日本人の「旅行」が今、危うくなりつつある。円安の影響で費用がかさむ海外旅行者だけでなく、国内旅行者も減っているのだ。
主な要因は、ホテル価格の高騰や観光地の混雑などが挙げられるが、果たしてそれだけなのだろうか。All Aboutガイドで旅行ジャーナリストの筆者が、国のデータなどをもとに分析してみた。

■増え続ける訪日外国人、だが今後は?
日本を訪れる外国人旅行者の数が増え続けている。日本政府観光局(JNTO)の発表によると、2025年10月の訪日外国人者数は389万6300人。10月は紅葉シーズンの始まりで欧米、オーストラリアや中東を中心に、東アジアからも連休に合わせた訪⽇需要が⾒られた。

特に、韓国やインドネシア、米国を含む13市場の訪日客が増加しており、10月として過去最高を記録。またカナダ、メキシコ、フランス、ロシア、北欧地域の5市場では単月過去最高を更新したという。

このペースが続けば、過去最高を記録した2024年の年間3687万148人を上回るのは確実な状況だ。新型コロナウイルス後の旅行需要が回復したことに加え、円安の影響が大きい。

ただ、昨今の政情によって中国人旅行者が減少している。今の状況はしばらく続きそうで、今後の訪日需要に少なからず影響を及ぼすだろう。

一方で日本人の海外旅行者数は、2024年が1300万7282人(前年比35.2%)と増えてはいるものの、2019年(新型コロナウイルス以前)の2008万669人と比較すると約65%にとどまる。
この年間1300万人という数字は、ちょうど30年前、1994年の海外旅行者数(1357万8934人)である。

■国内宿泊、日本人が今年1月から前年比で減少傾向
では国内旅行はというと、実はこれも減少傾向にある。観光庁「宿泊旅行統計調査」によると、2025年8月分、9月分(速報値)の日本人のべ宿泊者数は8月が5214万人泊(前年同月比-1.5%)、9月は4198万人泊(前年同月比-1.6%)と、いずれも2024年より減っている。
日本人は国内旅行すら行けなくなった……オーバーツーリズムだけじゃない「旅行離れ」の異常事態
日本人のべ宿泊者数は減少傾向 ※出典:観光庁「宿泊旅行統計調査(2025年8月・第2次速報、2025年9月・第1次速報)」
2024年は前年同月比を上回った月が6カ月あったが、2025年は1月から前年同月比をずっと下回っており、2月は-7.5%、4月は-5.2%と特に落ち込みの激しい月もある。

対照的に、2025年の外国人のべ宿泊者数は、大規模自然災害の憶測が東アジアを中心に広まった7月を除いて軒並み増加している。

■インバウンドに加えてコロナ禍の旅行支援など「割引」慣れも?
日本人の国内旅行が減っている要因はいくつか挙げられる。まず、「インバウンドの増加」だ。京都や東京、福岡など都市部を中心に外国人観光者が増え、オーバーツーリズム(観光公害)も起きている。日本人には、コロナ禍で外国人観光者がいない状態だった数年前の記憶が強く、「お金をかけても、ゆっくり楽しめない」と旅行を控える傾向も見られる。

また、インバウンドの影響で宿泊需要が高まり、国内のホテル相場が高騰。今や高級ホテルは1泊10万円以上も珍しくない。日本人の出張利用が多いビジネスホテルでさえ、都市部では1泊1万円以下で泊まるのは難しい状況だ。


「日本人が利用しなくても稼働率が高止まりしているため、ホテル側も強気の価格設定。日本人向けにわざわざ安くする必要もない」と、業界に詳しい関係者は語る。

コロナ禍の観光支援「GoToトラベル」「全国旅行支援」で安く泊まるのに慣れてしまった日本人にとって、「今がすごく高く感じる」のも一因だろう。インバウンドの恩恵を受けていない地方では今も独自の割引制度はあるが、アクセスが不便で交通費がかかるため、割引制度を活用しても結果的に旅行全体の費用がかさんでしまう。

■「失われた30年」が日本人の旅行にも影響を及ぼしているか
日本人が国内旅行すら行けなくなっている根本的な原因は、「お金も時間もない」ことに尽きる。

「失われた30年」と呼ばれる経済低迷の中で日本人の賃金は伸び悩んできた。加えて昨今の物価高や社会保険料負担が家計を圧迫し、可処分所得は停滞している。海外旅行者数が30年前の水準にとどまる事実は、日本経済そのものだろう。

加えて年末年始やゴールデンウイークなど大型連休の宿泊代金は、(特に国内では)通常期の平日と比べて倍以上になる。今も変わらず分散休暇が取得しづらい日本の職場環境では、現役世代が欧米のような数週間規模の長期休暇を取るなど到底無理な話である。

旅行は、あくまで余暇である。その旅行に数万円、数十万円の出費ができるかどうか。
これが家族旅行ともなれば、宿泊費はともかく交通費や飲食代は人数分かかるのだから二の足を踏む人も多いだろう。

もちろん今も、徹底的にホテルや交通機関を調べ、節約やポイント活用を駆使して趣味の旅行を楽しむ人々は少なからずいる。JTBが先に発表した「年末年始の旅行動向」によると、日本人の総旅行人数は3987万人(対前年102.5%)。そのうち国内旅行は3886万人(対前年102.0%)、海外旅行は100万人(対前年131.5%)と前年より微増している。
それでも、「生活に余裕ができれば旅行したい」と考える大半のライト層にとっては「旅行にかけるお金も時間もない」状況であるのは間違いないだろう。

この記事の執筆者: シカマ アキ
大阪市出身。関西学院大学社会学部卒業後、読売新聞の記者として約7年、さまざまな取材活動に携わる。その後、国内外で雑誌やWebなど向けに、取材、執筆、撮影など。主なジャンルは、旅行、飛行機・空港、お土産、グルメなど。ニコンカレッジ講師をはじめ、空港や旅行会社などでのセミナーで講演活動も。

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