生活保護を受給しながら犬や猫と暮らすことについて、ネット上でしばしば議論が巻き起こります。
お金がないなら飼うな」「税金でペットを養うなんて許されるのか」または「生活保護を受けたいけれど、犬や猫がいるから無理だと言われた」など。

しかし、生活保護と動物をめぐる問題は、SNSで騒がれるような当事者の「勝手」や「甘え」という単純な次元の話ではありません。
現実問題として、「すでにペットを飼育している人が、突然の病気や失業、災害などの予期せぬ不幸によって生活困窮に陥り、生活保護を必要とする状況になってしまった」というケースも多々あり、ただ「ペットを手放せ」と切り捨てるだけでは、当事者の生活再建のための根本的な解決にはならないのです。
一方で、生活保護は公的資金を用いて個人の生活を保障する制度です。したがって、この問題は非常に複雑でデリケートな様相を呈しています。(行政書士・三木ひとみ)

「ペットがいるから生活保護を受けられない」は誤り

実は、生活保護制度上、受給者がペットを飼うことは禁止されていません。個別具体的な事情に応じた柔軟な対応が可能なしくみになっています。
実際に犬や猫を飼っている人にとって、彼らは「ペット(愛玩動物)」ではなく「家族の一員」なのです。「生活保護を受けるなら、手放しなさい」と迫ることは、当事者からすれば「生活保護を受けるなら子どもを捨てなさい」と言われるのと同じほどの精神的苦痛を伴います。
したがって、生活保護を受けることになったからといって、長年連れ添った家族を手放さなければならないということはありません。実際に、生活保護を受けながら動物たちとおだやかに暮らしている方は多く存在します。
しかし、制度の運用を担う役所の側でさえ、その認識が十分に共有されているとはいえません。
実際に「猫を飼っているなら生活保護は打ち切りにする」と、自宅を訪れたケースワーカーから直接言われたという相談を受けたこともあります。
また、受給者の側でも、「ペットがいるから生活保護を受けられない」「相談に行けば、大事な子を保健所に連れて行けと言われる」と誤解し、自らSOSの声をあげることを諦めてしまい、命綱である制度から遠ざかっている人が、実は多くいるのです。

このような状況に対し、政治の場でも疑問が呈されています。
石垣のりこ参議院議員(立憲民主党)は、ペットの飼育を理由に生活保護の申請を断られる事例が見受けられることを指摘し、その対応が適切か問う質問趣意書を提出しました。
これに対し、政府からは「ペットの飼育」だけを理由に生活保護申請を却下することは適当ではないとの回答が行われました。

責任と求められる「覚悟」

しかし、ここで気をつけておかなければいけない事があります。それは「生活保護費の中に、動物たちのための費用は一切含まれていない」という現実です。
生活保護はあくまで人間に対する公的支援であり、法令上、家族である犬や猫のために国が特別に保護費を加算して支給してくれるわけではありません。毎日のごはん代やトイレシートなどの生活用品にかかる費用はすべて、自身の生活保護費の範囲内でやり繰りして負担していかなければならないのです。
共に暮らす人間にとってどれほど「かけがえのない家族」であっても、法令や制度の適用という現実問題は、明確に分けて考え、覚悟を持たなければなりません。
そもそも、現実の生活において、ペットを飼うこと自体にさまざまな制約やトラブルのリスクが存在します。生活保護受給者の場合、それらの問題はさらに深刻なものとなるのは明らかです。さすがに、動物のために人間側の生活が維持できなくなってしまった場合は、ケースワーカーから何らかの指導が入ることがあります。
まず、住居の確保の問題があります。動物と一緒に暮らせる、ペット飼育可の賃貸物件自体が少ないのです。

次に、医療費の問題です。ペットが高齢になれば一度の診療費が数万円に達することも珍しくなく、病気やけがの際に十分な治療を受けさせてあげられないという苦渋が常に伴います。
「多頭飼育崩壊」つまり、費用の問題で不妊去勢手術を施すことができず、その結果として際限なく繁殖してしまい、人間も動物も劣悪な環境に陥る凄惨なケースも存在します。
「お金がないから」といって、必要な医療を受けさせなかったり、多頭化を放置したり、お世話ができなくなったからと無責任に遺棄してしまったりすると、動物愛護法44条で罰せられている虐待や遺棄(1年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金)に該当する可能性が出てきます。金銭的な困窮は、決して動物虐待の免罪符にはなりません。実際に逮捕者も出ています。
さらに、高齢の単身者が急に入院したり、孤独死を迎えたりした際、誰もいない部屋に取り残される動物たちの問題も深刻化しています。餓死するか、引き取り手がなく殺処分となるか、痛ましい現実があります。

「命を守る」ための支援体制の構築

「お金がないなら飼うな」と正論をぶつけるだけでは、すでに動物と暮らしている困窮者の生活再建も、尊い命も救うことはできません。
行政や支援の現場においては、まずは現在の飼育状況(頭数や健康状態)を正確に把握し、向き合うことが不可欠です。費用の問題で不妊去勢手術ができないケースを防ぐため、自治体の助成制度があれば積極的な活用を案内するなど、飼い主と動物を孤立させないサポートが求められます 。
飼い主の入院などで飼育の継続がどうしても困難になった場合、ケースワーカーなどの福祉関係者単独では解決が難しいものです。
ある高齢男性の生活保護受給者のケースでは、倒れて入院し、退院の見込みが立たず、アパートに高齢の老猫が取り残されました。
この男性は子どもに恵まれず、一人暮らしを続けるなかでその猫を我が子のように可愛がっていました。入院した際も、男性の口から真っ先に出たのは自身の体ではなく猫の心配でした。
幸い、周囲の人が懸命に猫の世話をしながら引き取り先を探し、最終的に保護猫カフェを運営する団体に保護を依頼することで、間一髪で老猫は新しい飼い主が見つかり、もらわれていきました。
この事例のように、飼い主の突然の不在によって動物が生命の危機にさらされるリスクは、高齢化社会で常に隣り合わせなのです。
動物保護団体や地域のボランティアの善意に頼らない、行政支援の体制構築、高齢者福祉の専門部署と動物保護の連携は急務となっています。

「白か黒か」で済ませる問題ではない

現場の獣医師らも、無理やりペットを手放させて数をゼロにすることだけが正解ではないと指摘しています。飼い主のQOL(生活の質)向上に、「家族」としてのペットの存在が必要不可欠と考えられるケースは珍しくありません。
遠回りに見えても、適正に管理できる範囲まで頭数を減らしたり、里親を探したりしながら、多くの目で見守り、最低限必要な生活を継続できるよう包括的・重層的な支援を行うことが、最大の効果を期待できる解決策なのです。
もちろん、共に暮らす側には、限られた生活保護費をしっかりと管理し、家族である動物の健康と安全に気を配り、自分と彼らの暮らしを最後まで守り抜くという強い覚悟が問われます。
ペットを「単なるお金のかかる所有物」と捉える人と、「かけがえのない家族」と考える人の価値観が交わることはないでしょう。だからこそ、「白か黒か」で済ませるべき問題ではなく、現実的な妥協点を見出す以外に方法はありません。
社会全体としては、あくまでも、制度を正しく理解した上で、困窮する人と行き場を失う動物が共に暮らすための、柔軟で多角的なサポート体制を築き上げていくしかないのです。

誰ひとり、どの命も取り残さない温かい社会は、めぐりめぐって等しく恩恵をもたらしてくれるのではないでしょうか。


■三木ひとみ
行政書士(行政書士法人ひとみ綜合法務事務所)、社会保険労務士(ひとみ社労士事務所)。官公庁に提出した書類に係る許認可等に関する不服申立ての手続について代理権を持つ「特定行政書士」として、これまでに全国で1万件を超える生活保護申請サポートを行う。著書に『わたし生活保護を受けられますか(2024年改訂版)』(ペンコム)がある。


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