江ノ島電鉄(通称:江ノ電)の新型車両700形は、2両1組の連接車両。緑とクリームの江ノ電カラーも踏襲し、最近はやりの斬新なデザインで、いかにも2020年代の新型車両という雰囲気である。


しかし、その導入の背景には、江ノ電ならではの切実な事情があった。

■増発や増結は不可能な江ノ電の現状
江ノ電は全線単線、各駅のホーム有効長は4両編成が限度である。電車のすれ違いが可能な駅も多くないので、かつては12分間隔で運行していて、それが限度だった。

しかし、近年の混雑で各駅での乗り降りに手間取り定時運行が確保できなくなっている。そのため、列車ダイヤに余裕を持たせるため14分間隔に変更し、それが一層混雑に拍車をかけているとも指摘される。

こうした状況から、車両に少しでも多くの人を収容することに活路を見いだすしかなかったのである。

■謎の座席配置、「1人掛け」導入の正体
そこで登場した新型車両700形。車内に入ると、その座席配置に驚く。

運転台後ろに前面展望が可能な2人掛けクロスシートがあるのは、以前の車両でも見られたが、それ以外にも、ドアとドアの間(すなわち車内中央部分)にクロスシートが配置されている。これは江ノ電初ではないだろうか(車端部のクロスシートは10形、20形に見られる)。

ただし、全てがクロスシートなのではない。海側が1人掛け、2人向かい合わせのクロスシート、山側はロングシートなのである。


こうすると、電車が相模湾に沿って走る区間では、どの座席からでも海が見えることになる。窓ガラスには「ポジカくっきりフィルム」を貼付しているので、光のギラツキを軽減させ、まぶしさを抑えながら車窓をより色鮮やかに見せるという。鉄道業界初の採用である。

こう書いていくと、この車両はいかにも観光客用に特化したものに見える。

もちろん観光面でのサービスを考えているのは確かなのだが、実は、別の効用も考えている。

それは、近年深刻化しているオーバーツーリズムによる混雑の激化、地元の利用者からの乗るに乗れないとの苦情に少しでも対応しての苦肉の策ということである。

■1人掛けクロスシートの効用
どういうことか説明しよう。

車内がオールロングシートであると、乗客が足を投げ出したりして、シート以外のスペースが有効に活用されない。大混雑時には立っている乗客と座っている乗客の足元が接触して不快な気分になることが多々ある。

これが、1人掛けクロスシートならどうなるか? 足が通路にはみ出さない限り、座っている人と立っている人とが不快に触れ合う可能性は極めて低くなる。

よくある2人掛け向かい合わせのクロスシート(いわゆるボックス席)の場合、どうしてもスペースに無駄が生まれやすい。足元の狭さから対面に人が座るのを敬遠したり、隣に荷物を置いたりして、4人の定員に対して実際は2~3人しか座らないケースが多発するためだ。


また、座席が張り出すぶん通路(立席スペース)が狭くなるのも難点だ。通路が窮屈だと乗客は車両の中ほどまで進もうとせず、広いドア付近にとどまってしまう。

これが乗降の妨げとなり、遅延や混雑の悪化を招く原因となる。それゆえ、混雑対策においてクロスシートは不適であるとやり玉に挙げられることも多い。

そうしたことを想定すると、1人掛けクロスシートというのは、車内の混雑対策としては、よく考えられた座席配置とも言えよう。

■スーツケース問題への回答
さらに問題となっているのが海外からの観光客が持ち込む大型スーツケースだ。狭い車内においては混乱を増幅する要因ともなる。

それをある程度緩和するのが、車内のフリースペースだ。

新型車両では、ドア付近ぎりぎりまで座席を配置しないで余裕を持たせている。ここは車椅子やベビーカー置場としての利用のみならず、スーツケース置き場とすることも可能だ。また、各座席は一人ひとりの座席面積をはっきりさせるバケットタイプのシートとしている。しかも1人分の座席面積を拡大し、体格が大きな欧米人が窮屈にならないよう配慮されている。


ちょっとしたところで少しでも快適さを損なわないよう苦心の跡がみられる。

■「嵐の前の静けさ」に投入する切り札
先日、鎌倉駅から江ノ電に乗車した。平日の昼前という時間帯のせいかもしれないが、混雑はしていたが、積み残しが出るほどではなかった。

現在は中国からの観光客減で一時的に落ち着いているようだが、スーツケース問題などは常態化している。

しかし、政治問題が解決し、訪日観光客数が完全回復したとき、あるいは春以降の行楽シーズンで利用者が増加したときにパンクしないよう、この新型車両が「切り札」として投入されたともいえる。

恒常的な課題に対する、接客面での回答が、この新型車両なのだ。

なお、700形の運行開始は、2編成そろった時点で2組を連結し、4両編成となって始まる。2026年春の予定だ。

取材協力=江ノ島電鉄、小田急エージェンシー
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