新NISA制度の拡充や株価の高騰を背景に、日本の個人投資家の数は、過去最高の約1,500万人を超えたといわれている。もはや株式投資は一部の富裕層だけのものではなく、多くのビジネスパーソンにとって”身近な”資産形成の手段となりつつある。
こうした環境変化を受け、投資判断において重要な情報源となる企業のIR活動にも転換が求められている。これまでは機関投資家主な対象とし、論理性や精緻さを重視した説明が中心だった。しかし今後は、「堅い」「難しい」といった従来型のIRだけでは、新たな主役となった個人投資家の共感や理解を十分に得ることは難しい。
株式会社ミンカブ・ジ・インフォノイド(以下、ミンカブ)が2025年12月10日に開催した「個人投資家に響く IR情報発信戦略セミナー」では、累計利益100億円を超える個人投資家のテスタ氏をはじめ、企業、メディア、法律の専門家が一堂に会し、これからのIRに必要な「共感」と「戦略」について議論が交わされた。
本記事では、同セミナーのトークセッションの内容を中心に、「株主」を「ファン」に変える次世代のコミュニケーション戦略のヒントを探る。
「機関投資家は、ビジネスとして運用を行います。当然、会社や決められたルールにもとづいてアクションをしなければいけません。対して個人投資家の場合は、そういったものに縛られません。『その会社のことが好き』『この商品が好き』といった感情で動くことも多い。
三菱UFJ信託銀行 法人マーケット統括部 証券代行業務開発室長 兼 海外証券代行企画室長 市橋 哲也氏この右脳的なアプローチ、つまり「応援したい」「好きだ」という感情こそが、今の個人投資家を動かす原動力となっている。言い換えると、投資とは「推し活」の側面もあるのだ。テスタ氏も、個人投資家の多様化についてこう語る。
「年齢も投資の目的もさまざまな個人投資家のなかには、特定の会社が好きだから応援したい、という理由でずっと株を持っている人も結構いるんです。例えば、株主優待が欲しくて持ち続けるなど、機関投資家とは異なるさまざまな理由があるんですよね」
個人投資家 テスタ氏企業にとって、個人投資家は単なる資金の出し手ではない。議決権行使を通じた応援団であり、持ち合い株解消(企業間で相互に保有する株式を売却し、その関係を解消すること)の受け皿であり、そして株価下落局面での下支え役にもなり得る存在だ。彼らを「ファン株主」として取り込めるかどうかが、今後の企業価値を左右するかもしれない。
しかし、現場の最前線にいる企業担当者は、この急激な変化に戸惑いを隠せないという。第一生命ホールディングス株式会社の齋藤 信也氏は、自社が抱える悩みを率直に吐露した。
「投資家層の多様化は、予想もできないスピードで進んでいると感じます。新NISAで裾野が広がり、投資に詳しい人もいれば、詳しくない人もいる。
第一生命ホールディングス株式会社 総務ユニット 経営総務グループ ラインマネジャー 齋藤 信也氏これに対し、テスタ氏は個人投資家の視点から「分かりやすさ」の重要性を強調する。
「投資の最初のハードルは、やっぱり『難しい』と『怖い』という感覚だと思うんですよ。アナリストの方と話していると、あまりにも専門用語が多い。初心者は最初の1~2分でついていけなくなります。個人投資家が理解しやすいように、どれだけ分かりやすい言葉や動画などを活用して伝えているか。そこが、機関投資家中心だった時代と現在との大きな違いだと思います」
専門用語ではなく、誰にでもわかる言葉に「翻訳」して伝えること。そして、バラエティ要素や親しみやすさを取り入れること。テスタ氏自身、SNSでの発信において専門用語を使った後、分かりやすく訳して説明することを徹底してきた結果、多くのフォロワーに支持されるようになったと話す。
「従来にはなかったような柔らかさやバラエティ要素を取り入れた投資関連の動画が、一番伸びています。以前は芸能人の方もお金の話をするのを避ける傾向がありましたが、今は『実は僕も投資をやっているんです』と言えるようになってきた。こうした変化を踏まえ、投資について発信する芸能人の方とも連携しながら、戦略的に情報発信をしていくことが大事だと思います」
ミンカブの熊取谷 重徳氏は、メディアの立場からBtoB企業の現状をこう分析する。
「BtoB企業の場合、専門的な機械の部品など、直接目に見えないものを作っているケースも多いですよね。でも企業さんとしては、『僕らは日本の産業を支えている』ということを知ってほしいという思いが強い。社会的な信頼性の高さや、認知を広めることで優秀な人材の採用につなげたいというニーズもよく聞きます」
株式会社ミンカブ・ジ・インフォノイド 執行役員 熊取谷 重徳氏製品が直接消費者の目に触れづらいBtoB企業は、どのようにすれば投資対象として認識されるか。これに対してテスタ氏は、BtoB企業であっても「身近な製品との接点」を見つけ出し、それを分かりやすく発信することが突破口になるとアドバイスする。
「消費者の目には見えないけど、『多くの人が知っているこの商品には、自分たちの部品が使われているんだよ』と、動画で伝えていくのが一番良いと思います。部品や素材の提供先に協力してもらい、『この商品はこの部品がないと絶対に動かない』といったストーリーを紹介していく。それを、認知度の高い芸能人やインフルエンサーに紹介してもらう発信方法が良いと思います」
市橋氏もまた、社会課題解決への貢献をストーリーとして伝えることの重要性を説く。
「最近、会社名だけを見ても何をやっている会社かわからない企業が増えています。
単なるスペックや業績の数字ではなく、その技術や製品・サービスがどう社会を良くしているのか、私たちの生活をどう支えているのかという「物語」を語ること。それが、BtoB企業が個人投資家の心をつかむための鍵となりそうだ。
しかし、企業担当者にとって「炎上リスク」や「法規制」は大きな懸念材料だ。
京都アカデミア法律事務所の岡本 哲也弁護士は、IRとPRの法規制が交錯する現代において、特に「ステルスマーケティング規制(以下、ステマ規制)」への注意を喚起する。
「例えば、企業がインフルエンサーに依頼してPR動画を作ってもらう際、それが『広告』であることを伏せた状態で、インフルエンサーが『ここの株価は絶対に上がる』といった強い推奨を行うと、ステマ規制違反や金融商品取引法上の問題になる可能性があります。ポイントは、企業が投稿内容の決定に関与していたかどうか。広告なのか、それとも自由に発信してもらうのか、事前に決めておく必要があります」
京都アカデミア法律事務所 副代表・マネージングパートナー弁護士 岡本 哲也氏さらに岡本氏は、法令遵守だけでなく、レピュテーションリスクへの配慮も不可欠だと語る。
「法令違反以上のインパクトが炎上リスクにはあります。SNSの拡散性を考えると、事前に『炎上したときにはこうしよう』『こういう範囲でしか発信しないでおこう』といった危機管理マニュアルをきちんと作り、社内で共有しておくことが必要です」
このように、リスクを恐れて何もしないのではなく、適切な知識と線引きを持った上で新しいチャネルに挑戦することが求められている。
セミナーの最後、登壇者はそれぞれの立場から、変革期にあるIRへの思いを語った。
「企業の方々がこれだけ悩まれているということがよくわかりました。我々は、証券代行機関の立場で一緒に解決策を模索するパートナーとして伴走できればと思います」
続いて齋藤氏は、企業の当事者として一歩踏み出す覚悟を伝えた。
「『これをやれば正解』という答えがない中、勇気を持ってチャレンジし、正解を見つけていく繰り返しなのだと改めて感じました。今日のセミナーを後押しに、新たな取り組みに挑戦していきたいです」
そして、テスタ氏は企業担当者に向け、次のような力強いエールを送った。
「やっぱり最初のハードルは高いけれど、一歩踏み出さないとその先には進めません。特にこれから先、SNSを使う世代はどんどん増えていくので、どこかのタイミングで新たなコミュニケーション施策に取り組む必要があると思うんです。先行者利益じゃないですが、早く始めたほうが有利になる場面はたくさんあるので、ぜひ勇気を持ってチャレンジしてもらい、変わっていってほしいと思います」
「IR」と「PR」、かつては別々の領域だった両者が今、融合し始めている。数字や論理だけでなく、ストーリーや共感で「ファン」を作る。そんな新しいコミュニケーション戦略に踏み出すことが、これからの企業価値を高める鍵になるだろう。
文:吉田 祐基
こうした環境変化を受け、投資判断において重要な情報源となる企業のIR活動にも転換が求められている。これまでは機関投資家主な対象とし、論理性や精緻さを重視した説明が中心だった。しかし今後は、「堅い」「難しい」といった従来型のIRだけでは、新たな主役となった個人投資家の共感や理解を十分に得ることは難しい。
株式会社ミンカブ・ジ・インフォノイド(以下、ミンカブ)が2025年12月10日に開催した「個人投資家に響く IR情報発信戦略セミナー」では、累計利益100億円を超える個人投資家のテスタ氏をはじめ、企業、メディア、法律の専門家が一堂に会し、これからのIRに必要な「共感」と「戦略」について議論が交わされた。
本記事では、同セミナーのトークセッションの内容を中心に、「株主」を「ファン」に変える次世代のコミュニケーション戦略のヒントを探る。
投資判断は「左脳」ではなく「右脳」で。難しさと怖さを取り除く“翻訳力”が鍵
トークセッションの冒頭、三菱UFJ信託銀行の市橋 哲也氏は、機関投資家と個人投資家の決定的な違いについて興味深い視点を提示した。それは「脳の使い方」の違いだ。「機関投資家は、ビジネスとして運用を行います。当然、会社や決められたルールにもとづいてアクションをしなければいけません。対して個人投資家の場合は、そういったものに縛られません。『その会社のことが好き』『この商品が好き』といった感情で動くことも多い。
機関投資家は『左脳』で投資をするが、個人投資家は『右脳』も使って投資をする。そんな違いがあります」
「年齢も投資の目的もさまざまな個人投資家のなかには、特定の会社が好きだから応援したい、という理由でずっと株を持っている人も結構いるんです。例えば、株主優待が欲しくて持ち続けるなど、機関投資家とは異なるさまざまな理由があるんですよね」
しかし、現場の最前線にいる企業担当者は、この急激な変化に戸惑いを隠せないという。第一生命ホールディングス株式会社の齋藤 信也氏は、自社が抱える悩みを率直に吐露した。
「投資家層の多様化は、予想もできないスピードで進んでいると感じます。新NISAで裾野が広がり、投資に詳しい人もいれば、詳しくない人もいる。
そうなると、今まで通りのやり方では、もう通用しないと強く感じています。投資に興味がない人にいかに興味を持ってもらうか、興味がある人にいかに知ってもらうか。そして株主になってもらい、最終的にファンになってもらう。それぞれのフェーズにおいて、今までタッチできなかった層、例えば若い人などにアプローチするためには、分かりやすさや親しみやすさといった、いわばエンタメ性のある要素も必要だと感じています。このように投資家層が多様化する中で、より戦略的なコミュニケーションが求められるからこそ、これまで以上に難易度は確実に上がってきています」
「投資の最初のハードルは、やっぱり『難しい』と『怖い』という感覚だと思うんですよ。アナリストの方と話していると、あまりにも専門用語が多い。初心者は最初の1~2分でついていけなくなります。個人投資家が理解しやすいように、どれだけ分かりやすい言葉や動画などを活用して伝えているか。そこが、機関投資家中心だった時代と現在との大きな違いだと思います」
専門用語ではなく、誰にでもわかる言葉に「翻訳」して伝えること。そして、バラエティ要素や親しみやすさを取り入れること。テスタ氏自身、SNSでの発信において専門用語を使った後、分かりやすく訳して説明することを徹底してきた結果、多くのフォロワーに支持されるようになったと話す。
「従来にはなかったような柔らかさやバラエティ要素を取り入れた投資関連の動画が、一番伸びています。以前は芸能人の方もお金の話をするのを避ける傾向がありましたが、今は『実は僕も投資をやっているんです』と言えるようになってきた。こうした変化を踏まえ、投資について発信する芸能人の方とも連携しながら、戦略的に情報発信をしていくことが大事だと思います」
見えないBtoB企業こそ「ストーリー」でファンを作る
今回のセミナーには、多くの企業担当者から事前質問が寄せられた。その中でも特に切実だったのが、「BtoB企業のため知名度が低く、個人投資家にどうアピールすればいいかわからない」という悩みだ。ミンカブの熊取谷 重徳氏は、メディアの立場からBtoB企業の現状をこう分析する。
「BtoB企業の場合、専門的な機械の部品など、直接目に見えないものを作っているケースも多いですよね。でも企業さんとしては、『僕らは日本の産業を支えている』ということを知ってほしいという思いが強い。社会的な信頼性の高さや、認知を広めることで優秀な人材の採用につなげたいというニーズもよく聞きます」
「消費者の目には見えないけど、『多くの人が知っているこの商品には、自分たちの部品が使われているんだよ』と、動画で伝えていくのが一番良いと思います。部品や素材の提供先に協力してもらい、『この商品はこの部品がないと絶対に動かない』といったストーリーを紹介していく。それを、認知度の高い芸能人やインフルエンサーに紹介してもらう発信方法が良いと思います」
市橋氏もまた、社会課題解決への貢献をストーリーとして伝えることの重要性を説く。
「最近、会社名だけを見ても何をやっている会社かわからない企業が増えています。
だからこそ、『自分の会社は個人に直接届けているわけではないが、社会のためにこんなに役に立っている』ということを、消費者にも分かりやすくアウトプットすることが大切だと感じます」
単なるスペックや業績の数字ではなく、その技術や製品・サービスがどう社会を良くしているのか、私たちの生活をどう支えているのかという「物語」を語ること。それが、BtoB企業が個人投資家の心をつかむための鍵となりそうだ。
「炎上リスク」を先読みし、一歩踏み出す勇気が未来を変える
個人投資家の中でも特に若年層へのアプローチとして、SNSやデジタルの活用は避けて通れない。テスタ氏は「今やってなくても、いつか必ずやらなければいけないときが来る」と、早期のSNS参入を促す。しかし、企業担当者にとって「炎上リスク」や「法規制」は大きな懸念材料だ。
京都アカデミア法律事務所の岡本 哲也弁護士は、IRとPRの法規制が交錯する現代において、特に「ステルスマーケティング規制(以下、ステマ規制)」への注意を喚起する。
「例えば、企業がインフルエンサーに依頼してPR動画を作ってもらう際、それが『広告』であることを伏せた状態で、インフルエンサーが『ここの株価は絶対に上がる』といった強い推奨を行うと、ステマ規制違反や金融商品取引法上の問題になる可能性があります。ポイントは、企業が投稿内容の決定に関与していたかどうか。広告なのか、それとも自由に発信してもらうのか、事前に決めておく必要があります」
「法令違反以上のインパクトが炎上リスクにはあります。SNSの拡散性を考えると、事前に『炎上したときにはこうしよう』『こういう範囲でしか発信しないでおこう』といった危機管理マニュアルをきちんと作り、社内で共有しておくことが必要です」
このように、リスクを恐れて何もしないのではなく、適切な知識と線引きを持った上で新しいチャネルに挑戦することが求められている。
セミナーの最後、登壇者はそれぞれの立場から、変革期にあるIRへの思いを語った。
まず、市橋氏は企業の悩みを理解した上で、寄り添う姿勢を示す。
「企業の方々がこれだけ悩まれているということがよくわかりました。我々は、証券代行機関の立場で一緒に解決策を模索するパートナーとして伴走できればと思います」
続いて齋藤氏は、企業の当事者として一歩踏み出す覚悟を伝えた。
「『これをやれば正解』という答えがない中、勇気を持ってチャレンジし、正解を見つけていく繰り返しなのだと改めて感じました。今日のセミナーを後押しに、新たな取り組みに挑戦していきたいです」
そして、テスタ氏は企業担当者に向け、次のような力強いエールを送った。
「やっぱり最初のハードルは高いけれど、一歩踏み出さないとその先には進めません。特にこれから先、SNSを使う世代はどんどん増えていくので、どこかのタイミングで新たなコミュニケーション施策に取り組む必要があると思うんです。先行者利益じゃないですが、早く始めたほうが有利になる場面はたくさんあるので、ぜひ勇気を持ってチャレンジしてもらい、変わっていってほしいと思います」
「IR」と「PR」、かつては別々の領域だった両者が今、融合し始めている。数字や論理だけでなく、ストーリーや共感で「ファン」を作る。そんな新しいコミュニケーション戦略に踏み出すことが、これからの企業価値を高める鍵になるだろう。
文:吉田 祐基
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