イギリス人の父と日本人の母を持ち、日本の公立小学校を卒業後、アメリカに留学したドキュメンタリー映画監督の山崎エマ氏は、異国で働く中で自身の「日本人的な部分」が圧倒的な強みになることに気づいたと言います。
第97回米アカデミー賞にノミネートされ話題の山崎氏の著書著書『それでも息子を日本の小学校に通わせたい』(新潮社)より、海外で評価される「日本人の強さ」の根源と、世界に知ってほしい「本当の日本の姿」について抜粋・再構成して紹介します。
■「遅刻しない」「責任感がある」当たり前の行動が、アメリカで絶賛された理由
大学卒業後、サムさん(※)の助手期間を経て、制作会社の編集スタッフとして仕事をしていました。(※アメリカ映画界の編集者であり、著者の恩師)
当時の私は「組織の中で働く以上、社会人としてきちんとした振る舞いをしよう」と思っていました。
たとえば、出勤時間に遅れない、責任を持って与えられた役割をまっとうする、他の制作チームと協力し、少しでも良い物を作るために自分のベストを尽くす。こうした心掛けは、特別なものではなく、当然だと考えていました。
ところが、インターン時代も、プロの編集者になった後も、周りのアメリカ人から驚くほど褒められることが続きました。
「エマを見習おう。時間に遅れないし勤勉だ。周囲への配慮があって、責任感も強いのに自己中心的ではない」
会議で自分の振る舞いが良い例として挙げられることもありました。
「特別なことではないのにここまで評価されるとは、なんとお得なことだろう」と感じました。そして考えました。なぜ私は、これを「当然だ」と思う人になれたのか。
■日本の“小学校教育”がもたらす最強の武器
まず思い浮かんだのは、働き者だった両親の姿です。特に母は高校の教師として常に多忙で、家でもしょっちゅうテストの採点や授業の準備をしていました。
このような環境で育ったことで「仕事には全力を尽くす」「業務をきちんとやり遂げる」といった姿勢は自然と身に付いたように思います。
さらに大きな影響を与えてくれたのは、やはり日本の小学校教育です。頑張って何かを達成することがもたらす充実感、仲間と力を合わせることの重要性、誰かの役に立つ喜び。これらは子どもの頃に覚え自分の人格のベースとなったのだと思います。
加えて、子どもの頃からのヒーローであるイチローの生き方や言葉にも影響を受けました。「継続は力なり」「努力を惜しまない」「苦しまないと上にはいけない」。
ただ仕事をもらえれば良いというスタンスではなく、どんな形であれトップを目指すことを心がけている自分にとって、毎日全力で仕事に取り組むことは苦ではなく、当たり前のことでした。
学生時代、特にフィルムスクールのカルチャーの中では、このような自分の真面目さが裏目に出ることもありました。特に若者の間では、真面目すぎる人を茶化す傾向があったように思います。
しかし、社会人になった途端、日本的な思考や行動が評価され、周りの同世代のアメリカ人と比べて抜きん出て良い評価を得ることに繫がったのです。忘れかけていた、むしろあえて捨てようとしていた自分の「日本的な要素」が強みになっていたことに気づきました。
■「日本人って人形と……?」歪んだイメージばかりが先行する、海外から見た“日本”
ニューヨークで暮らし、さまざまな人と出会う中で、日本の見え方は少しずつ変わっていきました。
渡米してすぐの頃、たとえば「京都ってすごいんでしょ? 私の夢は京都に行くこと!」と言われても、京都の近くで育った私にはピンと来ませんでした。
けれど、海外の人たちが目を輝かせて話す様子を見ているうちに、当たり前だと思っていた日本の風景も、外から見ればこんなにも特別に映るのかと気づかされたのです。
2012年に『二郎は鮨の夢を見る』というドキュメンタリー映画が全米で大ヒットしました。ニューヨークの有名劇場で何週間も上映されましたが、これはドキュメンタリー映画としては異例のことです。
当時大学生だった私は劇場でその熱狂を目にしました。
この映画のヒットに加え、日本のラーメン店がブームになっていたこともあり、「日本=食の国」という単一のイメージが広がっていきます。
食べ物以外に話題になることといえば、サムライや忍者、そしてアニメでした。当時、アメリカでも日本のアニメブームは勢いを増していて、「アニメをきっかけに日本に興味を持った」という人がたくさんいました。
もちろん、それぞれ日本が誇るべき文化の形だと思いますが、あまりにも特定のイメージに偏っているように思えて「日本の姿って、もっと色々あるのになあ」と思ったりしました。
さらに、日本についての耳を疑うような情報に接する機会も増えました。
「日本人って人形とセックスするんでしょ?」
「みんな耳かきカフェに行くの?」
悪意はなくても、こうした質問を投げかけられるたびに胸の奥がざらつくような感覚を覚えました。
欧米のメディアが日本のごく一部の界隈で起こっていることを切り取って紹介し、その様子が「日本のスタンダード」として全世界に流される。大多数の日本人には縁のないマニアックな〝サブカルチャー〞が、欧米では「日本のメインカルチャー」として扱われる。
そうした歪んだイメージの積み重ねを目の当たりにした私は「日本を撮るなら、もっと違う角度から撮らなければ」と考えるようになりました。
もう一つ、大きなきっかけとなったのが大学3年生の時に起こった東日本大震災でした。未曾有の大災害に襲われた日本を世界中が注目して見ていました。
「日本は危ないの?」
「フクシマはどうなってるの?」
そんな質問が日常的に飛び交う中で、「外から見た日本」をより強く意識するようになったのです。非常事態にあっても、日本人が整然と列を作り、助け合う姿を讃える報道も多くありました。
アメリカでは災害時には略奪が起きるのが当たり前なのに、日本では人々が協力し合う。〝日本の当たり前〞は、世界の当たり前ではないのだということをあらためて知ったのです。
考えれば考えるほど、自分が世界に向けて語るべきものはここにしかないのだという思いが強くなっていきました。「日本」は、私という人間がドキュメンタリー映画を作るうえで、避けて通れないテーマなのだと感じ始めたのです。
この書籍の執筆者:山崎エマ プロフィール
1989年(平成元)年兵庫県生まれ。イギリス人の父と日本人の母を持つ。19歳で渡米しニューヨーク大学映画制作学部卒業。日本社会の中で育まれた感性と、多文化環境で培った視点を重ね合わせ、独自の視点でドキュメンタリー制作を行う。代表作は日本の公立の小学校を1年間追った長編『小学校~それは小さな社会~』。100館を超える大ヒットを記録し、教育やドキュメンタリーの分野を越えて広く注目を集めた。









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