それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
左から父親の一通さん、リック吉村会長、こころさん、大畑トレーナー
中城こころさんは、この春、福生市立福生第三中学校に入学しました。
毎日向かうのは、米軍横田基地のすぐ近くにある「リングサイドフィットネスジム」。ここは、元ボクサー・リック吉村さんが運営するボクシングジムです。

リングサイドフィットネスジム
リック吉村さんは、日本スーパーライト級と日本ライト級の2階級を制覇し、日本ライト級では22連続防衛という日本記録を持っています。2001年にはWBA世界ライト級タイトルマッチに初挑戦。チャンピオンの畑山隆則に挑みますが、判定でドロー。この壮絶な試合は、いまでもボクシングファンの語り草となっています。
こころさんがボクシングを始めたのは、小学3年生のころでした。当時、同級生の男子からいじめを受けており、「女は弱い。そんなの常識だ!」と言われたことで「見返してやりたい」という思いが湧き上がっていたそうです。
当時、こころさんの父親・一通さんは、運動不足解消のために「リングサイドフィットネスジム」に通っていました。元気のない娘を見て「ボクシングは面白いぜ! 一緒に行くか?」と誘ってみると、「行く行く!」と付いて来たそうです。
ボクシングジムは「男の世界」というイメージがありますが、会長のリック吉村さんは小学生から高齢者まで男女の隔たりなく、興味のある人にボクシングを教えています。

サンドバッグにパンチを叩き込むこころさん
こころさんは、いじめの鬱憤をパンチで解消していきます。その上達ぶりに、父親の一通さんは目を見張ったそうです。
「トレーナーを相手に『ミット打ち』をするんですが、ワンツースリーと鋭いコンビネーションパンチを打ち込むんです。昨日できなかったことが、きょうできるようになるのが面白く、自分の自信にもなっていったようですね」
こころさんの才能に注目したのは、トレーナーの大畑秀昭さんです。
「彼女は腕が長く、顔が小さい。これはボクサーにとって非常に有利な体型なんですよ。ハートも強いから、彼女の将来が楽しみです」
一人娘のこころさんがボクシングを始めたとき、猛反対したのは母親・幹代さんでした。
「練習はいいけれど、試合はダメだと言いました。殴り合うスポーツなので、もしものことがあったら心配で心配で……。でも、試合に臨む真剣な眼差しと、必死に戦う姿を見たら、『娘は本気なんだ。もう止められないんだ』とわかったんです。

ミット打ちの練習
去年(2022年)9月、小学6年生のとき、「ジュニア・チャンピオンズリーグ全国大会」に出場したこころさん。ボクシングの聖地・後楽園ホールのリングに12歳で立ちました。
日本一を決める決勝戦ではTKO負けを喫します。悔しさのあまり「ボクシングをやめる!」と号泣しますが、涙が枯れると、またボクシングジムに通い始めました。
父親の一通さんは、パンチの威力を知っています。
「スパーリングでボディにパンチを喰らうと息ができなくなり、耳に当たると、しばらく聞こえなくなるんです。アゴにフックが命中し、3日ほど食事がうまく噛めなかったこともあります。ヘッドギアを付けてもパンチの威力はすごいんです。だから、『可愛い娘になぜボクシングをさせるの?』と、よく言われるんですよ」

リック吉村会長を相手にミット打ちをするこころさん
一通さんはこう言います。
「自分が中学生のころ、あれほど熱中できるものはなかったんです。毎日休まずボクシングに打ち込む娘の姿を見たら、『やめろ』なんて言えないですし、羨ましいとさえ思えてくるんです。我が子ながら尊敬してしまうんですよ」
月曜から日曜まで、ほぼ毎日ボクシングジムに通うこころさん。
返ってきたのは「いえ、プロボクサーになって世界チャンピオンを目指します!」という言葉でした。女子中学生ボクサー・中城こころさんの大きな夢への挑戦は、始まったばかりです。
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