケースがしばしば見られます。(行政書士・三木ひとみ)
裁判例から伺える“司法の視点”
まず、近年の重要な裁判例として、生活保護受給者の自動車保有に対する制限の適法性が裁判で真っ向から争われた鈴鹿市の事件(名古屋高裁令和6年(2024年)10月30日判決。最高裁が市側の上告を受理せず確定)を紹介します。この事件の原告は、膀胱がんを患い歩行が困難な母親と、難病を抱えた子(男性)です。
母子は生活保護を利用し、子の通院のため自動車の使用が認められていました。鈴鹿市が運転記録の提出を要求したのに対し、母子は応じず、子の通院以外に、母の通院にも自動車を使っていたことを理由に、生活保護の支給を停止しました。
そこで、母子は、鈴鹿市を相手取り、処分の取り消しと国家賠償を求め、訴えを提起しました。
一審・津地裁判決、二審・名古屋高裁ともに、停止処分を違法として取り消し、国家賠償請求を認めました。
名古屋高裁は以下の理由により、停止処分が「相当性を著しく欠くもので、行政権の裁量を逸脱した違法がある」と断じました。
①「車両に処分価値はなく、本件車両の維持費等は、母子の生活保護の範囲内で賄っていたことに照らすと、母子の日常生活に不可欠な買物等の必要な範囲において本件車両を利用することは、むしろ、被控訴人らが自立した生活を送ることに資する面があった」
②「車両を遊興・娯楽等のために利用していたとか、被控訴人らが本件車両の利用に際し、通院や移動に要する費用やサービスを新たに要求したり、虚偽の申告をしたり、不正の手段を用いたりしてその費用を支出していたなどといった事実は、本件全証拠によっても認められない」
③「おのずと月に必要な運行距離は分かることからすると、被控訴人らの本件車両の利用状況を把握するために、被控訴人らに上記の各事項を全て正確に記録することを指示する必要性は、相当低かった」
④「保護の停止をすれば、母子の医療費等について支出が困難になり、母子の日常生活だけではなく、生命の危険も生じかねず、 母子が被る不利益は非常に重大なものであった」
生活保護法は、その目的が「最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長すること」にあると明示しています(同法1条)。この趣旨に照らせば、市の処分は本末転倒といわざるを得ず、判決がこれを違法と断じたのは当然といえます。
「法の趣旨に反する疑い」ある扱いは今も
そのほか過去の裁判例においても、障害者の通院における自動車の必要性や実情を十分に考慮せずに行われた保護の停止処分は、「裁量権の逸脱であり違法」と判断されています。国や自治体側に、従来の硬直化した自動車保有の制限や運用の見直しを迫る契機となったことは、現場の過剰な指導指示に対する警鐘といえるでしょう。
行政の担当者が例外規定は存在しないかのように振る舞い、一律に処分を迫ることはもはや司法の場では通用しない時代となっています。
しかし、現場では、今なお、法の趣旨に違反している疑いのある扱いがみられます。以下に紹介する事例は、いずれも現在も進行中のものです。
就労継続の命綱を断つ行政指導
岐阜県で暮らすサエさん(仮名・30代女性)は、幼い4人の子どもを抱えながら自立した生活を目指し働き続けてきたシングルマザーです。しかし、収入が国の定める最低生活費に満たず、生活保護の申請を行い、すみやかに保護開始決定を受けました。彼女が生活保護申請時に生業としていた仕事を継続するためには、どうしても自動車の利用が必要でした。週に一度、距離の離れた施設に赴く業務があり、その際には社用車を利用することができず、自己所有の車を用いる必要があったのです。
所有している自動車は古く、資産価値もほぼない状態であり、自賠責保険は有効で任意保険にも加入していました。制度上、保有が認められる条件は満たしていました。
しかし、福祉事務所の担当職員からは「車の保有、乗車は基本認められず、次回訪問時にメーターの写真を撮り、車は処分するよう行政指導する」と通告されました。
サエさんは生活保護制度上、原則として車の使用ができないことは理解しており、許可が下りていない状態での運転を控えました。しかし、このままでは仕事を継続することができなくなる恐れがあります。
サエさんは、国の定める最低生活費以上を自力で稼げるようになり、早期に生活保護制度から抜け出すことを視野に入れています。それにもかかわらず、杓子定規な行政指導に従って車を処分してしまえば、現在の就労すら不可能となり、かえって自立が遠のいてしまうでしょう。
サエさんは法令に基づいて自動車の保有と利用を認めるよう強く要望し、その可否を必ず書面で通知するよう求めました。働く意欲のある者から、就労の足を取り上げることが、生活保護法の目的である「自立の助長」に本当に合致するのか、現場の運用が問われている事例です。
身体の激痛を抱え、交通空白地帯で暮らす
地方で深刻な身体的障害を抱えながら暮らす人にとっても、移動手段が奪われることは死活問題となります。群馬県で暮らすレイヤさん(仮名・50代男性)は、糖尿病の悪化により足が壊死状態となり、歩行が極めて困難な状態にありました。生活保護申請時には、こうした身体的事情が考慮され、ローンも完済済みの古い車の保有と使用が認められていました。
病院へは痛みが出る都度、買い物にも最低で週2回程度、通わなければなりません。レイヤさんは身体的理由から公共交通機関を利用することができず、自宅からバス停までの坂道を自力で上っていくことすら不可能な身体です。
限られた生活保護費の中で、通院にタクシーを利用することは到底現実的ではありません。車は任意保険にも加入しており、ローンも残っておらず、制度上車の保有利用が認められるケースでした。
ところがある日、担当ケースワーカーから突然、「障害年金が支給されるのだから、今後は自動車の使用は認めない」と口頭で告げられたのです。
障害年金が支給されたからといって、壊死した足が治るわけでも、バス停までの急な坂道を登れるようになるわけでもありません。レイヤさんは法に基づく自動車保有の継続を強く要望し、もし不許可とするのであれば、その理由と共に不服申し立ての教示を書面で交付するよう求めました。
口頭での通告だけで当事者の権利を奪う行政の姿勢は、適正手続の観点から大きな問題があります。
精神疾患等を抱えた受給者の苦しみ
身体的な障害だけでなく、精神疾患や外見に関わる疾患を抱える人々にとっても、公共交通機関の利用は健常者が想像する以上の高いハードルとなることがあります。茨城県のヤマトさん(仮名・40代男性)は、以前勤めていた会社で凄惨なモラハラ(職場いじめ)を受け、うつ病を患いました。仕事のことを考えるだけで過呼吸の発作を起こし、働けない状態になりました。
人混みのある場所に行くと過呼吸となり、そこから吐き気を引き起こしてしまうため、人前で嘔吐する恐れから公共交通機関の利用が一切できず、車がなければ病院に行くことすらできない状況です。さらに腰部脊柱管狭窄症の手術をしており、下半身の痺れや痛みで長時間の歩行ができない体です。
家から最寄り駅まで数キロメートル離れています。妻も持病で病院通いをしており、妻の送り迎えにも車の利用が必要不可欠です。車なしでは完全に孤立してしまう状況のため、自動車保有の特例適用を訴えています。
兵庫県のキリコさん(仮名・60代)もまた、うつ病を患い仕事もできず、日常生活に支障をきたしていました。
やむを得ず、通院のたびにタクシーを利用していました。通院時のタクシー代は、一定要件を満たせば『移送費』として別途支給される可能性がありますが、その手続きを知らず、案内もされないまま、自身の生活保護費から捻出、生活を著しく圧迫していました。
ローンもない古い車を保有しているものの役所の許可がないため運転できず、保険料だけを支払い続けている状態でした。タクシー代で生活が破綻するのを防ぐためにも、車の利用を切望しています。病状が落ち着けば就職を希望していますが、人混みに耐えられないためやはり通勤にも自家用車が必要不可欠である状態です。
静岡県のミナミさん(仮名・50代女性)は、重度のアトピー性皮膚炎を患い、仕事のストレスから症状が悪化し辞職に追い込まれました。肌の露出もできないほど状態は悪く、人を不快にさせるのではないかと常に気にしており、心無い言葉を他人から投げかけられる辛さから、通院時に一切公共交通を利用できなくなってしまったといいます。
面接で健康状態を隠して就職活動をしても上手くいかず、生活保護申請に至りましたが、病状が落ち着けば市外の会社への就職を希望しています。ミナミさんが希望する職種の勤務時間は深夜早朝を含むため通勤には車が必要です。資産価値のない古い車を使用し、再就職を実現するためにも自動車の保有を願い出ています。
主治医の診断すら軽視される福祉の現場
自動車保有をめぐり、行政の裁量権がどのように暴走し当事者を追い詰めるのかを如実に示しているのが、福岡県のある自治体におけるナナさん(仮名・30代女性)の事例です。ワンオペ育児の末にうつ病を発症したナナさんは、生活保護の相談に訪れた窓口で、まずいわゆる『水際作戦』に遭いました。
僻地への定期通院に加え、障害を抱え不登校となっている小学生の息子のための専門医への通院にも送迎が必要でした。また、ナナさん自身も障害を抱え、歩行が困難な状態でした。客観的事実に基づき、主治医からは正式に「自動車の利用が必要である」旨の診断書が発行され、福祉事務所へ提出されていました。
聞けば、当時自費で診断書を取得したというので(公費で受診命令あるいは役所から病院への照会をかけてもらえば無料であるため)行政書士が理由を尋ねたところ、前任のケースワーカーから「病院へ確認したところ、自動車は必要ないとの回答だった」という不可解な説明がなされたといいます。
不審に思ったナナさんが主治医に直接確認したところ、病院側には福祉事務所からの問い合わせはなかったということでした。そのため、ナナさんはやむなく自費を投じて診断書を作成してもらい、提出するという負担を強いられたのです。行政がウソをつく。あってはならないことが「あった」とは認めてもらえず、うやむやにされましたが、自動車保有利用は認められました。
ところが、今年になって担当が変わった現ケースワーカーは、突如として再び「今後の自動車の保有を認めない可能性がある」と通告してきたのです。今まで自動車を認めてもらっていて、状況も変わらないのに突然、自動車の処分を迫られたという行政書士(私)への相談は、残念ながら特殊なケースではありません。
受給者にも行政側にも不利益をもたらすケース
自動車の保有制限は、当事者本人だけでなく、支援を行おうとする側の手足をも縛ることがあります。茨城県に住むシンタロウさん(仮名・30代男性)は、生活保護を受給しながら一人暮らしをしている母親・アキエさん(仮名・60代)の支援に頭を悩ませていました。親族の大半は他界し、高齢の兄弟も入院中で寝たきりであるため、母を支援できる親族は一人息子のシンタロウさんしかいませんでした。
ところが、シンタロウさん夫婦は仕事の関係で他市に転居することになりました。同じ県内とはいえ車で約1時間30分を要し、緊急時にすぐ駆けつけることが現実的に難しい距離です。
アキエさんは、せめて緊急時だけでも車の利用を認めてほしいとケースワーカーに相談するも聞く耳を持ってもらえません。茨城県は土地柄、津波警報が発令されることも多く、独居の母親が適切な行動を取れずに不安を抱えたことを聞き、シンタロウさんは、車ですぐに駆けつけることができる自らの生活圏内へ母を転居させる必要性を痛感しました。
しかし、生活保護費のみで生活する母親には転居に必要な初期費用(敷金、礼金、荷物搬送費等)を負担する力はなく、シンタロウさん自身も経済的余裕がないため継続的な支援は困難でした。そのためシンタロウさんは、福祉事務所に対して生活保護制度における転居関連費用の支給を申請しました。
引越費用の支給申請は認められ、転居がかなったものの、緊急時の車の使用を認められなかったために転居を余儀なくされたことへの疑問は残ります。また、このような理由で転居費用が公費で支給されると、自治体間での不公平感、責任の押し付けの側面も否めません。
真の意味での「自立助長」実現のために
生活保護法の目的は、上述した通り、単に生存を維持することにとどまらず、当事者の自立を助長することにあります(同法1条)。行政に与えられた権限は、受給者を監視・統制し、尊厳を傷つけるためのものではありません。
国民が生活保護制度の運用を厳しく監視しつつ、受給者側は違法・不当な行政行為に対しては、毅然と書面による回答を求めることや、審査請求や処分の取り消し訴訟を起こすことは、正当な権利として保障されています。社会全体でこの問題に光を当て続ける必要があります。他人事ではなく、明日は我が身なのです。
■三木ひとみ
行政書士(行政書士法人ひとみ綜合法務事務所)、社会保険労務士(ひとみ社労士事務所)。官公庁に提出した書類に係る許認可等に関する不服申立ての手続について代理権を持つ「特定行政書士」として、これまでに全国で1万件を超える生活保護申請サポートを行う。著書に『わたし生活保護を受けられますか(2024年改訂版)』(ペンコム)がある。

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