ニッポン放送報道部畑中デスクのニュースコラム「報道部畑中デスクの独り言」(第422回)
■再挑戦、見たくはなかった2年前の“デジャヴ”
月面着陸への挑戦……、リベンジはなりませんでした。
着陸発表会会場には月着陸機のレプリカも
日本の宇宙ベンチャー、ispace (アイスペース)が開発した月着陸機第二弾の「レジリエンス」。2023年の失敗から2年、リベンジを期し、6月6日未明に月面着陸に挑みました。
今回「レジリエンス」と名付けられた着陸船は「困難を乗り越える回復力」という意味を持ちます。高さ2.3m、幅2.6m、重さ340kgの機体、燃料を充填すると約1tになります。第一弾の失敗を受け、高度を正しく判定できるようセンサーや飛行制御システムを大幅に改良したほか、目的地も前回より平らな地形を選ぶなどの対策を施し、今年1月、アメリカ・スペースXのロケットで打ち上げられました。
計画では午前3時15分ごろ、メインエンジンを進行方向に噴射して降下を開始、時速約6000kmの着陸機は、メインエンジンを噴射することで、高度約3kmで時速約380kmまで減速します。さらにメイン、サブエンジンで減速しながら姿勢を調整し、高度約1kmで時速約120km、高度約10mで時速約2km、そして午前4時17分に月の北極に近い「氷の海と呼ばれる月面に着陸する予定でした。
着陸挑戦当日、私は午前2時前に着陸発表会場に到着。会場はRESILIENCEと書かれた赤いタオルを手に、関係者が見守ります。画面にはテレメトリと呼ばれる高度や速度などのデータが映し出されていました。あくまでもデータは参考値であり、実際の挙動は詳しい分析の末で判明しますが、「高度ゼロ、速度ゼロ」になれば、着陸を意味することになります。

着陸発表会会場(東京・大手町 プロジェクターの画面はispace提供)
着陸予定時刻まであと約1分に迫り、会場のボルテージも上がってきました。
しかし、予定時刻を過ぎてもテレメトリの数字は復活しません。関係者が確認に追われ、プロジェクターは機体のこれまでを伝えるVTRに切り替えられました。デジャヴ? 2年前の第一弾でも見た光景です。午前4時30分過ぎ、初めてスタッフから「現時点ではまだ通信確立ができていない」と現状の説明があり、発表会は終了しました。第一弾の時にあった袴田武史CEOの囲み取材は行われず、午前9時からの記者会見に委ねられました。
■様々な見立てを基に記者会見へ、「失敗」が明らかに
発表会終了後、私はいつも顔を合わせる記者仲間と着陸時の配信画面を確認していました。着陸1分50秒前には高度329m、時速283kmで推進系のグラフも動いていましたが、5秒後に高度52m、時速187kmを記したものの、推進系のグラフが消えました。

着陸直前にデータの数字が消えた(画面はispace提供)
テレメトリのデータは機体の状態を必ずしも正確に示しているわけではないにせよ、この10秒の間に何かが起きたということになります。機体は衝突した可能性が高い、エンジンやソフトウェアの不具合か、重力に過度に引っ張られたか……、様々な見立てをしていました。
午前9時の記者会見は第一弾と同じく、私はオンラインで参加しました。
「6月6日金曜日午前8時現在、通信回復が見込まれず、ミッション2の終了を判断した。着陸としては失敗という捉え方で問題ない」
袴田CEOは疲れた表情で「着陸失敗」を明らかにしました。通信が途絶えた後、再起動を試みたものの、通信確立には至らなかったということです。
現時点では月面との距離を測る装置からのデータ取得が遅れたこと、機体が十分に減速できず、最終的に月面に衝突した可能性が高いということです。なお、「データが遅れたから減速できなかったのか」「減速できなかったからデータが遅れたのか」。データ取得の遅延と減速タイミングとの因果関係については不明です。

記者会見する袴田武史CEO(オンライン画面から)
質問が進み、データは高度192mまでは確認されていることが明らかになりました。発表会場で高度329mから52mの間に推進系のデータが消えた画面を見ましたが、まさに消える途中まではデータが来ていたということになります。
着陸に成功すればアジアの民間企業では初の月面着陸。搭載された小型探査車「テネシアス(粘り強さの意)」で月の砂「レゴリス」を採取し、NASA(アメリカ航空宇宙局)に販売するという初の「月面商取引」が実現する予定でした。探査車の走行やレゴリス採取が実現すれば、これまた世界の民間企業では初めてとなるはずでした。
宇宙開発の世界が民間主体になれば、自ずと学術研究より、商業利用の意味合いが強くなっていきます。そうなれば、ニュースとしての分類も「科学記事」ではなく「経済記事」になっていきます。報道機関の中には経済部中心の体制を敷いているところもありました(ラジオ局のような小さな所帯ではそんな分類は関係なくなりますが)。しかし、それも安定した着陸があってのこと。しばらくは科学記事としての扱いが続きそうです。
ispaceでは第一弾、第二弾で着陸における技術、ビジネスモデルの実証を確立し、第三弾以降、機体も大型化して輸送量を増やすという商業化の“青写真”を描いていましたが、まずは原因の分析が先決。袴田CEO は「残念で申し訳ない気持ち」としながら「起こったことを受け止めて分析しなければいけない。
(了)