「教育を変革したい」という思いで学校を離れた教員を指す、“ふきこぼれ教員”という言葉が出てきています。私が主宰するコーチング塾にも、「教員を辞めて、別の形で教育に携わっていきたい」「自分の力で道を切り拓きたい」と願う、そんな先生たちが集まってきます

今回は、管理職への階段を順調に登りつつあったにもかかわらず、学校教育の閉塞感や自身の将来像が描けないことを理由に退職を選択。


現在は組織コーチングや企業マーケティング事業、アントレプレナーシップ教育など、さまざまな活動をされているM&N代表取締役社長、松尾誠さんの起業ストーリーを、ご本人の言葉で紹介します。

■管理職への階段を登る直前、心が「NO」と叫んだ
私は15年間、公立小学校の教員を勤め、管理職への階段が見えてきた頃、退職するという大きな決断をしました。教員として働き続ける中で、教育現場に漂う停滞感や閉塞感に強い違和感を覚えるようになっていったからです。

小・中学校を合わせた9年間の義務教育は、社会人としての基礎を築く大切な期間です。しかし、学校現場での教育は、「これまで通り」という既成概念にとらわれている部分が大きく、また子ども一人ひとりの個性や才能を十分に伸ばせていないのではないかと感じていました。

本来、教育とは「可能性を見つけ、育む」営みであるはず。でも、私自身もいつの間にか「教壇に縛られている」ことに気付かされたのです。

このまま学校現場の在り方にとらわれていては成長は望めないと感じた私は、学校外の学びの場にも足を運び、それを現場で実践しようとしました。

一般的に見れば革新的に映る私の取り組みには、一部の同僚からは「そこまでしなくてもいいんじゃない?」「これまで通りでいいのでは?」という意見が聞かれたのも事実です。

そういった保守的とも取れる言葉は、私にとってはモチベーションを下げるものでした。何より、子どもたちのために、よりよい教育を教員が一丸となって実現したという思いがあったからこそ、悲しくも感じました。

そして、次第に学校教育という枠組みや職場環境が、自分には合わないのかもしれないと感じるようになっていきました。


校内でも責任ある仕事を任されることが増え、管理職としての将来像が現実味を帯びるにつれ、そこに希望を見いだせなくなっていきました。「こんな気持ちで管理職になるのは、子どもたちにも申し訳ない」。その思いが募り、私は退職を選びました。

■自分のキャリアを大きく変えたコーチングとの出会い
コーチングを生かして独立・起業するというキャリアがあることを知ったとき、「これだ!」と強く惹かれました。教員としての経験を生かしながら、人の成長を後押しできるかもしれない。その可能性に胸が高鳴り、私はこの分野で新しい一歩を踏み出す決意を固めたのです。

3人の子どもがいる中、夫婦そろって教員を退職したので、まさに死に物狂いで学びました。学んで実践していく中で、コーチングという対話を通じた支援によって、人は本当に大きく羽ばたき、成長していくことを心から実感しました。

現在は、組織コーチングを行ったり、教育事業を行ったりと、自分自身、さまざまなことにチャレンジし続けています。その結果、起業してから8カ月で教員の年収を超え、現在は教員時代の2倍以上を得ています。

しかし、それ以上に大きいのは、毎日がワクワクと充実に満ちているという実感です。苦しさを感じることはほとんどなく、「自分らしい人生」を歩めているという手応えがあります。


子どもたちにとって何が必要なのか、どう支えれば自ら学び、挑戦し続ける姿勢を育めるのか。それを常に考えながら、自分のビジネスやコーチング活動に取り組んでいます。

■子どもたちの個性が羽ばたく、起業家教育の可能性
最近特に力を入れているのは、大学や民間企業と連携したアントレプレナーシップ教育です。

自分自身が起業を経験したこともあり、子どもたちがビジネスの基本を学び、自分自身のアイデアを形にするプロセスを体験することで、「自分にはもっと多くの可能性がある」と実感してほしいと願っています。

9年間の義務教育で得られる知識や技能は大切ですが、それだけでは未来を切り拓く力には不十分だと痛感しているからです。

アントレプレナーシップ教育への関心は、子どもによってさまざまです。でも、特に目を引くのは、従来の教育の枠に収まりきらなかったり、特別なサポートが必要とされたりする子たちが、この分野で驚くほど輝きを放つこと。

彼らがのびのびと、生き生きと活動し、自分の個性が真に花開く瞬間に立ち会うたび、私はこの教育に持つ計り知れない価値を感じます。

また、個性を生かし、自己選択できる社会を実現するためには、教育現場そのものが自己選択を尊重する仕組みであるべきです。子どもたちに選ぶ自由を与え、その成長を支えるのが教員の役割。

だからこそ教員自身が一人の社会人として、多様な学びをし、新しい挑戦に取り組む必要があります。教員自身の挑戦の機会が増えれば増えるほど、教員としての魅力は高まり、子どもたちにとっての真のロールモデルとなるでしょう。


そのために現役教員の方々にお伝えしたいのは、「過去にとらわれない」ということです。

学校現場というのは前年踏襲が一般的ですが、過去にとらわれずに一人ひとりが一歩ずつでも新しいことを実践し、チャレンジしていけば、それを見ている子どもたちは、諦めずに挑戦することを学び、どんどん成長していくはずです。

■筆者コメント:大人の生き方や在り方自体が教育
コーチングを学び始めた当時の松尾さんは、学校教育を変えたいという強い思いに満ちあふれており、教員を辞めた当時の私と重なるものを感じました。

今、松尾さんは、教員としての経験を活かしながら、ご自身ならではの形で教育を実践されています。そのスタイルは、学ぶ子どもたちにとっても松尾さん自身にとっても、まさにWIN-WINといえるでしょう。

私も今年、出身地である豊田市の高校生を対象にアントレプレナーシップ教育に参画し、子どもたちの柔軟で斬新な発想に深く感銘を受けました。

教員という枠にとらわれず、さまざまな大人たちが子どもたちにいろんな教育を提供できる社会が広がることを心から願っています。そして、教育の多様性と可能性を象徴する松尾さんの取り組みが、これからの教育界に新たな風を吹き込むことを、私も確信しています。

私自身も、教壇の内外を問わず子どもたちが学びたいことを「学びたい」と思った人から学べる社会を作っていきたいと考えています。また、私が主催するコーチング塾のコーチたちが「教員のためのキャリアチェンジ相談会」も実施しています。

もし以前の松尾さんのような状況にある先生方や、漠然とした「もやもや」を誰かに聞いてほしいという方は、ぜひお気軽にご相談ください。

何よりも、学校の先生たちが心から充実し、イキイキと教壇に立つこと。
それが、子どもたちの最高の笑顔と確かな成長へとつながると、私は信じています。

▼坂田 聖一郎プロフィール教員を13年間経験した後、独立し「株式会社ドラゴン教育革命」を設立。「学校教育にコーチングとやさしさを」コンセプトに、子どもたちがイキイキと学べる教育を実現できる世の中を学校の外から作りたいという想いで活動する教育革命家。
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