スイスの時計ブランド「スウォッチ」が今夏公開した広告が物議を醸しました。男性モデルが両手で目尻を引き上げた「つり目ポーズ」が、アジア人を揶揄(やゆ)する差別表現であると批判が殺到したのです。
同社は広告をすぐに取り下げ、インスタグラムの公式アカウントで「苦痛や誤解を与えたことを心からお詫びする」と謝罪コメントを発表しました。

■中国、日本、スイス、それぞれの反応
中国では憤怒が表明され、SNS上では「アジア人を公然と侮辱した」との非難が相次ぎました。これまで欧米で繰り返されてきた人種差別的ジェスチャーとしての記憶が色濃く、即座に「耐えがたい侮辱」と受け止められたようです。

一方、日本の反応はまちまちでした。「この広告の意図が分からない」と疑問視する声が多数を占める中、「蔑視的だ」と憤る人や、「気にならない」「どうでもいい」といった意見も見られました。日本では「つり目ポーズ」が直接的な差別行為としてあまり認知されていないのか、受け取り方に幅があります。

そしてスウォッチの本拠地スイスの反応は複雑です。

「「スウォッチのような大企業が、こんなに軽率な広告を作ったことに驚いた」
「マーケティング部はテスト調査をしたのか」
「意図的な挑発で注目を集める炎上広告」」

と批判・失望する声が多数を占める一方で、

「「モデルはこめかみをマッサージしているだけ」」

などと擁護する意見も少数ながらありました。

■西洋の二重基準「キャットアイ」と「つり目」
興味深いのは、西洋においての「つり目」は、一方で憧れの対象として存在することです。例えばメラニア・トランプ現大統領夫人は、メイクで目尻を強調したキャットアイスタイルを象徴的に取り入れてきました。ファッション誌でも定期的にキャットアイのメイク方法を紹介するなど、セクシーで洗練された魅力の表現として推奨しています。

ところが、同じつり目でもアジア人を模したジェスチャーになると一転して差別の烙印(らくいん)を押されます。
「美的表現」と「侮蔑表現」が同居するこの二重基準は、西洋社会におけるアジア人像の固定化や、無意識の優越感を映し出しているようにも感じられます。

■日本人はなぜ「自分たちはつり目ではない」と思うのか
今回の議論で興味深いのは、日本人の中に「つり目=自分たちではなく、他の東アジア人」という認識が散見されたことです。実際、日本発のアニメ『キン肉マン』に登場するラーメンマンのように、中国人キャラクターが極端なつり目で描かれているところに私たち日本人の潜在意識が表れているように思えます。

しかし欧米では、日本人も含めた「東アジア人=つり目・細目」と一くくりする肌感覚があります。というのも、ヨーロッパ在住の筆者自身がウィーンのスターバックスで、名前の代わりに“細目のスマイリー”を描かれた経験があるからです。筆者はつり目でも細目でもないため、目の形に関係なく「東洋人=つり目」と見なされていることは明らかです。

日本には「自分たちはそう見られてはいない」と信じる層がいる一方で、実際は欧米社会の中で往々にして他のアジア人と同じラベルを貼られている……その自覚の差が、日本国内での反応の違いに表れているのかもしれません。

■根深いステレオタイプ
スウォッチのつり目広告からは、単なる企業の失策以外のことが見えてきます。つり目ポーズでアジア人をひとまとめにする西洋のステレオタイプと、それに対する受け止め方の地域差。同じつり目でも、キャットアイは憧れや称賛に値するものであり、アジア人に向けられるジェスチャーは嘲笑や差別になる。このねじれは、西洋人の中に潜む無自覚の偏見を映し出しているようです。

日本人も「自分たちは違う」とこの件をスルーするのではなく、「差別表現は不適切で許容できないもの」と発信していくことが、今後の差別意識を減らすことにつながるのではないでしょうか。


この記事の筆者:ライジンガー 真樹
元CAのスイス在住ライター。日本人にとっては不可思議に映る外国人の言動や、海外から見ると実は面白い国ニッポンにフォーカスしたカルチャーショック解説を中心に執筆。All About「オーストリア」ガイド。
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