■年金を投資に回すのは繰り下げ受給より有利か
年金の受け取り開始は原則65歳ですが、60~64歳で受給する「繰り上げ受給」、66~75歳で受給する「繰り下げ受給」を選択することもできます。

繰り上げ受給は、1カ月早めるごとに0.4%ずつ受給率が減少し、60歳から受給する場合は受給率が76%(24%減額)となります。
繰り下げ受給は、1カ月繰り下げるごとに0.7%ずつ受給率が増加し、75歳から受給する場合は受給率が184%(84%増額)となります。受給を開始すると、途中で受給率を変更することはできません。

繰り下げ受給は、運用リスクをいっさい取ることなく、受給額を増やせるのが大きなメリットです。しかし、X(旧Twitter)などSNS上の投稿では、60歳で年金を受け取り、そのお金を投資に回して稼ぐほうがよい、という意見もあるようです。

興味深い視点ではありますが、年金を投資に回す場合、繰り下げによる増額分を超えるにはどれくらいリスクを取る必要があるのでしょうか。

今回は、3月31日に発売の『会社も銀行も役所も教えてくれない 定年前後の人生戦略』(プレジデント社)から一部抜粋・改編して、「60歳から受給&投資」vs.「70歳まで繰り下げ」、年金の受給開始で得するのはどっちなのか解説します。

■年金を投資に回すのは繰り下げ受給より有利か
検証するにあたり、前提条件は次の通りとします。

・65歳時点の年金額面は年180万円(月額15万円)
・「寿命90歳、独身、扶養親族なし、東京都在住、所得控除は基礎控除と社会保険料控除のみ」として2025年度で計算
・投資時期は70歳まで、以降20年にわたって運用取り崩し。60~70歳、70~90歳の運用利率は同じとする
・年金の繰り下げは「70歳受給」と比較する
・投資の運用益には20.315%の税金がかかるが、ここではNISAを活用したものとして全て非課税

まずは、年金の手取り額を確認しておきましょう。

65歳時点で年金額面が180万円の場合、年金手取り額は164万円になります。60歳時点で受給開始した場合、年金額面が137万円に減り、年金手取り額も減ります。公的年金等控除は、65歳未満か65歳以上かによって適用される金額が異なります。
この差が年間手取り額の差につながっています。65歳未満の年金手取り額は124万円、65歳以上では130万円になります。70歳で繰り下げ受給した場合、額面が256万円、手取りは220万円です。

60歳から年金の受給を開始し、その金額を全額投資に回し、70歳以降で「公的年金&運用取り崩し」が年220万円を超えるようにするにはどのくらいの運用利率が必要かを考えてみましょう。なお、年金は2カ月に一度、2カ月分が振り込まれるので、年6回に分けて投資をするということも可能ですが、以下は年複利で計算しています。

▼70歳繰り下げ受給に追いつくための運用利率は?
「60歳から受給&投資」vs.「70歳まで繰り下げ」、年金の受給開始で得するのはどっち?
著書『会社も銀行も役所も教えてくれない 定年前後の人生戦略』(プレジデント社)から抜粋

試算の結果、60~90歳の間、年2.4%で運用できれば、70歳からの繰り下げ受給と同等の水準になることが分かりました。

65歳受給の場合、65~90歳の間、年2.6%で運用できれば70歳から年220万円での取り崩しが可能になる計算です。よって、おおむね年2.4%を超えた運用ができるならば、年金を早めに受給して投資をしたほうが正解ということになります。

なお、税金・社会保険料は、他の所得・年齢・家族構成・居住する自治体によって変わります。あくまでも参考情報としてご確認ください。

■年金の繰り上げ受給と繰り下げ受給のメリット・デメリット
「運用利率2.4%でいいなら、繰り上げ受給してもいいかもしれない」と思った人もいるかもしれません。しかし、繰り上げ受給にはデメリットもあります。


▼繰り上げ受給のデメリット(1)年金額の減額が生涯続き取り消せない年金は、受け取り始めたときの受給率が生涯にわたって続きます。一度受給を開始すると、途中でこの受給率を変更することはできません。例えば、60歳から年金を受給すると、受給率は76%(24%減額)となり、生涯にわたって24%減額された年金を受け取り続けることになります。この減額は、あとから「やっぱりもう少し年金がほしい」と思っても取り消すことができません。

▼繰り上げ受給のデメリット(2)国民年金・厚生年金を同時に繰り上げなければならない年金の繰り上げ受給では、国民年金・厚生年金とも同時に繰り上げなければなりません。なお、このあとで紹介する繰り下げ受給では、国民年金だけ・厚生年金だけを繰り下げることもできます。

▼繰り上げ受給のデメリット(3)国民年金の任意加入ができなくなる国民年金保険料は、20歳から60歳までの40年間(480カ月間)納めることで、老後に満額の老齢基礎年金をもらうことができます。国民年金保険料の納付期間が480カ月に満たない場合は、60歳から65歳までの間に国民年金に任意加入して年金を増やせます。

しかし、年金を繰り上げ受給した場合、国民年金の任意加入もできなくなります。仮に国民年金保険料が1年間未納だと、受け取れる年金額は年約2万円減ります。

▼繰り上げ受給のデメリット(4)障害基礎年金が受け取れなくなる病気やケガで障害を負った場合、初診日が65歳までなら障害基礎年金をもらえる可能性があります。しかし、繰り上げ受給をすると「65歳に達した」とみなされ、障害基礎年金の対象者(65歳未満)でなくなります。


障害基礎年金は、2級の場合、老齢基礎年金と同額(2025年度:83万1700円)が非課税で受け取れます。1級の場合は2級の1.25倍ですので、103万9625円が非課税で受け取れます。

▼繰り上げ受給のデメリット(5)寡婦年金が受け取れなくなる寡婦年金は、10年以上保険料を払った第1号被保険者(自営業者など)の夫が老齢年金をもらう前に亡くなったときに、一定の条件を満たすことで妻がもらえる年金です。寡婦年金の金額は、亡くなった夫の国民年金第1号被保険者期間(任意加入期間を含む)から計算される老齢基礎年金額の4分の3です。しかし、妻が年金の繰り上げ受給をしていると、寡婦年金は支給されません。

一方で、年金の繰り下げ受給にもデメリットはあります。

▼繰り下げ受給のデメリット(1)長生きできないと損になる年金は長生きリスクに対応した保険の意味合いがあります。ただ、年金の受給を仮に75歳まで繰り下げ、受給率を184%にしても、受け取る前に亡くなってしまったら、なんだか損をしたように感じられるかもしれません。

▼繰り下げ受給のデメリット(2)税金や社会保険料も増える年金額が増えると、税金や社会保険料の金額も増えてしまいます。年金の手取りは年金の額面ほどには増えない点には注意が必要です。

▼繰り下げ受給のデメリット(3)遺族年金は65歳時点の年金額で計算される遺族年金の金額は、65歳時点の年金額を基準として計算されます。したがって、いくら繰り下げていたとしても、遺族は繰り下げのメリットを受けられません。


■メンタル面を考慮すると「年金の繰り下げ」が無難か
運用利回り年2.4%は実現不可能な数字ではなく、投資に自信のある人であれば達成できるでしょう。ただし、株式や外国資産に投資をしないと達成が難しいことを考えると、リスクはそれなりに取ることになります。

年金を受給しなくても生活できるだけのお金がすでにあり、年平均2.4%を超えて運用する自信があるならば、年金を投資に回す手もアリかもしれません。

しかし、「年金なし」でも生活できるような資産がない場合はおすすめしません。

運用で失敗した場合は、60歳時点で確定した「減額された年金額」で死ぬまで生活しなければなりません。運用取り崩しでも、常にマーケット動向にハラハラしながら日々過ごすことになり、精神衛生上よくないでしょう。そういったエキサイティングな生活をしたいならいいのかもしれませんが、老後は穏やかに暮らしたいということであれば向いていません。

「年金の繰り下げ」で増える増額率は「確定」であり、運用リスクがないことは重要なポイントです。マーケットが暴落しても、増額された年金額を生涯にわたって受け取ることができます。また、前述の通り、インフレ率を超えて年金額が増えることはありませんが、おおむねインフレ率を加味した額の年金をもらうことができる点も見逃せません。

以上を踏まえると、「年金の繰り下げ」が無難な選択だと思います。

結局は、自分の寿命次第で正解は変わってきます。
自分が何歳まで生きるのか分からない、その不確実性に備えるのが保険であり、年金が該当します。年金はあくまでも「保険」です。年金「保険」であることを踏まえ、何歳から年金を受け取るのがいいのか、納得のいく選択をしてもらえればと思います。

資産運用を行うにしても、大切な年金を使うのではなく、資産形成で築いてきた資産や退職金の一部などで行うのがよいでしょう。

――編集部より――
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文:頼藤 太希(マネーコンサルタント)
外資系生保にて資産運用リスク管理業務を経て、『Money&You』を創業し、女性のための、一生涯の「お金の相談パートナー」が見つかる場『FP Cafe』を運営。多数の執筆・講演にて日本人のマネーリテラシー向上に取り組んでいる。
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