麻酔は、外科的な治療を行う際に痛みや意識をコントロールし、安全に処置を進めるために欠かせないものです。しかし中には「自分は麻酔が効きにくい体質で、過去に痛い思いをした」という方もいらっしゃるかもしれません。


麻酔の効き方に個人差はあるのか、分かりやすく解説します。

■部分的な痛みを遮断する「局所麻酔」と意識を眠らせる「全身麻酔」
まず前提として、麻酔には大きく分けて「局所麻酔」と「全身麻酔」の2種類があります。

例えば歯科治療などで歯茎に薬を注射し、その部分だけの感覚を麻痺させるのが局所麻酔です。意識ははっきりしたまま、局所的な外科治療を無痛で受けることができます。

対して、静脈への点滴やガスの吸入によって、意識を喪失させるのが全身麻酔です。全身が痛みを感じない状態になり、大きな手術などで用いられます。

■局所麻酔が効かない原因は? 「注入層のズレ」や「炎症」の影響も
麻酔のかかり方は、これら「手法の違い」や「個人の状況」によってさまざまな要因に左右されます。局所麻酔がうまく効かない場合、個人の体質というより、手技的な要因や患部の状態が関係しているケースがあります。

・注入層のズレ: 麻酔薬は「皮下組織層」なら広がりやすいです。しかし麻酔の際の針先が、それよりも浅い「真皮層」にしか届いていないと、薬液が十分に浸透せず、痛みの感覚を消せないことがあります

・患部の炎症: 治療部位に炎症がある場合、炎症の強さによっては麻酔薬が効きにくくなることがあります

本来、医師は患者さんの痛みのレベルを確認しながら、薬液量を増やすなどの調節を行います。この確認や互いのコミュニケーションが十分でないまま処置に進んでしまうと、不快な痛みを我慢して治療を受けることになってしまいます。

■全身麻酔の効き目を左右する「体格・年齢・臓器」の相関関係
全身麻酔は薬が血流に乗って全身に回るため、より多くの個別要因が影響します。


■体格の違い
まず関係するのは体の大きさです。同じ量の麻酔薬が使われた場合、大柄な人は小柄な人よりも麻酔がかかりにくいです。大きなバケツと小さなコップに水が満たされているとき、同量の塩を入れると濃度が異なるのと同じです。

大柄な人ほど麻酔薬が薄まりやすく、体格に合わせて、より多くの量を使用しないと、十分な麻酔の効果が得られません。

■肝機能の差
麻酔薬は体の中を巡るうちに、肝臓などで代謝されます。肝機能の状態によって効き目や持続時間が変動する可能性もあります。

■年齢による感受性の違い
一般に、子どもや高齢者は麻酔が効きやすいです。過量になると呼吸抑制などのリスクが高まる恐れがあるため、少量から慎重に投与を開始するのが鉄則です。

■「麻酔が効かない」と不安になる前に、医療機関ですべきこと
このように、局所麻酔でも全身麻酔でも、麻酔のかかり方に個人差があるのは事実です。しかし、いずれの場合でも、麻酔の効きが悪いことを、個人の体質のせいにされるべきではないでしょう。

麻酔の基本は、どのような患者さんであっても用量を適切に調整し、痛みなく安全に手術ができるレベルまでかけることです。

もし「麻酔が効かず、痛かった」「全身麻酔が途中で醒めてしまい怖かった」という経験がある場合、「麻酔が向かない体質」なのではなく、そのときの麻酔処置に何かしら不十分な点があったと考えるべきです。


麻酔が効かず痛い思いをした経験がある人でも、別のときには全く痛みを感じなかったケースは多々あります。「自分は麻酔が効かない体質のようだから、もう手術は受けたくない」などと考える必要はありません。

過去に麻酔でつらい経験をして不安がある方は、麻酔の処置を受ける前に、以前の経験や不安な気持ちを医療従事者にしっかりと伝えることが大切です。適切な麻酔管理のもとで、不安なく治療を受けてください。

▼阿部 和穂プロフィール薬学博士・大学薬学部教授。東京大学薬学部卒業後、同大学院薬学系研究科修士課程修了。東京大学薬学部助手、米国ソーク研究所博士研究員等を経て、現在は武蔵野大学薬学部教授として教鞭をとる。専門である脳科学・医薬分野に関し、新聞・雑誌への寄稿、生涯学習講座や市民大学での講演などを通じ、幅広く情報発信を行っている。
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