「筋肉」と聞くと、腕の力こぶやムキムキのボディビルダーのイメージがあります。また、肌の露出が増える時期を前に、筋肉をつけようと努力されている方もいれば、入院生活で落ちてしまった筋肉のリハビリに励んでいらっしゃる方もいます。
今回は、地元の特産と筋肉を結び付けて、町おこしに取り組んでいるご夫婦のお話です。
杉山勇人さん
それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
かまぼこが有名な神奈川県小田原市。数ある蒲鉾屋さんの一つ、「伊勢兼商店」は、創業200年近い老舗です。六代目の杉山勇人さんは、平成元年生まれの36歳。今から5年前、お父様から経営を任されましたが、お店の帳簿を見て愕然としました。
『板付きの小田原らしい蒲鉾だけではやっていけない。店の強みを探さなくては!』
そう思った杉山さんがお客さんの声に耳を傾けると、かまぼこと一緒に作っていた「ちくわ」の評判の良さが伝わってきました。そこで、かまぼこの伝統を守りながら、ちくわの比重を増やしていこうとしますが、その矢先、経理担当だった杉山さんの奥様が、お店から忽然と姿を消してしまいます。
実は奥様は、老舗の仕事の厳しさの前に心が悲鳴を上げ、小さいお子さんを連れ実家に戻ってしまいました。それも無理はなく、蒲鉾屋さんの朝は早く、午前4時台からの仕事は当たり前。杉山さんは、毎日営業に飛び回り、家庭を顧みる余裕は全くありませんでした。
『ああ、営業成績は悪いし、妻にも逃げられたし。もう、何をやってもダメだ!』

小田原かまぼこ通り(旧東海道)
全てを投げ出したくなった杉山さんですが、お姉様のアドバイスもあって、「自分のやりたいことをやろう」と気持ちを改めます。実は杉山さんは、ラガーマンだった学生時代から体の筋肉と栄養について調べていて、ちくわの魚肉たんぱくの良さを、もっと多くの人に知ってもらいたいと思っていました。
そんな時、ふと、奥様とジムに通いながら、お互いに興味のあった「筋肉」について語り合った日々を思い出しました。奥様は目をキラキラ輝かせて、いつかボディービルの大会に出たいと話していました。妙案を思いついた杉山さんは、急いで実家の奥様を訪ねて頭を下げます。
「魚肉たんぱくが筋肉の健康維持にいいことを証明したいんだ。ボディービルの大会に出たいって言ってたよね? お店に帰ってきて、魚肉たんぱくで栄養を取りながら、トレーナーも付けて大会に出て、一緒に魚肉たんぱくの力を証明してくれないか?」
「私、やってみる!」
奥様は首を縦に振ってくれました。

杉山勇人さん
さて、筋肉を鍛えている方にとっては、これまで鶏肉やプロテインといったものが栄養補給の主流で、ちくわはほぼ見向きもされていませんでした。なぜなら、従来のちくわは原価率を下げるため、でんぷんが多く混ぜられており、糖質が多く含まれていることが大きなネックとなっていたからです。
そこで杉山さんは、ジムのトレーナーやボディービルの大会に出場している選手の方たちと一緒に、「小田原筋肉協会」という組織を立ち上げ、魚肉たんぱくだけで作る、ヘルシーなちくわの開発を目指します。
当然、魚肉の比率が増えれば、スーパーのちくわより値段は高くなります。
「ちくわを並べると、筋肉がきれいに6つに割れた憧れのシックスパックに見えない?」「ちくわでシックスパック……、『ちっくすパック』なんて名前はどうかしら?」
そんなメンバーの皆さんの雑談から、魚肉たんぱく100%、塩分控えめのちくわは「ちっくすパック」と名付けられ、2024年6月に誕生の日を迎えます。そして、9月に行われた「美ボディコンテスト」では、自ら体を張って魚肉たんぱくでトレーニングに励んだ杉山さんの奥様が、見事全国のトップ10入りを果たしました。

ちっくすパック
それから1年、「ちっくすパック」は関東の大手スーパーでも取り扱われるようになり、小田原筋肉協会の取り組みは「おだわらMIRAIアワード」も受賞し、その実力を行政も認めるところとなりました。ただ、杉山さんはもっと驚くことがあったといいます。
「ちっくすパックは、どちらかというと若い世代向けに開発したつもりだったんですが、実は健康を意識した中高年の方から、とても大きな支持をいただくようになりました。あと、ちっくすパックをきっかけに、小田原に移住してくれたご夫婦もいるんです」
実は小田原は、東京まで新幹線で33分で通勤圏内、加えて、人口およそ18万に対してジムが40軒以上もある、素晴らしい環境が整った「筋肉のまち」でもありました。
いつか小田原が誇る「魚肉たんぱく」で体作りをする人が当たり前になる日を夢見て、杉山さんご夫婦と、小田原の筋肉を愛するメンバーの挑戦は続きます。
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