住宅購入、海外旅行、十分な貯蓄——かつて「成功」として語られたこれらの目標が、Z世代にとっては遠い夢となりつつある。

ライフスタイルおよびカルチャーに特化した米国で高い影響力を持つメディアブランドEssence誌が、4月29日に報じた調査によれば、Z世代は高騰する生活費、不安定な雇用状況、そして急速に変化する社会情勢に直面し、かつてのロールモデルとは異なる生き方を模索し始めているという。


経済的な現実が、若者たちの「理想」を静かに塗り替え、「理想のライフスタイル」から「サステナブルな現実」へ、価値観の再構築が始まっているようだ。

本記事では、Z世代がどのようにして生活費の圧力や将来不安に向き合い、住まいや働き方、消費スタイルを見直しているのか、そして「成功」の定義そのものを再構築しようとしている実態を、多角的に紹介する。

高まる生活コストと不安定な経済環境

まず注目すべきは、生活コストの急上昇だ。家賃、食品、交通費、保険料といった基本的な生活費が年々上昇し、特に都市部ではその影響が顕著。

米国に本社を置く大手フィンテック企業で、主に中小企業や個人向けの会計・財務管理ソフトウェアを提供するIntuitの調査では、Z世代およびミレニアル世代の98%が「生活費の高さが最大の懸念」と回答した。この数字は、単なる主観ではなく、現実社会で生きていくことの難しさを示している。

こうした生活コストの上昇から、Z世代は将来への備えよりも「今の生活を維持する」ことを優先しがちだ。一方で、多くのZ世代がアルバイトや契約社員、フリーランスといった不安定な立場で働いており、賃金の上昇が追いつかず、収入と支出のバランスが崩れやすい構造が続いている。

さらに、学生ローンや医療費といった長期的な経済負担も、将来設計を難しくしている。不確実な経済情勢や地政学リスクの影響もあり、Z世代は「夢を叶える」よりも、「現実を乗り切る」ための戦略を選ばざるを得ない状況に置かれているのだ。

「家を出ること」がゴールではない:現実的なライフスタイルの模索

このような経済状況の中で、親元に戻る、または友人と同居するなど、ライフスタイルを根本から見直すZ世代が増加している。これは「自立の放棄」ではなく、賢明な戦略の一つ。実際に、家賃や光熱費といった固定費を抑えることは、生活を持続可能にするうえで有効な手段だ。

特にアメリカでは、成人後に実家に戻る「ブーメラン世代」という言葉が定着しており、Z世代では約半数が親と同居しているという調査もある。
これは一時的な現象ではなく、経済合理性に裏打ちされた新しい生活様式といえる。

また、ルームシェア文化の復活や、地方移住による生活コストの抑制といった動きも見られ、Z世代は「都市で一人暮らし」という従来の自立像から脱却しつつある。たとえば、デジタルノマドやフリーランスとして働く若者たちは、固定費の安い地方や国外に拠点を移し、「経済的に賢い自立」の形を模索している。

日本では実家での同居を前向きに捉える風潮も拡大しており、「家族との共生」や「時間のゆとり」を重視するライフスタイルが注目されている。かつては「実家暮らし=甘え」と捉えられる風潮もあったが、Z世代の登場によってその価値観は大きく変わりつつある。

このように、Z世代は「一人で家を出て生活すること」だけをゴールとせず、現実的かつ柔軟な方法で“自分に合った暮らし方”を構築しようとしている。それは、経済的な背景にとどまらず、「心地よさ」や「人とのつながり」といった心理的側面にも深く結びついているのだ。

変わる価値観:「今この瞬間」を優先するマインド

かつて「成功者の証」とされていた資産形成や所有志向に対し、Z世代は「今の生活の質」や「精神的な満足度」を優先する傾向にある。調査によると、60%が貯蓄よりも日々の生活の満足度を重視しており、その背景には「不確実な未来に備えるより、確実な“今”に投資したい」という心理があるようだ。

たとえば、高級品の購入よりも日常のちょっとした贅沢や経験にお金を使う傾向が強まり、ミニマリズムやサステナブルな暮らしにも注目が集まっている。これは一見すると刹那的にも見えるが、むしろ自分に正直な選択といえるかもしれない。

Z世代は、「我慢して備える」という従来の価値観に縛られるのではなく、精神的な安定や心の健康(メンタルヘルス)を重要視する傾向が強くなっている。実際に、「自己ケア(self-care)」や「マインドフルネス」、「ワークライフバランス」といったキーワードが彼らのライフスタイルの中心に位置付けられつつある。


また、SNSの普及により、「他人と比べる」ことへの疲れや、「映える」より「リアルで無理のない生活」への回帰も見られる。Z世代は他者の成功に追いつくために自分を犠牲にするのではなく、等身大の自分に合った幸福のかたちを大切にするようになってきている。

このように、Z世代の「今を生きる」という価値観は、衝動的でも刹那的でもなく、不安定な未来に備えるために、“今できる選択”に全力を注ぐという、現実的で主体的な生き方の表明なのだ。

経済的自己主張のハードル:給与交渉に自信を持てない若者たち

経済的な不安は、職場での自己表現にも影響している。給与交渉に自信があるZ世代はわずか20%にとどまり、多くの若者が「言い出せないまま我慢する」状況にある。

背景には、過度な謙遜文化や評価の不透明さ、さらに「交渉は厚かましい」とする価値観の名残りがあると考えられる。特に新卒や非正規雇用では、立場の弱さが交渉力の低さに直結している。

一方で、海外では給与の透明性を高める企業や、「最初の給与が将来の年収に大きく影響する」といった啓発も進んでおり、情報格差を埋める動きも始まっている。Z世代の間では、SNSやコミュニティを通じて報酬情報を共有し合う文化も生まれつつあり、少しずつ自立と主張のバランスを模索しているようだ。

成功の再定義。Z世代は「夢を変えた」のではなく「現実を受け入れた」

このようにZ世代は、経済的なプレッシャーの中でも自分なりの「豊かさ」や「幸せ」の形を模索している。物質的な成功よりも、時間の自由、心の安定、環境への配慮といった非金銭的価値に重きを置く傾向が強まり、ライフスタイルは多様化の一途をたどっている。SNSやデジタル技術の発達により、「成功モデル」が一元化されることなく、それぞれが“自分にとっての成功”を定義できる時代になったとも言えるだろう。


Z世代が直面しているのは、理想と現実のギャップだけではない。そこには、柔軟に価値観を更新し、より持続可能で、精神的にも健康な生き方を模索する知性がある。

夢を諦めたのではなく、夢を再定義し、現実と折り合いをつけながら未来を切り拓く。Z世代は今、単なる「経済的困難」の中にとどまらず、新しい社会の価値軸を作り出す力を秘めている世代なのだ。

文:中井千尋(Livit
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