若い人たちの価値観は親世代は「未熟」だと受け止めがちだが、むしろ学ぶものがあると考えている熟年世代もいる。彼らの価値観を受け入れれば、自分たちだってもっと気持ちが楽になるかもしれない。
■子どもがいない人生
「30歳になる年に同い年の友人と結婚しました。学生時代からの付き合いで、互いに恋人がいたりいなかったりしながらも、たまに飲んだり遊びに行ったりしていたんです。気づいたら、私にとって一番気が合うのはこの人だと思って。彼に言ったら『オレもそう思ってた』と。遠回りしたけど、彼と一緒になってよかったと思いました」
サトエさん(56歳)はそう言う。銀婚式を迎えたが、大きなケンカをした記憶はない。淡々と、それぞれの仕事を優先させつつ、年に2度の旅行をする約束は守ってきた。
「一人でいるより気楽なくらい相性はいいと思います。でも私たちは子どもを授かることができなかった。一時期は、どうしてみんなができることが私にはできないのか悩んだこともあります。検査を受けても、どちらも悪いところはないと。
相性が悪いのかもねと言ったら、夫が『オレたち、相性がよすぎるんだよ』って。
それでも職場で同僚や後輩が妊娠したと聞くと、気持ちがざわついた。割り切ったつもりでも、「おめでとう」と言った瞬間、複雑な思いにとらわれて顔がひきつっているのではとその場をさりげなく去ることもあった。
■心からお祝いを言えるようになったのは
「40歳を越えたくらいからですかね、ようやく『おめでとう。うちは子どもがいないから羨ましいわ』とか『おめでとう。今からでもあやかりたいわー』と思い切り笑いながら言えるようになったのは。
もう子どものいないことをみじめに思う必要はないんだと思ったら、後輩の妊娠がとっても貴重で尊いものに見えてきて、心からお祝いを言えるようになったんです」
そこまで割り切ったにもかかわらず、50歳を越えると、今度は早く子どもを産んだ人たちからの「初孫が生まれた」攻撃が相次いだ。
「いくつになっても、そういうことに惑わされるものなんだと思いました」
もう戸惑ったりみじめに思ったりはしないと心に決めた。
■結婚も恋愛も興味がないという後輩
2年前、他社から中途入社してきたユミさん(34歳)がサトエさんのチームに入ってきた。ユミさんはとにかくクールで理論派。仕事も早く、周囲への気配り目配りも怠りない。
「素晴らしい人材が入ってきたとうれしかった。
でも本人のプライベートはほとんど見えない。もちろん、こちらも今どき、聞き出すようなまねはしませんしね」
あるとき、仕事で他社を訪問、遅くなったので「軽く食事でもしていく?」と言うとユミさんが笑顔を見せた。
「なんとなく結婚とか恋愛の話になって……。彼女が聞いてきたので、私は既婚だけど子どもがいないの、なぜか恵まれなかったと答えると、『そうなんですね』と受け止めてくれた。そして『私は結婚も恋愛もするつもりはないんです』と爽やかに言うんですよ。思わずどうして、と聞いたら『興味ないんですよね』とさらり。
『まとまった休みがあるなら、一人旅をします。それが一番好きなことだから』って。すでに10数カ国、一人で旅したとか。
■若い人の価値観がすがすがしい
人は、多くの人が恋愛、結婚、出産をできると思い込んでいる。だからできなかった自分をみじめだと思いがちだ。サトエさんだって、本気で不妊治療に取り組む機会はあった。だがしなかった。する必要を感じなかったからだ。
それは必然的に子どものいない人生を自分で選んだことになる。それなのに「みじめだと当時は考えていた」わけだ。
「ユミさんは潔い。すがすがしささえ感じました。自分の好きなこと、興味のないことがはっきりしていて、ことさらそれを吹聴するわけではないけど、きちんと自分の言葉で語ることもできる。『今の若い人はいいわね、自分の価値観がはっきりしていて』とつい言ったら、『今の若い人、という言い方はやめた方がいいですよ。
サトエさんだって自分比では今日が一番若いんですから。そもそも若いかどうかって、そんなに価値があります? 仕事も人生もキャリアを重ねたことに、もっと自信を持ってください』って気持ちのいい説教をくらいました(笑)」
それ以降、サトエさんは半世紀以上生きてきた自分を、もっと労ろう、もっと認めようと思うようになったという。何かを手に入れても入れなくても、頑張って生きてきたことをせめて自分だけは認めよう、と。
「夫に話したら、いいことを言う後輩だねと感心していました。私もまだまだ明るく元気に生きていかなくちゃと思っています」
先輩だからと萎縮することもなく言いたいことを言い、人の話にも耳を傾けるユミさんは、今やチームの人気者となっている。
▼亀山 早苗プロフィール明治大学文学部卒業。男女の人間模様を中心に20年以上にわたって取材を重ね、女性の生き方についての問題提起を続けている。恋愛や結婚・離婚、性の問題、貧困、ひきこもりなど幅広く執筆。趣味はくまモンの追っかけ、落語、歌舞伎など古典芸能鑑賞。
■子どもがいない人生
「30歳になる年に同い年の友人と結婚しました。学生時代からの付き合いで、互いに恋人がいたりいなかったりしながらも、たまに飲んだり遊びに行ったりしていたんです。気づいたら、私にとって一番気が合うのはこの人だと思って。彼に言ったら『オレもそう思ってた』と。遠回りしたけど、彼と一緒になってよかったと思いました」
サトエさん(56歳)はそう言う。銀婚式を迎えたが、大きなケンカをした記憶はない。淡々と、それぞれの仕事を優先させつつ、年に2度の旅行をする約束は守ってきた。
「一人でいるより気楽なくらい相性はいいと思います。でも私たちは子どもを授かることができなかった。一時期は、どうしてみんなができることが私にはできないのか悩んだこともあります。検査を受けても、どちらも悪いところはないと。
相性が悪いのかもねと言ったら、夫が『オレたち、相性がよすぎるんだよ』って。
昔から仲がよすぎると子どもができないなんて言われてるよと夫は笑っていました。『二人で歩いていく人生だっていいじゃないか』という言葉に励まされました」
それでも職場で同僚や後輩が妊娠したと聞くと、気持ちがざわついた。割り切ったつもりでも、「おめでとう」と言った瞬間、複雑な思いにとらわれて顔がひきつっているのではとその場をさりげなく去ることもあった。
■心からお祝いを言えるようになったのは
「40歳を越えたくらいからですかね、ようやく『おめでとう。うちは子どもがいないから羨ましいわ』とか『おめでとう。今からでもあやかりたいわー』と思い切り笑いながら言えるようになったのは。
もう子どものいないことをみじめに思う必要はないんだと思ったら、後輩の妊娠がとっても貴重で尊いものに見えてきて、心からお祝いを言えるようになったんです」
そこまで割り切ったにもかかわらず、50歳を越えると、今度は早く子どもを産んだ人たちからの「初孫が生まれた」攻撃が相次いだ。
「いくつになっても、そういうことに惑わされるものなんだと思いました」
もう戸惑ったりみじめに思ったりはしないと心に決めた。
■結婚も恋愛も興味がないという後輩
2年前、他社から中途入社してきたユミさん(34歳)がサトエさんのチームに入ってきた。ユミさんはとにかくクールで理論派。仕事も早く、周囲への気配り目配りも怠りない。
「素晴らしい人材が入ってきたとうれしかった。
彼女となら、今までとは違う仕事ができると期待しました。クールだけど世間話に加わらないというわけではないんです。誰かが結婚したと聞くと、おめでとうといち早く笑顔で祝う。
でも本人のプライベートはほとんど見えない。もちろん、こちらも今どき、聞き出すようなまねはしませんしね」
あるとき、仕事で他社を訪問、遅くなったので「軽く食事でもしていく?」と言うとユミさんが笑顔を見せた。
「なんとなく結婚とか恋愛の話になって……。彼女が聞いてきたので、私は既婚だけど子どもがいないの、なぜか恵まれなかったと答えると、『そうなんですね』と受け止めてくれた。そして『私は結婚も恋愛もするつもりはないんです』と爽やかに言うんですよ。思わずどうして、と聞いたら『興味ないんですよね』とさらり。
『まとまった休みがあるなら、一人旅をします。それが一番好きなことだから』って。すでに10数カ国、一人で旅したとか。
人と関わるのは嫌いじゃないけど、恋愛や結婚には興味がない。自分が変なのかと思った時期もあったけど、自分を偽って生きられませんからと笑顔で言っていました」
■若い人の価値観がすがすがしい
人は、多くの人が恋愛、結婚、出産をできると思い込んでいる。だからできなかった自分をみじめだと思いがちだ。サトエさんだって、本気で不妊治療に取り組む機会はあった。だがしなかった。する必要を感じなかったからだ。
それは必然的に子どものいない人生を自分で選んだことになる。それなのに「みじめだと当時は考えていた」わけだ。
「ユミさんは潔い。すがすがしささえ感じました。自分の好きなこと、興味のないことがはっきりしていて、ことさらそれを吹聴するわけではないけど、きちんと自分の言葉で語ることもできる。『今の若い人はいいわね、自分の価値観がはっきりしていて』とつい言ったら、『今の若い人、という言い方はやめた方がいいですよ。
サトエさんだって自分比では今日が一番若いんですから。そもそも若いかどうかって、そんなに価値があります? 仕事も人生もキャリアを重ねたことに、もっと自信を持ってください』って気持ちのいい説教をくらいました(笑)」
それ以降、サトエさんは半世紀以上生きてきた自分を、もっと労ろう、もっと認めようと思うようになったという。何かを手に入れても入れなくても、頑張って生きてきたことをせめて自分だけは認めよう、と。
「夫に話したら、いいことを言う後輩だねと感心していました。私もまだまだ明るく元気に生きていかなくちゃと思っています」
先輩だからと萎縮することもなく言いたいことを言い、人の話にも耳を傾けるユミさんは、今やチームの人気者となっている。
▼亀山 早苗プロフィール明治大学文学部卒業。男女の人間模様を中心に20年以上にわたって取材を重ね、女性の生き方についての問題提起を続けている。恋愛や結婚・離婚、性の問題、貧困、ひきこもりなど幅広く執筆。趣味はくまモンの追っかけ、落語、歌舞伎など古典芸能鑑賞。
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