ニッポン放送で平日午後に放送中の『ザ・ラジオショー』(月~木:ナイツ、金:中川家)内でお届けしている地域情報コーナー「ハロー神奈川」を担当する田中久江が、26日放送の『ナイツ ザ・ラジオショー』にスタジオ出演。約30年にわたり担当した同コーナーを勇退することが発表され、リスナーから感謝と惜別のメッセージが寄せられた。

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地域情報コーナー「ハロー」は、ニッポン放送の主な番組聴取区域である神奈川県、千葉県、埼玉県の地域イベントや、ニッポン放送や各支局の協賛イベントを紹介する構成で、1976年から放送されている。2008年に「ハロー埼玉」が休止となり、現在は、『高田文夫のラジオビバリー昼ズ』内で「ハロー千葉」、『ザ・ラジオショー』内で「ハロー神奈川」が放送されている。

東京・有楽町のニッポン放送本社スタジオにいるワイドパーソナリティと、各支局にいる契約アナウンサーとの掛け合いから、放送当日に紹介する情報を読み上げる構成で、番組で読み上げられる情報は、各契約アナウンサーが独自で取材した原稿を元にしている。

26日の放送で、翌日をもって勇退することが発表されると、「毎回ワクワクしながら聴いていました」、「本当に寂しくなる」、「平日の午後にラジオから流れる声、素敵でした」、「本当にお疲れ様でした」、「名前を聞いただけで声が思い浮かぶ」、「日常の当たり前の声だったから寂しい」、「いつも元気な声にパワーもらっていました」など、リスナーからはメールやSNSで感謝と惜別のメッセージが続々寄せられた。

「ハロー神奈川」担当のレジェンドアナウンサー勇退 リスナーから感謝と惜別のメッセージ
『ナイツ ザ・ラジオショー』公式Xより

『ナイツ ザ・ラジオショー』公式Xより、(左から)ナイツ塙、田中久江、ナイツ土屋、箕輪はるか

27日の最終出演を前に、これまで5年弱にわたり軽妙な掛け合いを繰り広げてきた『ナイツ ザ・ラジオショー』に初めてスタジオ出演した田中は、パーソナリティのナイツやパートナーの箕輪はるかとトークを繰り広げ、約30年にわたって「ハロー神奈川」を担当してきたこと、その以前には「ハロー埼玉」を担当し、長きにわたり声を届けてきたことが語られた。また、学生時代に放送部に所属してアナウンサーを志したこと、コーナー原稿はどうやって作られているのかなどをトークし、スタジオを沸かせた。

その後、日頃は横浜支局からお届けする「ハロー神奈川」を、この日は本社スタジオで生放送。横浜ランドマークタワーで開催される七夕イベントを紹介した。実際に手書きの原稿を目にしたナイツと箕輪は感動し、レジェンドの勇退に、花束を渡すと共に感謝の言葉をおくった。

「ハロー神奈川」担当のレジェンドアナウンサー勇退 リスナーから感謝と惜別のメッセージ
手書き原稿の数々

手書き原稿の数々

出演最終日となった27日は『中川家 ザ・ラジオショー』内で、これまで通り横浜支局から「ハロー神奈川」をお届け。情報を伝え終えると、スタジオにいた中川家と東島衣里アナウンサーから労いの言葉がかけられた。「長い間、ありがとうございました」と感謝の言葉を述べた田中は、今後どうするのかを問われ、「自分探しの旅に出ます(笑)」と茶目っ気たっぷりに語り、最後の出演を終えた。

「ハロー神奈川」担当のレジェンドアナウンサー勇退 リスナーから感謝と惜別のメッセージ
ハロー神奈川の原稿たち

ハロー神奈川の資料集

田中にインタビューすると、「本当にもう、生活の一部になっていたから、このリズムが終わるんだなぁって感じを今実感しました。支局にもう来ないのかな~と思うと、寂しい気持ちはありますけど、もうやりつくした感!そういうのはあります。満足ではないけど、もうこれだけやったからいいでしょーみたいな(笑)」と感想を語った。

「ハロー神奈川」担当のレジェンドアナウンサー勇退 リスナーから感謝と惜別のメッセージ
最後の出演を終えて

最後の出演を終えて

また、昨日の反響を受け、「とても驚きました。たしかに、ふとしたところで名前を出すと、もしかしてハロー神奈川をずっとやっている人?と言われたこともありました。全然知らない人で、私が住んでいる地域の方から、ずっと聴いているのよって声をかけて頂くこともあり、そういう方がいてくださることでラジオってすごいなぁってつくづく思います。昔からラジオが好きだったので、こうやってラジオに関われて30年強。すごい財産だと思っています。長らくお世話になりました。ありがとうございました」と、リスナーや関係者に心からの感謝の言葉を語った。

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