近年、睡眠薬に関する話題がニュースやインターネットで取り上げられることが増え、「この薬は危ないのでは?」と不安を感じる人も少なくありません。中でも「サイレース」という名前を目にして、強い薬、怖い薬という印象を持った人もいるでしょう。
そこで本記事では、サイレースがどのような薬なのか、なぜ注意が必要とされてきたのかを、事実に基づいて整理します。

■サイレースとはどのような睡眠薬? 強い効果がある催眠作用・作用時間の特徴
「サイレース錠」は不眠症治療剤(催眠剤)の一種です。日本では1984年の発売以来、医療目的で多く使用されてきた実績のある医薬品と言えます。有効成分である「フルニトラゼパム」は、スイスに本社がある世界的製薬会社のエフ・ホフマン・ラ・ロシュ社が1960年代に合成した、「ベンゾジアゼピン系薬物」と総称される薬の1つです。

フルニトラゼパムは、脳における抑制性神経伝達物質である「GABA(ギャバ)」の働きを強めることで、中枢神経を抑制し、催眠・鎮静作用を発揮します。

一連のベンゾジアゼピン系薬物の中でも、フルニトラゼパムは催眠・鎮静作用が比較的強く、より少量で効果を発揮できる薬です。そのため、軽度の不眠症に対して通常用いられることは少なく、他の薬で効果が不十分な場合に使用されることが多いとされています。

また、作用時間が比較的長めで、服用後30分~1時間ほどで効果が現れ、6~8時間以上作用が持続するのも特徴です。

■「サイレースは危ない」というイメージはなぜ? 犯罪目的の不正利用と海外での規制
本来、サイレース(フルニトラゼパム)は適正な用量・用法を守って使用すれば、安全で有益な薬です。それにもかかわらず、残念ながら「危ない薬」というイメージが広がっている背景があります。

その主な理由は、海外、特に欧米で、フルニトラゼパムが犯罪目的に使われた過去があるためです。不正に入手したサイレースを、単独またはアルコールと一緒に他人に飲ませ、意識を失わせて悪事をはたらくという事例が問題となりました。


この経緯から、現在アメリカではフルニトラゼパムは禁止薬物に指定されています。アメリカへ旅行する際、知らずにフルニトラゼパムを含む医薬品を持ち込むと、有罪となる可能性があるため、注意が必要です。

日本でも、本来の医療目的とは異なる使われ方、いわゆる乱用が問題になった時期がありました。アメリカと同様に医療用途でも使用禁止にする選択肢もあり得ましたが、この薬を正しく使うことで救われる患者さんもいます。そのため日本では「悪用防止策を講じたうえで使用を継続する」という判断がなされました。

■サイレースが青色化されたのはなぜ? 悪用防止・乱用防止のための対策
サイレースが悪用された事例で、砕いた錠剤を混ぜられた酒類を、被害者が知らずに飲んでしまうケースが散見されました。フルニトラゼパムには特徴的な味がないため、被害者が異変に気付きにくかったためです。

そこで2015年7月以降、フルニトラゼパムを含む医薬品には青い色素(合成着色料の「青色1号」)が添加されるようになりました。この工夫によって、錠剤を砕いたり水に溶かしたりすると、鮮やかな青色になります。なお、青色1号が添加されても、薬の効果や安全性に影響はないことが確認されています。

■副作用はなぜ起きる? 睡眠薬を安全に使うための注意点と基本の考え方
一定の効果がある以上、副作用のない薬は存在しません。「副作用がある」ということは、その薬が体の中で正しく作用している証拠でもあります。
重要なのは、副作用が生じにくいよう、正しい用量・用法を守って使用し、薬の有益な作用を上手に引き出すことです。

本来、治療に役立つはずの薬を悪用することは、私たちの健康を支える医薬品そのものを冒涜する行為です。医薬の専門家として、私はそれを許しがたいことだと考えています。

薬は健康を守るために、正しく使用しましょう。

▼阿部 和穂プロフィール薬学博士・大学薬学部教授。東京大学薬学部卒業後、同大学院薬学系研究科修士課程修了。東京大学薬学部助手、米国ソーク研究所博士研究員等を経て、現在は武蔵野大学薬学部教授として教鞭をとる。専門である脳科学・医薬分野に関し、新聞・雑誌への寄稿、生涯学習講座や市民大学での講演などを通じ、幅広く情報発信を行っている。
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