■日本|猛暑が変える「理想」の方角
夏の暑さが年々厳しくなる日本では、南向きの直射日光がむしろ負担となっています。湿度の高さも相まって、南向きの部屋は灼熱(しゃくねつ)のサウナと化し、冷房なしでは過ごせません。
その一方で、北向きの部屋は直射日光を受けず、室温が安定しやすくなっています。読書や在宅ワークに向いた柔らかい光が得られ、家具やカーテンが焼けにくいのも利点です。従来は「安いから選ばれる」と思われていた北向き物件が、現在では「快適に暮らすための選択肢」として再評価されつつあります。
■中欧~北欧|太陽は貴重な資源
対照的に、中ヨーロッパから北ヨーロッパでは南向き物件が根強い人気を誇ります。筆者の経験では、夏がわずか2週間で終わってしまった年もあり、日本よりもずっと冬が長く日照時間が短い中欧より北の地域では、太陽光はいまだに暖房の補助となり、精神的な活力でもあります。
家具の日焼けを気にして北向きを選ぶ人も一部いますが、太陽が好きなヨーロッパの人々にとっては、やはり南向きのバルコニーが不動産広告でも主要なセールスポイントとなっています。ドイツやスイス、北欧諸国では南向き物件が今も人気で、相場も高くなりがちです。
■南欧|太陽を楽しむ文化
南フランス、スペイン、イタリアなど暑さの厳しい南ヨーロッパでも、基本的には南向き志向が強いといえます。地中海沿岸の文化では太陽を浴びることが幸福や健康の象徴とされており、南向きのテラスやバルコニーで食事をしたり、寝椅子でくつろぐなど、太陽のもとで過ごすことが生活の中心となっています。
ただし、夏の焼けつくような日差しは日本とは比べものにならないほど強烈です。
■気候と建物の素材で体感温度が変わる
ヨーロッパでいまだに南向きが好まれている要因に、建築素材と気候の違いが挙げられます。
温暖湿潤気候の日本では日なたと日陰、日中と夜間の気温差はあまり激しくありません。しかしヨーロッパは湿度が低いため、石造りで壁が厚い伝統的な住居では、屋内に入ったり日が沈むだけで体感温度が大きく下がります。実際に、教会や古い建物に入ると真夏の日中でもひんやりと感じるのはこのためです。
中欧より北の地域の一般住宅において、セントラルヒーティング(集中暖房システム)は完備されていても、いまだにクーラーが普及していない点にもその特性が反映されています。ヨーロッパの環境では、太陽は避けるものではなく貴重な資源として捉えられていることがよく分かります。
■芸術の場では北からの光が理想
一方で、芸術の分野になるとヨーロッパでも北向きが重宝されます。北からの光は色温度が安定し、影も柔らかいため、絵画制作や美術鑑賞に理想的であるようです。かつて名だたる画家たちが集ったパリ・モンマルトルのアトリエ「洗濯船」には北向きの天窓があり、ピカソもその光のもとで名画『アヴィニョンの娘たち』を描きました。
また、近代以降に建てられた美術館でも、北からの自然光を取り入れる設計が多く見られます。
北向きが注目される日本、南向きにこだわるヨーロッパ、そして太陽を楽しみながらも暑さをしのぐ知恵を積み重ねてきた南欧。窓から差し込む陽光には、単なる明るさ以上に、その土地の気候や価値観、暮らし方が映し出されているようです。
この記事の執筆者: ライジンガー 真樹
元CAのスイス在住ライター。南米留学やフライトの合間の海外旅行など、多方面で培った国際経験を活かして、外国人の不可思議な言動や、外から見ると実はおもしろい国ニッポンにフォーカスしたカルチャーショック解説記事を主に執筆。日本語・英語・ドイツ語・スペイン語の4ヶ国語を話す。