寒くなってくると、鍋の季節ですね。鍋を突きながら、日本酒をキュッ! 今朝は東京23区内唯一の酒蔵のお話です。

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株式会社「若松」の齊藤俊一社長(左)と杜氏の寺澤善実さん(右)

それぞれの朝はそれぞれの物語を連れてやってきます。

JR田町駅・西口から第一京浜を東京方面に向かって、10分ほど歩いて、セブン-イレブンの手前の小道を左折すると、4階建ての小さなビルが見えてきます。そこが、東京23区内で唯一の酒蔵「東京港醸造」です。

明治43年の記録によると、都内23区には64もの酒蔵があったといいます。東京港醸造を運営する株式会社「若松」の前身は、1812年、江戸後期に創業した「若松屋」という造り酒屋でした。

近くに薩摩藩邸があったことから、芋焼酎を納めていたそうです。若松屋には奥座敷がありまして、西郷隆盛、勝海舟、山岡鉄舟らが、密談の場に使い、ときには西郷隆盛がここに泊まったと伝えられています。その証拠に、西郷さんの直筆が残っていて、お店に飾られています。

ところが、明治に入ると、日清・日露戦争が起こり、財政難のために、お酒にかかる税率が、今の二十倍近くもかけられてしまい、この重税が払えず、若松屋は、お取りつぶしになってしまいました。

その後、金物などの雑貨店を営んできました。現在、七代目となる株式会社「若松」の社長、齊藤俊一さんは、「歴史のある港区芝で、再び、酒蔵を復活できないものか」と思案します。しかし、齊藤さんには酒造りの知識はなく、4階建ての自社ビルで日本酒が造れるはずもない。

それに最大の難関は、新しく「酒造免許」を取ること。誰に聞いても「無理、無理」と言われ、取り合ってくれませんでした。諦めかけていたとき、ひとりの杜氏(日本酒を造る職人)に出会います。

寺澤善実さんは、京都生まれの65歳。高校を卒業すると、地元・京都の大手酒造メーカーに就職し、杜氏としての腕を磨いていきます。その後、寺澤さんは、東京お台場のショッピングモールの中に、小規模の日本酒醸造所を造るために、責任者として赴任します。

東京23区内唯一の酒蔵 4階建ての小さなビルで日本酒を作る男性
「マイクロブリュワリー」の仕組みを説明する寺澤さん

「マイクロブリュワリー」の仕組みを説明する寺澤さん

お台場の醸造所は、50平方メートル、およそ30畳の狭いスペースです。そんなマイクロブリュワリーの先駆者として、寺澤さんは知られます。その話を聞いた齊藤社長は驚きます。「50平米で日本酒が造れるのか? それと比べたら、うちのビルのほうが少し広いじゃないか!」

すぐに寺澤さんに会い、「一緒に酒造りをやってくれないか」と頼みました。しかし寺澤さんは、小規模な日本酒づくりは採算が合わず、失敗の可能性もあるため、なかなか決心がつきません。そこで齊藤社長はこう言いました。

「儲からんでいいから、造ってくれないか」その言葉に背中を押され、寺澤さんは若松屋の復活に乗り出しました。

「酒造免許」は国税庁が管轄していますが、そう簡単に免許は取れません。来る日も来る日も所轄の税務署に通い、「また来たんですか?」と言われても通い続け、7年かけて、2016年7月に「酒造免許」を取得しました。

東京23区内唯一の酒蔵 4階建ての小さなビルで日本酒を作る男性
仕込みタンクをのぞく上柳

仕込みタンクをのぞく上柳昌彦

翌月8月には、純米吟醸原酒『江戸開城』を発売します。この7年間、寺澤さんは、4階建ての小さなビルで、酒造りの準備を整えていました。免許を取得すると、すぐに酒造りに取り掛かり、4階にある麹室で蒸米に種麹をつけ、3階の原料処理室で冷やしてから2階のタンクに仕込み、熟成後、酒を絞り、2階で瓶詰めにして出荷……。この「垂直型醸造」の動線も、寺澤さんが考案しました。

麹をつくる機械や、温度を自動制御する麹室など、寺澤さんが独自で考え、特許も取得しているのです。小さなビルは、全館エアコンで温度が一定に保たれています。そのため一年中、日本酒を造ることができ、毎週、タンク一本ずつ出荷しているそうです。

アイデアマンの寺澤さんは、酒づくりのことが頭から離れません。あるとき、スーパーで売っている無洗米を見て、「これで日本酒が造れるかも」とひらめき、米を洗う水の量を従来の14分の1に抑える「無洗米醸造法」を
生み出しました。

東京23区内唯一の酒蔵 4階建ての小さなビルで日本酒を作る男性
株式会社アクアムが開発した「空気製水器」

株式会社アクアムが開発した「空気製水器」

さらに最新の取り組みとして、空気から水を作る「空気製水器」に出会った寺澤さんは、世界初となる、空気から生まれた水で仕込んだ環境にやさしい日本酒、純米吟醸酒『Sustainable Sake Project Air』を開発しました。

東京23区内唯一の酒蔵 4階建ての小さなビルで日本酒を作る男性
空気から生まれた水で仕込んだ純米吟醸酒「Sustainable Sake Project Air」(右)

空気から生まれた水で仕込んだ純米吟醸酒「Sustainable Sake Project Air」(右)

「小さく造るからこそ、品質を守り、自由な発想を持ち込める」これが寺澤さんの信念です。

港区芝で生まれた日本酒「江戸開城」。これからどんな歴史を刻んでいくのか、楽しみなお酒です。

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