
世界的人材サービス企業Randstadによる最新の「Workmonitor 2025」では、83%の労働者が給与よりもワークライフバランスを重視し、41%がスキル開発の機会がなければ離職を検討すると回答するなど、労働者の意識の変化がデータとして裏付けられている。
日本においても同様の傾向が見られ、厚生労働省の「令和5年版労働経済白書」では、若年層ほど柔軟な働き方や自己成長の機会を重視していることが示されている。本稿では、世界経済フォーラム(WEF)が今年4月に提示した、「労働者が今、職場に対して何を本当に求めているのか」にまつわる4つの主要な要素と専門家の見解を紹介し、日本企業にとっての示唆を探る。
1.意思決定への参加:労働者の声を反映する職場づくり
働き手は、自らの仕事や労働条件に関して、単なる指示の受け手ではなく「対話の主体」でありたいと願っている。こうした背景には、職場における尊重と透明性への欲求がある。アメリカ労働総同盟・産業別組合会議(AFL-CIO)会長のリズ・シュラー氏は、「最良のパートナーシップは、尊重に基づき、企業が現場労働者の価値を認識することから始まる」と述べており、現場の声を反映する組織運営の重要性を訴える。
日本でも、エンゲージメント向上や人的資本経営への注目が高まる中で、意思決定への参加やフィードバック文化の導入が大企業を中心に進みつつある。従業員の声に耳を傾ける文化は、競争力ある組織の必要条件といえる。
2.信頼・自律性・柔軟性:働き方の自由が求められる時代
働き方の柔軟性は、今や「福利厚生」ではなく「必須条件」となっている。Randstadの調査では、柔軟な働き方が提供されないことを理由に退職した労働者が31%にのぼる。ブラジルのフードデリバリー大手iFoodのチーフ・サステナビリティ・オフィサー、ルアナ・オゼメラ氏はこう語る。「人々は自由と自律性を重視している。これは不可逆的な傾向であり、柔軟性を保ちながらより良い仕事を求めるようになる」
日本ではコロナ禍を機にテレワークや副業制度が拡大したが、2024年時点で出社回帰の動きも見られる。しかし、総務省の調査によると、テレワーク継続希望者は依然として7割を超えており、企業が柔軟な選択肢を維持できるかが問われている。
3.リスキリングへの信頼:AI時代のスキルギャップを埋める
AIの進展により、今後5年間で多くの職種が再定義される中、スキルの再習得(リスキリング)と新たな能力の獲得(アップスキリング)はますます重要となっている。ETS(Educational Testing Service)CEOのアミット・セヴァク氏は、「多くの労働者は、AIリテラシーのレベルについて十分に追いついていないと感じている。これらのギャップを埋める機会が存在する」と述べる。
実際、WEFがまとめたデータによれば、多くの企業が注力するスキル領域は以下の通りである:
●AIとビッグデータ(最大100%)
●テクノロジーリテラシー(最大84%)
●創造的思考(最大76%)
●回復力・柔軟性・俊敏性(最大73%)
日本でも経済産業省が「リスキリングを通じたキャリアアップ支援事業」を推進しており、2023年度には100万人以上が受講。企業側の支援制度と、従業員の学び直しへの意識醸成が鍵となる。
4.雇用可能性への注力:変化に対応できる職場環境の構築
変化の激しい時代において、従業員の「雇用可能性(employability)」をいかに高めるかは、企業の持続可能性にも直結する課題である。人材サービス大手Adeccoの社長クリストフ・カトワール氏は、「新たなスキルは重要だが、人間の潜在能力と適応力は長期的により価値がある可能性がある」と述べており、企業にはスキルだけでなく柔軟なマインドセットや適応力を育む環境づくりが求められる。
日本では、非正規雇用や中高年層の再雇用問題が続く中で、「キャリアの連続性」を支える仕組みが必要とされている。厚生労働省の調査でも、自己啓発支援を受けた従業員は離職率が低い傾向があることが明らかになっている。
まとめ:変化する市場と、持続可能な職場
人口動態の変化、特に労働年齢人口の減少は、先進国において避けられない現実である。日本も例外ではなく、国立社会保障・人口問題研究所によれば、2040年には15~64歳人口が1,000万人以上減少すると予測されている。限られた人材をいかに惹きつけ、成長させ、長く活躍してもらうか──これはすべての企業にとって重要な戦略課題だ。
意思決定への参加、信頼と柔軟性、スキルへの投資、雇用可能性の支援。この4つの要素に真摯に取り組むことが、企業の競争力を高めると同時に、労働者一人ひとりの充実と持続可能な働き方を実現する鍵となる。
文:岡徳之(Livit)