学習塾に通う「大学生」たちがいます。

通常、学習塾といえば小中学生や大学受験を控えた高校生のための場所。
大学生にとっては「高収入なアルバイト先」というイメージが強いかもしれません。

しかし、彼らは「教える」ためではなく「教えてもらう」ために塾へ足を運んでいます。目的は、大学の単位取得。今、こうした大学生を受け入れる学習塾が増えているといいます。

■なぜ大学生が「塾通い」しているのか
東京・池袋にある「究進塾」は、早くから大学生を受け入れてきた塾の1つです。2012年の開塾当時は大学受験指導が主流でしたが、2016年ごろから大学生の指導をスタートさせました。

そのきっかけについて、代表取締役の並木陽児さんはこう振り返ります。

「うちは優秀な講師がそろっており『大学レベルの内容も教えられる』という自負があったため、単位取得サポートをホームページに掲載してみました。当時はまだ珍しい取り組みでしたが、徐々に問い合わせがくるようになったのです」

背景には、乱立する学習塾業界での差別化もありましたが、切実だったのは保護者の側でした。

「うちの子が単位を落としそうで困っている」「留年を繰り返している」といった相談が相次いだのです。

それから10年。現在、究進塾の生徒の4割を大学生が占めています。
それだけの需要があり、大学生をサポートする学習塾も増え続けているのです。

いったい大学生は塾に何を求めているのでしょうか。

「圧倒的に多いのは数学系の科目で、受講生も理工系の学生が大半です。文系では、数学を必要とする経済学部の学生が目立ちます」

究進塾の特徴は完全個別指導。1時間あたり8000円(税別)と安くはありませんが、平均して月に6~8時間は受講するといいます。単純計算で月額5~7万円ほど。学生が自力で払うには重い金額のため、どうしても「卒業させたい」と願う親心に頼らざるを得ないのが実情のようです。

■過去問が手に入らない……孤立した学生が陥るわな
それにしても、なぜ単位取得に苦しむ大学生がこれほど増えているのでしょうか。並木さんは2つの理由を挙げます。

1つは、「コミュニケーションの壁」です。大学は社会の縮図のようなもので、人間関係づくりが単位取得に直結する場面が多々あります。

「例えば数学でも、過去の試験問題を知っているかどうかは、単位取得を左右する大きな要素になります」

サークルの先輩やクラスの仲間とコミュニケーションが取れ、良好な人間関係が築けていれば試験情報が入ってきますが、コミュニケーションが苦手な学生は孤立しがちです。
情報がないまま独学で挑んでも、出題傾向から外れてしまえば、どれほど努力しても悪い点数しか取れません。

大学の試験には市販の過去問集がないため、人脈という「情報網」を持たない学生は、非常に厳しい状況に追い込まれてしまうのです。

■基礎学力が足りないまま合格した代償
もう1つの理由は、「一般入試以外での入学」が背景にあるケースです。並木さんは次のように明かします。

「実は、究進塾に通う大学生の割合でいえば、こちらのケースの方が多いです。基礎学力が足りないまま入学し、大学の講義に全くついていけなくなっているのです」

一般入試以外というと、近年「年内入試」と呼ばれる総合型選抜や学校推薦型選抜が主流になりつつあります。

人物評価が基準の総合型選抜や、高校の校長が推薦する学校推薦型選抜は、一般入試に比べれば、いわゆる「学力テスト」の比重が軽くなる傾向にあります。その結果、基礎学力が不十分なままでも合格できてしまう可能性が高まるのです。

その影響は、大学教育の現場にも影を落としています。2025年4月には、財務相の諮問機関である財政制度等審議会が「教育の質の実態」を公表し、定員割れしている一部の私立大学で「中学校程度の授業」が行われている実態を問題視しました。

大学側としては、定員確保のために学力不足の学生も受け入れざるを得ず、講義を成立させるために苦肉の策として基礎教育に時間を割いているわけです。

しかし、その分、本来の大学レベルの講義が不十分になってしまうというジレンマを抱えています。


■難関校で「放置」される学生たちの悲鳴
「究進塾に通う大学生の多くは、定員割れの大学ではなく、慶應義塾大や東京理科大など難関校の学生です。受験負担が軽いために基礎学力が身につかないまま、年内入試で合格してしまったことで苦労しています」

こうした世間的に一流と評価されている大学は、一般入試を勝ち抜く学力を持つ学生が多数派。そのため大学側に「基礎が足りない学生を補習する」という発想がそもそもありません。

講義についていけない学生は救済措置もなく放置され、自力でのリカバリーも困難です。結果として、単位不足による中退を余儀なくされる事態も起こり得るのです。

そうなると、本人はもちろん、保護者も強い危機感を抱かざるを得ません。まさに「藁(わら)にもすがる思い」で、塾の門を叩くことになります。

■推薦合格が招く“親の課金”延長戦
文科省が2025年11月に公表した調査によると、年内入試による入学者は全体の53.6%と、ついに過半数を超えました。この傾向は今後さらに強まっていくとみられています。

これは、基礎学力が不足したまま大学生になる若者がますます増えていく可能性を示唆しています。単位取得が危うい大学生の増加は、もはや個人の問題ではありません。

大学の単位取得を塾が支える。
そんな時代が、すぐそこまで来ているのかもしれません。

話を聞かせてくれたのは:究進塾 代表取締役 並木陽児さん
東京大学工学部建築学科卒業。卒業後は自主映画を撮りながら、塾講師として8年間教鞭を執る。多様性のある学びのフィールドを社会に実現するべく、2010年にオンライン塾として究進塾を設立。2012年に教室を池袋に開校。1女の父。

この記事の執筆者:前屋 毅 プロフィール
1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。最新刊『学校が合わない子どもたち~それは本当に子ども自身や親の育て方の問題なのか』(青春新書)など著書多数。
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