7月31日から8月2日の三日間、東京のお台場・青海周辺エリアにて、「TOKYO IDOL FESTIVAL 2026」(通称TIF)が開催された。

2010年に第1回が行われ、今ではアイドルシーンに欠かせない一大興行にまで成長したTIF。

そのムーブメントの渦中にいたアイドルたちの証言をもとに、TIFがアイドルシーンに与えた影響について迫っていく本連載の第8回に登場するのは、地方アイドルとして確固たる地位を確立しムーブメントを巻き起こしたNegicco。デビューから20年以上の間シーンの前線に立ち、盟友たちの解散・休止が相次ぐ中でもキャリアを重ねてきた彼女たちがTIFとともに紡いだ歴史について振り返ったインタビューを、『BUBKA3月号』より一部抜粋してお届けする。

TIFは青春だった

──Negiccoが初めてTIFに出たのが2012年でした。2010年に始まった当初、その存在はご存知でしたか?

Megu:私は一回目が終わったあとに知りました。ももクロちゃんとか、アイドリング!!!さんとか、あと女子流ちゃんとか。アイドルのスーパーエリートみたいな人たちが出ていて、なかでもももクロちゃんがすごかったという話を実際に見た人の噂で聞いて、それで私も映像を見てみたら、ほんとうにすごかったんです。それがきっかけでTIFが憧れの舞台になりました。

Nao☆:私はぽんちゃ(Megu)から教えてもらいました。ぽんちゃのTIFに出たいという熱意がすごかったから、自分たちはぽんちゃのために出たいという気持ちでした。

Megu:それはアツい(笑)。

Nao☆:アイドルというものが徐々に熱を帯びてきている雰囲気もあったので、そういうイベントもあるんだなという感じでしたね。

Kaede:私は正直、覚えてなくて。ただ、自分たちとは関係ないという言い方だとちょっと言い過ぎかもしれないけど、やっぱり遠い世界みたいなイメージはあったような気がします。

いつか自分たちが立てるというイメージよりも、東京でそういうのがやってるんだな、すごいな、みたいな感覚だったような気がします。

──当時のNegiccoからすると遠い世界の話だった。

Megu:そうですね。拠点が新潟だったので東京に憧れているというのはありましたし、Negiccoの存在は知らないだろうなって思っていたんですけど、その次の年にオファーがあったというのを聞いて。でも、熊さん(現EHクリエイターズ会長・熊倉維仁氏)が「先に新潟でイベントを入れてるから」と。「梨の皮剥き大会に出るから(TIFには)出られない」って(笑)。

──TIFに出て知名度を上げるチャンスよりも梨の皮剥きを優先させたという伝説のエピソードですね。

Megu:ファンの方の間でも知れ渡ってるやつです(笑)。

Nao☆:新潟のイベントがすでに入っていて。ぽんちゃはももクロちゃんが出たTIFに出たいという気持ちが強かったし、当時は狭き門だったので、そんな簡単には出られないというなかで呼んでいただいたんですけど……。ぽんちゃがすごく泣くから、私が梨の皮剥きで優勝してやるよ! みたいな感じで意気込んで臨んだら、優勝しました(笑)。

──見事に優勝(笑)。

Nao☆:子供も参加していたので手加減しようかなと思ったんですけど、ぽんちゃの気持ちを晴らしたいという思いで本気でやりました(笑)。

──しかし、Meguさんは泣くほど出演したかったわけですね。

Megu:東京からオファーが来たというこの大チャンスと、梨の皮剥きとどっちが大事なんだって熊さんに訴えたりもして。いま思うとすごく失礼な話なんですけどね。それくらい自分のなかではTIFという存在が大きすぎたんです。

Nao☆:イベントがかぶってメンバーが泣くなんてことはあまりないことなので、すごく覚えてます。

──2011年のT‐Palette参加以降、いわゆるアイドル戦国時代の流れを感じることは増えましたか?

Nao☆:当初はそんなに感じてなかったんですけど、LinQさんとか、徐々にアイドルさんがTパレに集まってきて、すごいアイドルさんが全国にいるんだなと思い始めました。

Megu:私たちはアイドルの氷河期からスタートしているので、その戦国時代と言われているときにTパレからデビューしたあたりからは受け入れ方が変わったというか、アイドルのハードルが下がって、たくさんの人に見てもらえるようになったんだというのは感じてました。冷たい目線じゃなくなったというか。

──ブーム以前は冷たい目線を感じることもあった。

Megu:活動初期はありましたよ。言い方が悪いけど、下に見られていると感じることも少なくなかったです。

AKBさんとかももクロちゃんとかが活躍することでファンの人の抵抗感が少なくなったんだなと思います。

Kaede:基本的に新潟が軸なので、地元の人が多いとなると、アイドルを見に来た人向けに仕事をするというよりは、お祭りとかイベントに来ている一般の人たちの前に出るので、見る目も厳しいなというのはずっと感じていたし、大変な思いもたくさんしてきました。そんななかで、TIFというのはアイドルが本当に好きな人たちが来るイベントなので、出られたときは受け入れてもらっていると感じました。ありがたがってもらえるというか、お客さんから愛を感じるんですよね。新潟から来てくれたんだ、みたいな気持ちで見てくれる人が多いんだというのは感じてました。

Nao☆:ぽんちゃも氷河期と言ってましたけど、「アイドル=ダサい」みたいな印象がある時代に結成されたので、TIFに呼んでいただいた時点でやっている年数が長かったんですね。だからメインステージに呼んでもらえるとか、個別の控室があるとか、そういう立ち位置のグループとしてNegiccoを見てくださっているんだなと思えたのは嬉しかったです。だからTIFに呼んでもらえるのはいつもありがたかったですし、ステージに立つとみんなが見に来てくれて、間違いなく盛り上がってもらえるイベントという印象は強いです。

──初出演のときは、Meguさんとしても念願だったわけですよね。

Megu:はい。一年前に断ってしまったからオファーがくるとは思ってなかったです。しかもメインステージと言われているZepp Tokyoに出れると聞いて、ダブルで嬉しくて。

当日もステージの上で泣いていた記憶があります(笑)。

──つまり、2012年の夏までにかなりの知名度を獲得していたということですよね。

Nao☆:知名度が変化したというより、ただベテランだからってことだと思ってました。あとは地方にいる人たちが東京に出てくると、結構みんなが珍しがって来てくれたっていうのもあるかもしれないです。

──戦国時代はローカルアイドルブームでもありましたしね。その真ん中にいた人たちですから。

Nao☆:2015年のSMILE GARDENのトリを飾れたというのは大きかったですね。「勝負の25分」って発信して、あのときが一番印象に残ってるし、実際に盛り上がってたなって思います。

Megu:2012年に初めて出演してから毎年のように出させてもらっていて、HOT STAGEプラスほかのステージという感じで一日二公演くらいさせてもらいました。HOT STAGEに立てたという自信もありつつ、SMILE GARDENのトリがどうやらTIFのなかでは最もアツいステージだということがだんだんわかってきて、そこに立ちたいと思うようになったんですよね。そうしたら2015年にちょうど『ねぇバーディア』のリリースがあって、野音でのライブも控えていたり、いい流れができていたなかでSMILE GARDENのトリを飾れたのは、うまくいきすぎじゃないかって思ってました(笑)。

──今回の取材の準備をするなかでMeguさんの当時のツイートが出てきたのですが、やる気に満ちていましたよ(「今回のTIFのステージには、それぞれテーマがありました。

HOTは『貫きます』、HEATは『ヤツはとっておきます』、SKYは『スマイルガーデンで会いましょう』、SMILEは『勝負の25分です』。19時35分のSMILE GARDEN、『勝負の25分』見に来てください。」とツイート)。

Megu:思いが溢れてましたか(笑)。

Nao☆:TIFは当時から配信もやっていたのでタイムリーでみなさんがコメントできたりもしたんですよね。それも含めて、私たちがTIFに出たなかでファンの方から一番の声があったのが「勝負の25分」だったと思います。私は結構ヘロヘロで、もう疲れた記憶しかなかったんですけど(笑)、でもそれがみんなのなかでもNegiccoの大きな出来事だったのかなと思います。

Kaede:あのあたりはすごい青春してたなって思います。3人で力を合わせてなにかに全力で向き合っていたし、まわりからも期待されているのを感じるようなことも増えてきて。自分のなかで歌がうまくいかなかったりしていた時期も重なったりしつつ、それでもここで結果を残したい、という思いが強かった。そういうイベントのひとつだったと思います。

取材・文/南波一海

まだまだ続くインタビューは、『BUBKA3月号』をチェック!「Kaede:新メンが入ってたら早いタイミングで積極的に抜けてたと思います(笑)。あとは任せたって。」 

Negiccoプロフィール

2003年地元のネギをPRするために結成した、Nao☆、Megu、Kaedeによる3人組アイドルグループ。

ローカルアイドルの先駆者ともされ、TIFでは2015年にSMILE GARDENにてヘッドライナーを務めた。

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