10人に3人以上が「推し活」をしているという現代、子どもが独立して燃え尽きたような気持ちになっているとき、「推し」に出会って生活に張りが出たという女性も少なくない。ところがせっかくの生きがいである推し活に、夫の存在が水を差すのだという人もいる。


■アイドルや有名人には興味がなかった
「私は子どものころから妙に現実的な人間で、友達が芸能人にキャーキャー言っているときも冷ややかに見ていました。人生で、アイドルや有名人にはまったことなど一度もなかったんです」

レイコさん(58歳)は、そう言って苦笑した。28歳のとき7歳年上の男性と結婚し、3人の子を産み育てた。3年前には全員が独立、今はあちこちに散らばりながらそれぞれの人生を生きている。

「ほっとしたと同時に燃え尽きたようになってしまって。更年期がひどかったせいもあるんですが、ずっと続けていたパートの仕事も休ませてもらうことにしました。なんだか張り合いがなくなっちゃったんですよね」

夫とは関係が悪いわけではないが、長年一緒にいて互いに空気みたいなもの。彼女が更年期症状がひどいといえば「医者に行けよ。気をつけろよ」とは言ってくれるが、心から寄り添ってもらっているという感覚はなかった。

■誰かのファンになったのは初めて
「パートを2カ月ほど休んでやっと復帰したとき、新しく入ってきた人が『私、推し活しているんです』と自己紹介したんですよ。彼女は、とある声優さんが好きになって追っかけをしているという。その費用を捻出するためにパートを始めたそうです。
へえ、そういう人もいるんだねと他の仲間と話していたんですが、私にはあり得ないなあとも思っていました」

ところが人生、何が起こるか分からない。レイコさんはその直後、近所の人に誘われてたまたま行った地元スポーツチームの試合で、DJをしている男性に一目ぼれしてしまったのだ。

「何ですかね、恋に落ちるってああいう感じなのかしら。私は夫とは親戚の紹介で知り合ったから、見合いみたいなものだったし、ドキドキするような恋もしたことがなかった。でもそのDJには心を奪われたんです」

この人の声をもっと聞いていたい、もっと彼のことを知りたい。そう思ったという。

■追っかけを始めて
情報を収集し、彼がDJを担当する地元の試合に行くようになったのは、その半年後だった。

「スポーツにも興味がなかったのに、彼を通してチームを応援するようになりました。彼が来るときは入り待ちしたり出待ちしたり。そのうち顔を覚えてくれて言葉を交わすようになって。楽しいんですよ。恋しているんだけど、15歳も年下の彼が私に興味をもつはずもないので疑似恋愛みたいなもの。
だからこそ安心して追っかけられる」

彼が地元のラジオに出演したときも入り待ち出待ちをした。だが、彼が帰るときにどこまでも追ったりはしない。そのあたりはわきまえていた。だからだろうか、彼の方も「今度はこういうラジオに出るんだよ」「このイベントでDJやるから来てね」と情報をくれるようになった。

「ますます熱が入って……。そのうち更年期の不快な症状がさっぱりと消えていることに気付きました。夫は半年ほど前に定年になりました。私がパート以外にも頻繁に外出するので不審に思っていたみたい。だから推し活していると話しました。やましいことはないから」

すると夫は「オレも行ってみたい」と言いだした。

■推し活に夫がついてきた
「1度、試合につれていったんですよ。私が入り待ちするから、先に席に座っててと言ったのに入り待ちにもついてきちゃって。
あわてて、私はこっそり見るだけと言って、彼が入っていく後ろ姿だけ見送りました。なんだか夫婦で彼を待ち受けるのが嫌だったんです」

推し活は自分の自由な行動の範疇(はんちゅう)だと思っていたのだが、夫が一緒だとどこか監視されているような気持ちになる。やましいわけではないのだが、「誰かに夢中になっている自分」を、夫にだけは見られたくなかった。

「年をとったら夫婦で同じ趣味をもった方がいいとよく言われるけど、私は疑問ですね。夫には別の趣味をもってほしい。私は私で自分の世界をもっていたい。夫にもそう言ったんですが、夫は『いいじゃないか、一緒に行こうよ』って。本当にそのチームやDJに興味があるわけでもないのに……」

■夫にうそをつくように
レイコさんは、夫にうそをついて外出するようになった。パート先から今週は出勤を増やしてほしいと言われたとか、友達とランチするとか。そう言ってDJに会いに行くのだ。黙って推し活しているときより、なんとなくうしろめたいらしい。

「好きなようにさせてくれればいいのにと時々イラッとするんですよ。
夫が一緒についてくる推し活なんて、面白くもない。DJには他にもファンがいるから、その人たちと会って話すのも楽しいんです。追っかけの楽しさってそういうところもあると思う。でも夫がいるとそうもいかなくて」

うそをつきながらの推し活は本来、望まない形だが、それでも彼女はDJに会って話したい気持ちを抑えられなかった。夫を「騙しながら」、今も推し活は続けている。夫に他に趣味が見つかる日が早く来ればいいと願いながら。
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