「10年で1500万円が不要の人は応募しないでください」という衝撃的な募集条件を打ち出した会社がある。エンジニア派遣の株式会社リツアンSTCだ。

リツアンは、11月11日に初飛行を行ったMRJの三菱航空機にもエンジニアを派遣していることで知られている。

 このインパクトのある募集条件は、すでに各方面で大きな話題となっているが、なぜこのような募集を出したのか、野中久彰社長に聞いてみた。

「最大の目的は、派遣社員に対する偏ったイメージを払拭したいということ。そして新しい働き方を提案したいという思いです」

 野中氏はリツアン働き方研究所の所長も務め、柔軟で可能性のある働き方を研究し、「新しい働き方」の提言を行っている。今回の「10年で1500万円」というメッセージの裏には2つの問題提起があり、さらに新しい働き方としての戦略的キャリアメイキングという提案があるという。

 問題提起のひとつは、マスコミが広めている派遣社員に対する偏ったイメージである。
野中氏は「マスコミは『社員』と『派遣社員』という単純な二元論で切り分け、すべての派遣社員は給料が低く、使い捨てのようなイメージを与えている」と論じる。

 たしかに正社員であったとしても、給料が低く労働環境も劣悪なケースは数多くある。残業代も出ずに、無理なノルマばかり押しつけられ、心身共にボロボロになる人も少なくない。だからこそ、昨今、ブラック企業の話題が尽きないのだ。

 ましてや会社が永遠に存続することはあり得ず、大企業でさえいつ倒産するかわからないというのが現実である。正社員だから安心、という論理はすでに破綻している。


●派遣社員の給料が安いのは派遣会社が悪い

 一方、派遣社員に対する固定的なイメージ、つまり「給料が低い」「不安定」という現実はどうなのだろうか。野中氏は、「これは派遣会社の問題が大きい。逆にいえば、派遣会社次第でどうにでもなる」という。

 まず、給料が低いという点についてだが、多くのエンジニア系派遣会社が40~50%の手数料を取っているという現実を知ることが重要だ。手数料が高いゆえに、派遣社員の手取りが少なくなっているのだ。野中氏はこの現状を覆すため、派遣会社最大のタブーであった「手数料=ブラックボックス」をオープンにし、最低19.1%まで下げることに成功した。

 
「ほかの派遣会社で働いていた人がリツアンに来て、いきなり年収が200万円も上がったケースもあります。バイクを購入してツーリングを楽しむようになり、バイクのローンを差し引いても給料が余りあるほどです。給料が上がったことで、周りの評価が一変し、結婚もスムーズにできたという例も少なくありません。何より、仕事へのモチベーションががらりと変わります。

 これは、彼らの能力が急激に上がったわけではなく、これまで派遣会社に“ピンハネ”されていた分を正当に受け取ったにすぎないのです。派遣社員は能力が低いから給料が低いのではなく、派遣会社の仕組みによって低くなっているケースもあることを知っていただきたいのです」(同)

 リツアンで4年以上働いているエンジニアの平均年収は750万円を超えるという。
それが『10年で1500万円』の差が出るという意味なのだ。

 さらにリツアンは正社員として雇ってから派遣するかたちをとっているため、万一派遣先から切られても、明日から給料がなくなるという心配もない。つまり、派遣社員の「給料が低い」「不安定」という問題は、派遣会社の努力によって変えることが十分に可能なのだと証明している。派遣社員ではなく、派遣会社にこそ問題の根幹がある――。これが野中氏第2の問題提起である。

 さらに、野中氏が提案している戦略的キャリアメイキングとは、派遣会社を上手に利用して、自分の可能性を試し、夢を実現する働き方だという。


「正社員にない派遣社員のメリットのひとつは、多くの職場や仕事を体験できるというところです。正社員になった後で『この仕事は自分に合わない』とわかったとしても、すぐに会社を辞めることはできません。辞めることを言い出せずに、ずっと我慢して働き続ける人も多いでしょう。

 しかし派遣社員は多くの職場や仕事を体験でき、その経験から自分に合った仕事や『天職』も見つけやすくなります。これを利用して、会社の言いなりではなく、戦略的に仕事を選択し、上手にキャリアを積み上げていく働き方を提案します。

 リツアンで働き、戦略的キャリアメイキングを行い、経験から得たノウハウで独立して事業を始めたり、フリーランスになって稼いでいる人もいます。
そういう選択肢があって良いと思うのです。賢く派遣会社を利用して夢を実現する人が多く出るようになれば、日本はもっと躍動する社会になると思います」(同)

 戦略的キャリアメイキングは、ユニークな働き方である。自分にあった天職は、積極的な行動が伴わなければ見つけることはできない。それを独力でやるのはリスクが大きい。そこで、派遣会社を利用しようという提案は非常に現実的である。

 そのために、派遣会社も働く人の立場に立って、給料面を含めた応援できる仕組みを構築する必要があるだろう。日本社会にとって重要な問題提起である。
(文=鈴木領一/ビジネス・コーチ、ビジネスプロデューサー)