単なる愚痴にも思えるこの投稿ですが、背景を考えると、駐在員妻という立場の難しさや、日本人の承認欲求の在り方が浮かび上がってきます。
■駐在員妻という立場の特殊さ
駐在員妻、通称「駐妻」と呼ばれる立場は、夫の海外赴任に帯同する形で渡航するケースがほとんどです。海外留学や国際結婚など、自分の意思で海外にやって来た人とは出発点が違います。
そのため現地語を学ぶ機会が限られたり、生活基盤を自分で築きにくかったりします。家庭内は日本語環境が中心で地域社会に溶け込みにくいため現地の友人が少なく、多くの場合、日本人コミュニティーに頼らざるを得ないのが実情です。
さらに大きいのが仕事の問題です。帯同(家族滞在)ビザでは就労できない国もあり、また言語や資格の壁から働き口を見つけにくいケースもあります。結果として日常生活の中で「やりがい」や「社会との接点」が乏しくなり、これが鬱憤(うっぷん)や精神的な孤独感につながりやすくなります。
■「モノ」に託される承認欲求
そうした環境の中では、人とのつながりや自らの価値を確かめる手段が限られます。その1つが「モノ」です。相手が自分のために用意した手土産そのものが、「自分に価値があるのか、ないのか」のバロメーターになってしまう……。
自分だけ声をかけてもらえなかった、話題の手土産をもらえなかった……。それは単なる物質的な損得ではなく、「存在を軽んじられたのでは」という感覚を引き起こします。日本人が特に敏感な「仲間外れ」に通じる感覚です。だからこそ小さなお土産であっても、一喜一憂するのです。
■SNSに吐き出される孤独
本来であれば家庭や友人関係との会話で話すべき内容が、SNS上のつぶやきとして現れるのも特徴的です。日本人社会や夫に対しては言いにくい不満を、匿名性のある場で解き放つのです。するとそこから、「分かる!」と共感してくれる人と、「そんなことで怒るの?」と冷笑する人が混じり合い、拡散していきます。
SNSは個人の小さな愚痴を社会の象徴にも変えてしまう場。駐在妻の怒りの投稿も、承認欲求と孤独の縮図として広く受け止められたのではないでしょうか。
■私たちも“モノ”に揺れていないか
モノを通して人間関係を測る傾向は、今回の「駐妻のわがまま」に限ったことではなく、誰にでもあるのではないでしょうか。
ブランドバッグを持つ、話題のレストランに行く、トレンドの化粧品を試す……それらが純粋な楽しみである一方で、「これを持っていないと仲間に入れない」「これで評価されたい」という気持ちが混ざることも少なくありません。
駐在員妻の怒りは、極端なように見えて実は普遍的な心の動きを映し出しているように見えます。
「自分はどんな時に、モノを通じて人間関係や自分の価値を測ってしまうのか?」と問い掛けることで、自分自身を見直すヒントになるのかもしれません。
この記事の執筆者: ライジンガー 真樹
元CAのスイス在住ライター。南米留学やフライトの合間の海外旅行など、多方面で培った国際経験を活かして、外国人の不可思議な言動や、外から見ると実はおもしろい国ニッポンにフォーカスしたカルチャーショック解説記事を主に執筆。日本語・英語・ドイツ語・スペイン語の4カ国語を話す。