昨今、テクノロジーの急速な進化、特に生成AI(Generative AI)や自動化技術の進展は、私たちの働き方に革命的な変化をもたらしている。特に深刻な影響を受けているのが、若年層がキャリアをスタートさせるために欠かせないエントリーレベルの職務だ。
これまで新人が実務経験を積み、成長するための貴重なステップとして位置づけられてきたこれらのポジションが、AIの導入によって急速に減少しているのだ。

この変化に最も大きな影響を受けているのが、社会に出たばかりのZ世代。コロナ禍での学びの中断、就職活動の難航、そして急速に変化する雇用環境とともに、Z世代は新たな試練に直面している。企業側が効率性やコスト削減を重視し、AIや自動化技術を活用した業務改革を進める一方で、若者たちが「初めの一歩」を踏み出す機会が次第に失われつつある。

Z世代は、1990年代後半から2000年代初頭にかけて生まれた世代で、インターネットとテクノロジーの進化が成長過程に大きな影響を与えている。この世代の特徴は、テクノロジーへの高い適応力とフレキシブルな働き方の要求だ。しかし、そんな彼らもエントリーレベルの職種の減少という現実に直面している。

果たして、彼らはどう働き、どう成長していけばいいのか。AIがもたらすキャリアの地殻変動と、それにどう備えるべきかを見ていく。

エントリーレベル職が“絶滅危惧種”に?

ホワイトカラーの職務において、AIが急速に業務を代替する現実は深刻だ。特に、事務作業や定型的な業務をこなす職種では、AIツールがその多くを担うようになっている。例えば、以下のような職種ではAIによる自動化が進んでいる。

市場調査アナリスト
市場調査におけるデータ収集やレポート作成がAIツールによって簡便化され、分析者の負担が軽減されている。
53%の業務がAIによって代替可能とされている。

営業職
リード管理や営業活動の予測分析をAIが担当。従来、人力で行っていた営業活動が、データ分析に基づく自動化に取って代わり、67%の業務がAIによって代替可能。

カスタマーサポート
AIを駆使したチャットボットが基本的な問い合わせ対応を担い、24時間稼働を実現。これにより、顧客対応の効率性が向上している。

これらの職種は、若手社員が最初に携わる業務として広く認識されてきたものの、AIの進化によって、これらの業務がすでに代替可能となっている。実際、Hult International Business Schoolの調査によれば、37%の企業が「新卒社員よりもAIを雇いたい」と回答しており、企業の96%が「大学教育は即戦力を育てるには不十分だ」と感じているという。この結果、かつては「学ぶ場」として重要だったエントリーレベルの職が消失しつつある現実が浮き彫りになっている。

新卒は「コスト」か「投資」か?変わる雇用主の視点

かつて、企業は新卒社員を育成し、数年かけて成長をサポートする体制を築いてきた。しかし、AIの導入により、企業はそのような「育成のコスト」を避け、即戦力を求めるようになっている。

生成AIツールの進化によって人材育成の手間が省けるようになったため、新卒社員を採用して育成するのではなく、すぐに成果を上げられるAIツールや外部のスキルを持った人材に頼る傾向が強くなっているのだ。

HRコンサルタントのブライアン・ドリスコル氏は、「新卒社員を育成する投資を避ける企業が増えている」と指摘。企業は人材育成の責任を避け、AIツールに頼ることで、短期的なコスト削減を図っているという。


しかし、これが長期的には若者のキャリアパスを狭め、成長の機会を奪う結果を招いているのだ。

学歴に対する疑念と低賃金の構造

AIの影響により、Z世代は学歴の価値について疑問を抱くようになっている。実際、49%のZ世代の求職者が「AIによって大学の学歴の価値が下がった」と感じているという調査結果もある。

これにより、Z世代は学び直しや新たなスキル習得への関心を強めており、77%の卒業生が「大学教育で得た知識よりも、実際の仕事で得たスキルの方が重要だ」と回答している。この現象は、AI時代における職務の必要スキルが、従来の学歴や資格だけでは十分ではないことを示している。

また、43%の卒業生が「間違った学位を選んだため、キャリアに失敗した」と感じているという。このような不安を抱える若年層は、AIが実務を担うことで、ますますキャリアに対する不安を感じているのだ。

また、求人の内容も変わりつつある。エントリーレベルのポジションが減る一方で、残された職種では「AI支援前提」の業務が増加。これは、業務効率は上がる一方で、「業務の一部しか人間が担わない=賃金が上がりにくい」構造を生み出している。

海外アウトソーシングとグローバル人材競争

さらに、AIに加え、低コストの海外人材が競争を激化させている。特に、インドやフィリピンなどの新興国から、英語を話せる高技術人材が提供されているため、米国や欧州の企業は、エントリーレベルの職務をこれらの国々に移管する傾向が強まっている。

これにより、国内での若年層の雇用機会はさらに減少し、ジェンダーや人種による格差も広がる懸念がある。

国際的な労働市場での競争は、特にホワイトカラーの職務においてますます厳しくなっており、Z世代の若者は「国内での職を失う危機」だけでなく、「海外人材との競争にさらされる」という二重の困難に直面しているのだ。


希望はあるか?AIを“育成ツール”として活用する動き

暗い話ばかりではない。いくつかの企業では、AIを新しい教育ツールとして活用し、若年層を育成する方法を模索している。たとえば、以下のような取り組みがある。

法律事務所
AIを利用して契約書のレビューやリサーチを効率化し、若手弁護士がより高度な案件に取り組めるようにしている。

金融業界
AIによるデータ分析を活用して、若手社員がリアルタイムで市場動向を学び、実務に役立てている。

アプレンティスシップ制度(実務重視型育成)
特に欧州で強化されており、新入社員がAIツールを使いながらスキルを磨ける環境を提供している。

これからのキャリアに必要なスキルと姿勢

未来のキャリアにおいて、Z世代には「AIとの協働スキル」が不可欠だ。具体的には、AIツールの理解・活用能力や、柔軟な学習力、そして創造力が求められるだろう。企業は「即戦力」だけでなく、“AIと共に成長する力”を持つ人材を採用するようになる。

AI時代においては、従来の職務の枠組みにとらわれない新しいキャリアパスの構築が求められている。それには、企業と教育機関が手を取り合い、AI時代にふさわしいスキルを持つ人材の育成に注力する必要があるだろう。

新しい“キャリアのはしご”を築くために:AIと共存への道

エントリーレベルの職務が減少すれば、実務経験を積むチャンスも減る。これは社会的流動性や平等なキャリア形成の機会にとっても大きな打撃だ。今後は、個人と企業の双方がAIと共存しながらスキルアップし、柔軟にキャリアを築ける社会構造が求められる。


Z世代にとっての未来は、確かに厳しいものになるかもしれない。しかし同時に、それは“自分らしい働き方”を再定義するチャンスでもある。AIを「競争相手」ではなく「パートナー」と捉えたとき、次の時代のキャリア像が見えてくるだろう。

企業は今後、AIを若手育成のためのツールとして積極的に活用する姿勢が求められている。例えば、AIを使ったシミュレーション教育や、AIが業務の一部を補完することで、実務経験に近い環境を新人に提供することが可能だ。

AIの進化は止まらない。だが、それを脅威と捉えるだけではなく、共存と成長のための鍵として活用する視点が重要だ。エントリーレベルの職務が失われる代わりに、企業や社会はどのような「新しい入口」を設けるのか。そこに、Z世代の未来と社会の持続可能性がかかっている。

文:中井千尋(Livit
編集部おすすめ