今回は昭和20年創業、戦後80年も続く、町のおもちゃ屋さんのお話です。
大人気の「BEYBLADE X」を持つ田中肇店長
それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
かつて中山道の宿場町で栄え、「べに花」の産地で知られる埼玉県桶川市。大宮駅からJR高崎線に乗って15分ほど、桶川駅東口に降り、駅前通りを2分ほど歩くと、昭和20年創業「おもちゃのおぢいさんの店」が見えてきます。2階建ての建物を見上げると「おもちゃのデパート」と大きく書かれた看板。その看板を囲うように、今は灯ることのない電飾がぐるりと囲んでいます。
「私のひいおじいさんが創業者で、2代目の祖父がこの建物を買い取って、おもちゃ屋さんを始めました」というのは、4代目の店長・田中肇さん、47歳。

地域の人々から「おぢいさん」と慕われた初代・田中松雄さん
創業者の田中松雄さんは、東京の駒込で、ゴムまりの製造販売をしていました。しかし空襲で焼け出され、桶川に疎開してきました。ゼロからのスタートでしたが、商売熱心だった松雄さんは近所の軒先を借りて醤油で煮たイカや駄菓子、ブリキのおもちゃやセルロイドの人形などを、戸板の上に並べて商売を始めました。

店長の父親・田中富雄さん(右)も店を手伝っている
そんなある日、三人の兄弟が飴玉を買いに来ました。ところが手元には1個分のお金しかありません。優しい松雄さんは、「ほら、あーんして」と、三人の口に飴玉を入れてあげたそうです。それから30年ほど経って、三兄弟の長男が「あの飴玉の味は一生忘れません」とお礼に訪れたことがありました。
昭和30年代から40年代の頃について、店長の父親・田中富雄さんは「私の父が2代目で、私の兄が3代目なんですが、あの頃は、ダッコちゃんやフラフープが飛ぶように売れましたね。私は駅前で山崎製パンのお店をやっていたんですが、年末になると、予約のクリスマスケーキが店に入り切らず、店の外に積み上げたほど、景気がよかったね」と懐かしそうに振り返ります。
昭和・平成・令和と時代は移り変わり、「おぢいさんの店」は、いま新たな局面を迎えています。

賑わいを見せていた頃の桶川駅東口商店街
昭和20年創業の「おぢいさんの店」。4代目の店長・田中肇さんは、昭和52年生まれ、スーパーマリオやドラゴンクエストのファミコン世代です。「私が小学生の頃、開店前からファミコンを買いに来る子どもたちで溢れていたのを思い出しますね。あれが最後だったかな……」
今では、大型玩具店や家電量販店、ネット通販でおもちゃを買う人が増え、さらに少子化の影響も重なって、かつて町に1つはあったおもちゃ屋さんもその数を減らしています。

昭和の頃、お店の前は子供たちで溢れていた
「今がいちばん厳しいですね。おもちゃの仕入れ値が上がっているのに、定価よりも安く売る安売り戦争には、町のおもちゃ屋は勝てませんよ」
そんな「おぢいさんの店」が、週末になると子供たちの元気な声が溢れます。実はタカラトミーの対戦型ホビー『BEYBLADE X(ベイブレード エックス)』が、大変な人気を集めているのです。
現代版のベーゴマとも言えるベイブレードは「ランチャー」と呼ばれる発射装置に装着することで、誰でも簡単に回すことができます。

豊富に揃う「トミカ」も人気商品の一つ
週末に開かれる大会に、100人を超えるプレーヤーが集まります。大会を無償で支えているのが、ボランティアの皆さん。イベントの進行や勝ち負けのジャッジなども担当し、大会を盛り上げています。
去年の夏、ボランティアのリーダー「ジャッチ長(ちょう)」から、「店長! このままだと、おぢ店(おじみせ=「おぢいさんも店」の愛称)に、人が来すぎて、ヤバいよ!」と、困った顔で相談を受けました。家族ぐるみでやって来ると300人近くになります。さらに抽選に落ちて、プレーが出来ず、泣いて帰る子供も出る始末。そこで事前受付にして、現在、会場は桶川市商工会館の会議室に移しました。子供だけでなく、大人の男性も女性も、最近では韓国、シンガポール、ドイツ、アメリカなど、海外から訪れて、ベイブレードを楽しむ姿も見られます。
「電池を使わずシンプルだけど奥が深い」それがBEYBLADE Xの魅力だという田中店長は、大会の第一試合、自らマイクを握り、会場を景気づけます。「今日も盛り上がっていこう! スリー・ツー・ワン、ゴー、シュート!」
多くの人に支えられながら、「おぢいさんの店」は、コマのようにクルクルと、楽しい輪をこれからも広げていきます。
・埼玉県桶川市南1‐6‐5
・048−774−5261
・定休日:第2・3火曜日
・営業時間:10時~19時
・https://x.com/odiisan_no_mise