気候変動は、もはや“未来の問題”ではない。異常気象、山火事、洪水——ニュースを開けば、気候危機の映像が日常の風景として流れてくる。
私たちはその影響を、経済や政治の枠を超えて、心のレベルでも感じ始めている。

特にZ世代と呼ばれる若者たちは、幼い頃からこの「危機の時代」を生きてきた世代だ。彼らの間では“気候不安(climate anxiety)”という感情が日常語になりつつあり、「地球の未来を想う」ことは「不安を抱えること」とほぼ同義になっている。彼らの多くが「何かをしたい」と感じながらも、現実の大きさの前で「自分には何もできない」と立ちすくんでしまう。

しかし、この“不安の時代”に本当に問われているのは、気候そのものだけではない。不安と向き合いながらも、自分なりの行動を起こす力——すなわち“agency(主体性)”を、どう育てるか。知識や意識の変化だけでなく、「動ける自分」をどう支えるか。いま、教育にはその問いへの答えが求められている。

フィンランド南部の都市・ラハティでは、その問いに正面から向き合う教育プログラムが始まっている。「Climate Mentor(クライメート・メンター)」と名づけられたこの試みは、気候不安を抱える高校生に寄り添い、行動のきっかけを共に見つけていくものだ。

本記事では、このプログラムを手がかりに、“不安を抱える若者が行動を起こす力をどう身につけていけるのか”を考えていきたい。

Z世代に広がる「気候不安」という現実

「地球の未来が心配で眠れないことがある」——そんな言葉を口にする高校生が、もはや珍しくない時代になっている。国際調査によると、世界の若者の約7割が「気候変動によって自分たちの将来が脅かされている」と感じている。
SNSやニュースを通して、山火事や洪水、異常気象の映像を毎日のように目にする彼らにとって、気候危機は「未来の話」ではなく「今を覆う現実」だ。

しかし一方で、「自分に何ができるのか分からない」「努力しても意味がない気がする」といった声も根強い。気候変動の規模があまりに大きく、個人の行動が無力に感じられる——この“無力感”こそが、若者の行動を止める最大の壁になっている。

教育現場もまた、従来の「知識を教える環境教育」だけでは、この課題に応えきれなくなっている。必要なのは、若者が「自分ごと」として気候と向き合い、「行動を起こす自信」を育てる新しい学び方だ。そのヒントを、北欧フィンランドのラハティ市が提示している。

「Climate Mentor」——気候不安を抱える若者に伴走する

フィンランド南部の都市・ラハティは、かつて環境汚染に悩む工業都市だったが、いまでは「ヨーロッパのグリーン・キャピタル(環境首都)」に選ばれるほど、気候対策に先進的に取り組む都市として知られている。

そのラハティ市で2025年に始まったのが、高校生を対象にした教育実験「Climate Mentor」プログラムだ。市と教育機関、若手専門家が協働して立ち上げたこの試みは、気候不安を抱える生徒たちに、環境分野の若手アクティビストや研究者が“伴走者”として寄り添うというもの。

プログラムの目的は、「知識を増やすこと」ではなく、「自分なりの行動の形を見つけること」。若者が「どうすれば自分の力で社会に影響を与えられるか」を探る過程そのものを学びとし、気候変動に対する主体性、すなわちagencyを育てることを目指している。これは単なる環境教育ではなく、若者のウェルビーイング(心の健康)と未来への信頼を回復することを重視したアプローチでもある。

生徒の声が示す、“気候を語る”新しい学びのかたち

フィンランド国営放送のYleによると、ラハティ市内の高校で行われているこの授業では、生徒たちが自分の言葉で気候問題を語り、社会に発信する力を身につけている。

ガウディア高校の生徒ヴィルマ・ハウリ氏は、「メンターとの対話を通じて、気候変動について“どう影響を与えられるか”という視点を初めて持てるようになった」と話す。
これまで漠然とした不安として存在していた気候問題が、「自分にもできることがある」という手触りのある実感に変わり始めているのだ。

同じくミントゥ・マルティラ氏は、「気候変動に関する知識が増えるにつれて、自分の支出習慣や消費行動について考えるようになった」と語る。環境教育が知識の蓄積のみならず、日常生活の選択にまでつながっていることを示す言葉だ。

Climate Mentorプログラムは、“安全に話せる場”を提供し、若者が自分の感情を言葉にし、行動の形を探るプロセスを支えている。市では今後、このモデルを他の高校や地域にも展開する計画があり、教育と気候行動を結びつける新しいアプローチとして注目を集めている。

「不安」を「行動」に変える3つのカギ

ラハティ市のClimate Mentorプログラムが注目されているのは、単に新しい教育手法だからではない。そこに、気候不安を抱える若者が「動ける自分」を取り戻すための構造が組み込まれているからだ。生徒たちの変化を支える要素は、大きく3つに整理できる。

1.個の声を育てる

メンターとの対話を通して自分の考えを言語化し、意見文を書いたりSNSで発信したりと、それぞれのスタイルで表現を試みる。「完璧な正解」を探すのではなく、「自分の感じたことを自分の方法で伝える」という小さな一歩が行動のきっかけになることを体験させる。

2.知識よりも共感

若手の気候メンターたちは、生徒と同じ目線で会話を重ね、自分自身が経験した不安や迷いも共有する。上下の関係ではなく、同じ問題を前に一緒に考える“対話の関係”が築かれ、その距離の近さが信頼と行動のエネルギーを生む。

3.学びを社会につなげる

ラハティ市はカーボンニュートラル都市を目指し、市民・企業・教育機関が連携して気候行動を進めている。
高校生たちも、地域のプロジェクトや学校を通じた取り組みの中で、自分の考えを共有したり発信する機会を持っている。こうした関わりが、教室での学びを社会と結びつけ、「自分の声が誰かに届くかもしれない」という実感を育てている。

こうした3つの仕組みが、気候不安を“静かな心配”から“能動的な関与”へと転換させている。

若者が動くとき、社会も動く——日本へのヒント

ラハティ市のClimate Mentorプログラムが示すのは、気候変動への新しい教育モデルであると同時に、「若者が自分の意見を持ち、行動する社会」への指針でもある。この試みの本質は、気候そのものよりも、「変化を待つ側」から「変化をつくる側」へと、若者の立ち位置を変えることにある。

日本でも、探究学習や地域連携の授業が広がりつつある。そこに「気候」や「サステナビリティ」というテーマを掛け合わせることで、学びの意義は一段と深まるだろう。たとえば、生徒が気候不安を言語化し、地域や企業と協働して自分の提案を形にする——そうしたプロセスが、教室の外と社会をつなぐ回路になる。

そして、この教育モデルが示唆するのは、気候変動にとどまらない。若者が自分の意見を持ち、他者と対話し、社会に働きかける力は、政治や地域づくり、ジェンダー、テクノロジー、文化など、あらゆる分野に応用できる。“気候”はあくまで入り口であり、その奥にあるのは、「自分の声で世界と関わる」力を育てることだ。

未来を“教える”から、“共に動き、育てる”へ

ここまで見てきたラハティ市の取り組みが示しているのは、気候教育を超えた「学びのかたち」の変化だ。知識を一方的に教えるのではなく、若者と大人が対話を通じて共に考え、行動を起こす力を育てている。
その中心にあるのは、「正解を伝える」教育ではなく、「自分の声で考え、動く」学びのあり方だ。

メンターと生徒が意見を交わしながら自分なりの答えを探す過程は、若者に「自分の考えを持っていい」という感覚と、その考えを行動に移す自信を与えている。不安や葛藤を抱えたままでも対話できる場が、学びを知識から実践へと変えていく。気候をきっかけに、“共に考える文化”とともに、行動を起こす力が確かに芽生えつつあるのだ。

ラハティ市の高校生たちが見せてくれたのは、答えを急がずに考えつづける姿勢、そしてその思考を一歩ずつ形にしようとする静かな勇気である。未来は“教わるもの”ではなく、“共に動き、育てていくもの”。その過程にこそ、次の時代をつくる力が宿っている。

文:中井 千尋(Livit
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