高齢者医療の現場に携わる精神科医・和田秀樹氏の著書『「高齢者ぎらい」という病』では、日本の医療界が抱える構造的な欠陥や、高齢者が直面している不条理な現状を明らかにしています。
今回は本書から一部抜粋し、医療の現場が“思考停止”状態に陥ってしまう理由や、超高齢社会の日本で医療費抑制の鍵を握る「余計なものを減らす」という視点について紹介します。
■高齢者に大量の薬が処方される理由
誤解している人が多いのですが、「多くの薬を出せば出すほど医者が儲かる」というのは事実ではありません。
診療報酬の制度上、外来で7種類以上の薬を同時に処方すると「多剤投与」として減算の対象となり、医療機関の報酬はむしろ減らされる仕組みになっています。つまり、薬をたくさん出したからといって、医者がそのぶん儲かるわけではないのです。
それでも現実には、高齢者に対して多くの薬が出され続けています。
なぜそんなことが起きるのか? これも不思議に思う方は多いでしょう。理由の一つは、医者の多くがただひたすら上の指示に従っているからです。
日本の医療はピラミッド型の階層構造で、大学病院を頂点としたいわば「権威の世界」です。臨床現場の医者たちは、上の教授や医局の方針に従うのが当然とされ、異を唱えることで損をすることはあっても、得になるようなことはありません。
そもそもの話、すべての大学の医学部の入試に面接が課されていること自体、今後逆らってきそうな人材はあらかじめふるいにかけておき、従順な医者だけを育てようという意図が感じられます。
■医者の知識がアップデートされない
そしてもう一つの理由は、医者自身が知識をアップデートしないことです。医学部を卒業して医師免許を取得したあと、医者の多くは日々の診療に追われるばかりで、新しい研究や国際的なエビデンスを学び直す時間をほとんど取ろうとしません。
結果として、30年前と同じマニュアルを信じ込み、血圧は140を超えたら下げなくてはいけない、コレステロールが高ければ下げなくてはいけない──といった、かつての常識を、今でも当然のように患者に当てはめます。高齢者に高血圧の治療が不要である可能性を示す新しいデータの存在さえ知らない医者も決して少なくありません。
要するに、医者が多くの薬を出し続けるのは、利益を上げたいからではなく、単なる思考停止の結果なのです。
高齢者が“薬漬け”になってしまうのは、ここまで書いてきたような医療界の傲慢(ごうまん)、そして怠慢のせいです。
■医療費を膨れ上がらせる犯人は高齢者?
飲まないと早死にすると半ば脅されて、不要である可能性の高い多くの薬を飲まされた高齢者は、体もヨボヨボにされ、しかも、医療費を膨れ上がらせる犯人として非難される。さらにその影響で暴走事故を起こす人がいたら、高齢者からは免許を取り上げろと言われる――。こんな理不尽が許されていいはずはありません。
膨らみ続ける医療費を前に、厚生労働省が2025年10月23日の専門家部会で、70歳以上の医療費窓口負担の見直しに着手したという報道がありました。
現行制度では、70~74歳は原則2割、75歳以上も原則は2割負担ですが、現役並みの所得がある人は3割負担となっています。
現役世代の負担をこれ以上増やすのは難しいでしょうし、一時的な財政対策としてはそれもやむを得ない部分は確かにあると思います。
とはいえ、膨らんだ医療費を誰に負担させるかだけをいくら考えても、医療費そのものを減らせるわけではありません。
■医療費は5兆~10兆円は減らせる
ここまでお話ししたように、医療費が膨らみ続ける本当の理由は、高齢者が多いせいではなく、不要な薬や過剰な検査を生み出す医療界の仕組みにあります。
つまり、医療界の構造的な問題に本気でメスを入れない限り、医療費は減るどころか、これからも膨らみ続けるでしょう。このままでは「負担を誰に押し付けるか」という議論を延々と続けることになってしまいます。
もし、無駄な薬や無意味な検査を科学的根拠に基づいて合理的に削減できれば、年間およそ50兆円に上る医療費を、5兆円から10兆円は減らせると私は見ています。
外来薬剤費だけを見ても、現在8兆円を超える水準にありますが、その半分程度は削減できる余地があるでしょう。そうなれば、単純計算ではありますが、一人あたり年間7万~8万円ほど給料から引かれる社会保険料や税金を減らすこともできます。
高齢者の医療費問題を解決するために本当に必要なのは、「足りないものを補う改革」ではありません。余計なものを減らす改革なのです。
和田 秀樹(わだ・ひでき)プロフィール
1960年、大阪府生まれ。
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