ニッポンと世界の今が分かる朝のニュース番組、ニッポン放送『飯田浩司のOK!Cozy up!』(月~金 午前6時~8時)の中で、6時41分から放送している『黒木瞳のあさナビ』。ナビゲーターの黒木瞳が、エンタメ界、ビジネス界、スポーツ界をはじめ、ジャンルを問わずその道のプロフェッショナルをゲストに迎え、バラエティに富んだ話を伺っている。

映画『国宝』の李監督が登場! ビジュアルの中での“生と死”の...の画像はこちら >>

黒木瞳

◇黒木瞳:吉沢亮さん演じる喜久雄が見たい景色を探していくというところが一つの軸になっているのかなと思ったのですが……

李相日:一番最初の父親との別れ際の父の死の瞬間というものが、彼の中で何か、当然、悲しむべき出来事なんですけど、同時に何か得も言われぬ美しさも感じてしまうというか、そのもう相反した瞬間がずっと彼を縛るというか、彼から離れない瞬間だったと思うんですけど。それが舞台、歌舞伎という世界に身を投じていく中で、現実なのか、あれが本当にあったことなのか、なんだったのかっていうことが、ずっと多分どこかでつきまとっていっての最後に到達するのかなという全体のイメージでした。

◇黒木瞳:私が感じたのは「マクベス」で、「人って皆、哀れな役者である」と。出番の時だけいいことをして、そして最後は消えてなくなる、といって終わっていくんですけど。そのセリフがふっと頭によぎりました。

◇李相日:歌舞伎の演目って意外と死にまつわるものが多くて。極端なことを言うと、毎回幕が降りるたびに死んでは、また幕が上がって生き返って、ということを人生の中でずっと繰り返してるような気もしていて、何かこう、生と死というのが、日常の中に組み込まれている生き方というか。だからそれをどうにか映画という媒体でイメージとして、メタファーとして表現できないかなと思っていたのが、やはり雪という存在。そこには無だったり、死も入っているし、雪という存在と、あとやっぱり赤い、紅の赤もありますが、血っていうものに象徴される生。生きるという、なんかそういった“生と死”というものが、ビジュアルの中でどう共存できるかなということを探っていましたね。

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