このユニークな広告を、電車内や駅、SNSで目にしたことがあるだろうか。広告を展開したのは意外にも、創業から150年の歴史を持つ老舗企業、古河機械金属だ。
普段、当たり前過ぎて意識することのないトンネル・道路・下水処理場などの社会インフラを支えてきた同社は、まさに「縁の下の力持ち」として人々の生活を守り続けてきた。
そんな老舗企業がなぜユーモア溢れる広告を打ち出すのか、古河機械金属の広報担当である経営企画部 部長代理 広報・IR 課長 芥川 良平氏に話をうかがった。インタビューを通して見えてきたのは理由となる背景、そして広告だけでは伝わりきらない150年分の情熱と誇りだった。
<企業概要>古河機械金属株式会社古河グループの創始会社。鉱山事業で培った掘削・粉砕・運搬・排水処理・銅製錬技術等を基盤に、現在はトンネル掘削機械や下水処理場のポンプ、トラック搭載型クレーンのユニックなど、社会インフラを支える幅広い製品を開発する。スマートフォンなどの通信機器に不可欠な半導体の材料「高純度金属ヒ素」は国内唯一のメーカーであり、その製造技術は世界でも一握りの企業しか持っていない。熟練作業員の技術を自動化するソリューションや、鉱山用のベルトコンベヤを土木工事に転用するなど、既存技術の進化と応用を通じ、現代の社会課題である人手不足や国土強靭化、防災・減災にも貢献している。
企業公式サイト: https://www.furukawakk.co.jp/
100万円から始まった、社内の常識と暗い世の中を変える広告革命
古河機械金属の広報担当である芥川氏は、「古河気合筋肉」などのユニークな広告の誕生秘話について、同社の社名変更以降に生じた課題が背景にあると語った。「当社の歴史は150年にもなります。古河電工、富士電機、富士通、横浜ゴムなどの古河財閥の創始となる会社で、長く『古河鉱業』という社名でした。しかし、平成元年に主力事業に即した社名として『古河機械金属』に変更してからは、世間的な認知度がずいぶん下がってしまったんです」
古河機械金属 部長代理 広報・IR 課長 芥川 良平氏広報に配属後、古河機械金属を詳しく知るためのWEBサイトや会社案内をリニューアルし、まず、知りたい人に十分な情報が得られるベースをつくった。
次に取り掛かったのが、古河機械金属のファンを増やすための取り組みだ。そのための第一歩として社名の認知度向上に動き出した。古河機械金属を知ろうとする層を増やさなければ、すそ野が広がらないからだ。しかし、当時、広報に広告予算はほとんどない状態。ほかの経費を切り詰めて、ようやく広告費として捻出できた金額はわずか100万円だったという。
「限られた予算で社名の認知度を上げることはできないか、と模索するなか目をつけたのが、電車内のドア上部に掲載するツインステッカー広告。どうすれば人の目を引けるか、代理店さんと話しながらいろいろな案を出し合った結果、社名を2択クイズにする広告で生まれたのが、『古河気合筋肉』というコピーでした。社名との語呂がよく、かつ力強さや熱量があふれる『気合』『筋肉』と目を引くワードの組み合わせで、瞬間的にこれだ!と頭に衝撃が走ったものです。
当初は、老舗かつ硬派で真面目な社風のうちの会社らしくないと猛反対されました。しかし最終的には当時の社長が、『予算を使って展開するのだから、これくらいのインパクトがあったほうがいい』と言ってくれて。社内でも印象的なエピソードとして、今も語り継がれています」
「日本中が自粛ムードで、テレビはACジャパンのCMばかり。そんななかで『古河気合筋肉』なんて、すごくふざけているじゃないですか。正直、電車広告を掲載し続けるか迷いました」
しかし、継続を後押ししたのは、ほかでもない世間の反応だった。
「SNSで『今、目の前に古河気合筋肉っていう電車広告があって、ふと笑ってしまった』『世の中が暗いときに、クスッと笑える気持ちって大事だよね』という声がいくつも上がったんです。それを見て『この広告を契約期間まで貼り続けよう』と決めました」
「当時、当社は一般認知度があまり高くなく、業績も低迷していたこともあり、ニッチな市場で高シェアな製品を複数有しているのに、会社に自信が持てない社員も少なからずいました。でも、取引先や家族から『古河さん、面白い広告出してますよね』『お父さんの会社、電車で広告見たよ』と言われるようになり、社員たちも、社外からの反応が増えたことでだんだんと『そうなんだよ、うちの会社さ』と、自然と背筋が伸びていった印象があります」
広告の効果は社外だけでなく「インナーブランディング」にもつながり、継続して毎年、時期と路線を変えて掲載されるようになった。
今や、1月になれば小田急線ユーザーが、3月になれば大阪や名古屋圏の電車ユーザーが「気合筋肉の季節がやってきた」とSNSでつぶやく、まさに季節の変わり目を映す「風物詩」的な存在になっているという。
さらに150周年の節目のタイミングでは、理系人材の採用を強化するために、数学の階乗記号を使った「5!+4!+3!周年を迎えました」という広告アイデアも話題となった。
東京メトロで理系心をくすぐる多面広告を実施「階乗を使うと、5×4×3×2×1+4×3×2×1+3×2×1、つまり120+24+6で合計150になるんです。階乗だけでなく、もっと難易度が高い行列式や双子素数を問いにした広告も準備し、広告を見た理系の方に、『なんだこれ、計算してみよう』『自分たちへ向けた広告だな、解いてやろう』と興味を持ってもらえるんじゃないかと考えました。実際にこれを見た人がSNSでも投稿して回答コメントで盛り上がる現象が起き、150周年広告をネタにしたXのポストは1,000万回閲覧され、YouTubeでは100万回以上再生されるショート動画も出るほど、話題になりました」
広告では語られない150年の技術が、社会の当たり前を支える
広告で世の中に、そして社内にインパクトを与えた華やかな変化の裏で、古河機械金属の事業は150年もの間、日本の社会を根底から支え続けている。その技術の源泉は、祖業である鉱山経営にある。「鉱山で培ってきた技術が、今の機械製品のコアになっています。鉱山を掘るための機械、つまり岩を砕くさく岩機を、昔は海外から輸入していました。それを当社の技術者たちが日本人でも使いやすいように改良し、自社でも造るようになったんです。今や、当社のさく岩機は日本の山岳トンネル工事の至るところで使用されています」
山岳トンネル工事で活躍するトンネルドリルジャンボ日本の山岳トンネルのほとんどは、古河機械金属の機械で掘られているという。リニア中央新幹線や北海道新幹線の工事でも使用されていると聞けば、そのスケールの大きさに驚かされるだろう。
また、鉱山でたまる水を排出するためのポンプも、今では全国の下水処理場で同社製のものが活躍し、建設現場では欠かせないトラック搭載型クレーンのユニックも同社が製造している。さらに、素材分野では、通信に欠かせない半導体の原料として、世界から必要とされている「高純度金属ヒ素」も同社の技術力から生まれた。
「鉱石を製錬する過程で出てくる副産物であるヒ素を何とか活用できないかと研究開発を重ねた結果、純度99.999995%の高純度金属ヒ素の製造に成功しました。
技術力もさることながら、古河機械金属の事業の根底にある、「安全専一(あんぜんせんいち)」の思想も忘れてはならない。 同社は日本の産業界における安全運動の始まりとして、「安全第一」の前身となる「安全専一」を国内で最初に呼びかけた会社として知られる。近代鉱山としての足尾銅山の操業を起点に、公害対策や危険な現場に就く従業員に真摯に向き合ってきたからこそ、安心や安全の確保を企業の責任と捉え、時代を超えて受け継いできたのだ。
足尾銅山で掲げられた「安全専一」の当時の看板この思想は、現代の社会課題解決にも積極的に向き合う姿勢に脈々と生かされている。たとえば、日本の建設現場が直面する「人手不足」と「熟練作業員の引退」の問題。古河機械金属では、熟練作業員が「感覚」で行ってきた高度な作業を自動化し、安全性の向上と技術の継承を同時に実現している。
「トンネル工事で使用するさく岩機は1分間に4,000回もの打撃と200回もの回転を同時に行い、爆薬装填用の孔(あな)を掘削しますが、空振りすると機械に衝撃が戻るため、岩に確実に当てる繊細な操作が求められます。また、熟練作業員は、掘る角度や岩盤の硬さの急な変化を自身の感覚で捉えていましたが、この『匠の技』を機械が自動で行えば、難解な技術の継承も可能になります。これは、長年の事業実績があるからこそできる、大きな挑戦の結果の一つでもあります」
同社が鉱山で培った技術は、新たな領域でも活躍の場を広げている。
「東日本大地震発生後の陸前高田市のかさ上げ工事(周辺の山を削って出た土砂を運び市街地の土地を高くする工事)では、土砂をダンプカーで運ぶと9年かかると言われていました。しかし、当社が鉱山で使っていたベルトコンベヤ技術の応用によって、設置から土砂搬送まで3年で完了することができました」
さらに外環道路(東京外かく環状道路)の工事でも、交通渋滞や粉じん問題を解決するために、同社が開発したベルトコンベヤが採用されたという。
「大泉方面から掘り進めるトンネル工事では、ダンプカーで土砂を運ぶと大渋滞やホコリ・振動などの問題が発生します。そこで、高速道路の路肩のスペースを利用し、和光方面までの4.7キロは一本のベルトコンベヤで土砂を運ぶことにしました。外環道路を走っていると、道路沿いに『くねくね』と続く不思議な構造物が見えますが、あれはすべて私たちが設置したベルトコンベヤなんです。
この他にも、鉱山技術を応用し、コンクリートの原料となる砕石やセメントの採掘現場で使用されるさく岩機や破砕機などもさまざまな現場で使用されています。このように、古河機械金属は土木・建築現場など、日本のインフラ整備において『縁の下の力持ち』として多く関わっています。とくに国土強靭化や防災・減災が叫ばれるとき、私たちの技術は必ず必要とされるはずです」
広告とビジョンが連動。これからも「社会の筋肉」であり続ける
ユニークな広告で若者の心を掴み、技術で社会を支える古河機械金属。広告のネーミングである「古河気合筋肉」は、同社の長期ビジョンと結びついていた。「創業140周年を迎えた2015年、10年後の2025年に向けた長期ビジョンを発表しました。そのスローガンが『パワー&パッション』。機械の力強さや組織力を示す『パワー』と、社員に意識して欲しい要素として『パッション』を掲げたんです。古河気合筋肉のコピーを意識して掲げたものではないのですが、結果的に広告とビジョンがうまくマッチしました。
古河気合筋肉は単なる広告ではなく、経営の根幹を成すビジョンと最終的に結びついたのだ。
動画の撮影やインタビューに参加した社員と接した芥川氏は、「みんな自分たちの仕事や仲間に誇りを持っていて、思わず目頭が熱くなるコメントも多く聞けました。それを背中とコメントで表現したのが今回の動画です。公開したこの動画を通じて、熱い思いを持った社員が多くいる古河機械金属を、学生や投資家など多くのステークフォルダーに知ってもらえたら嬉しい」と話す。
芥川氏は最後に、次の50年、同社が目指す企業像も語ってくれた。
「この先、世の中はものすごいスピードで変わっていくでしょう。しかし、課題に対してやるべきことは会社として変わりません。私たちは『社会の筋肉』であり続けたいと思っています。筋肉がなければ人間は動けない。同じように、社会を動かすのに私たちの技術は不可欠なんです。この先50年、さらにその先の未来でも、世の中に必要な存在であり続ける。それが私たちの変わらない思いです」
広告で企業文化を変革し、技術で社会を支える。古河機械金属の挑戦は、これからも私たちの「当たり前」を支え、未来の社会を形作っていく。見えないところで社会を動かす、老舗企業の力強さを感じた。
取材・文:吉田 祐基
写真:水戸 孝造

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